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渋谷のハロウィンは何の夢を見たか――スクランブル交差点から考える 社会学者・南後由和氏インタビュー

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30年前、東京、渋谷。そこではたくさんの若者たちがファッションに身をつつみ、消費の戯れに興じていました。そして当時、その若者文化を分析するべく、学者たちが難しい言葉を使って都市について語る文化が存在していたのです。

明治大学4年生の私、白石がいままでずっと気になっていた先生方にお話を聞きに行く、短期集中連載『高校生のための教養入門特別編』の第3弾。熱狂するハロウィンについて、私たちは何を考え、何を見出すことができるのでしょうか。社会学者の南後由和先生に、『君の名は。』の都市論的解釈まで聞いてみました。(聞き手・構成/白石圭)

なぜいま、都市について考えるのか

――都市論とはどのような学問なのでしょうか。

都市論とは、日常生活の場であると同時に、文化・芸術・政治・経済などの営みが重層的に展開される場である都市を、様々なアプローチを駆使して通時的、共通的に捉えようとする領域横断的な学問です。僕のような社会学者のほかに文学者や歴史学者もいれば、工学系の建築学の人もいますし、経済学の観点で統計的に分析している人もいます。

歴史的には、80年代に都市論ブームというものがあったんです。70年代から日本は高度消費社会と呼ばれる時代に突入し、広告や雑誌文化が盛んになっていきました。東京がいまよりも輝いて見えた時代と言えるかもしれません。若者の多くが東京発のファッションに憧れていたんですね。また、バブル期には経済が過熱して、目まぐるしい速度で都市の景観が変わっていきました。

それと並行して、当時は「ニュー・アカデミズム」と呼ばれる現代思想の潮流がありました。様々な社会現象に関して、文学や哲学、人類学や記号学、数学や物理学など領域横断的に語るということが流行ったんです。学会の論文を書くというよりは、アカデミズムの外にいる一般の人たち向けに知を伝達していました。たとえば当時は浅田彰さんの『構造と力』という現代思想の本が15万部も売れたりしたんです。

この高度消費社会とニュー・アカデミズムが結びついた流れが、都市論ブームの一翼を担っていました。当時はそのブームを支える出版メディアも元気で、『ぴあ』をはじめとする雑誌はもちろんのこと、パルコや建設会社などの企業が都市に関する出版事業を展開していました。

最近は、現代思想を駆使しながら都市について語るような出版物は減ってきています。とはいえ、都市論の対象となる題材は多々あります。たとえばスマートフォンで「食べログ」を見てレストランに行く行為と、雑誌などのグルメガイドを読んで街に繰り出すという行為との間に、どのような連続性と差異があるかを考えることも都市論の題材のひとつです。「ポケモンGO」も物理空間と情報空間を横断しながら、都市における人々の集まり方や歩き方を変えた一例です。

このように、メディア環境の変化によって、都市における振る舞いがどう変わっていくのかを考察することも、都市論の研究対象になるのです。

――都市論のフィールドワークはどのようにやっているんでしょうか。

量的調査と質的調査という2つのタイプの社会調査があります。量的調査は、世論調査などのように、標本を抽出し、調査票を作成・回収して、大量のデータを分析する統計的な調査のことです。質的調査は、特定の人や組織に重点的にインタビューしたり、場合によっては暴走族などのコミュニティに実際に潜入し、参与観察などをする調査です。社会学系の都市論のフィールドワークでは、量的調査に関しては既存のデータを分析に用い、後者の質的調査を採用することが多いです。

商業施設の調査の場合、フロアやテナント構成の分析はもちろん、特定の場所で定点観測したりもします。どのような属性の人がどの時間帯に、どのテナントに来て、どのような行動をしているかを類型化するんです。

たとえば現在建て替え工事中ですが、渋谷にパルコがありますよね。今年の夏に閉店するまで、1階にはコム・デ・ギャルソンやイッセイミヤケなどのジャパンブランドが並んでいました。以前は日本の若者をターゲットにしていましたが、いまや国内のマーケットが縮小しているので、インバウンドの外国人観光客をターゲットにするようになりました。

――商業施設の分析は施設の運営側にとっては経営のヒントになるので、有用ですよね。ただ、社会学は施設の運営のためにやっているわけではないですよね。社会学にはどのような意義があるのでしょうか。

社会学では、「個人に関する私的な問題」と「社会構造に関する公的な問題」がどのように関係しているのかを統一的に把握しようとします。たとえば、最近は駅チカや駅ナカなど、時間を短縮して買い物ができる時間節約型の商業施設が増えています。その一方で、イオンやららぽーとなどの、半日過ごせる時間消費型の商業施設もできています。

僕たちは日常、そうした商業施設へなんとなく行って買い物をしています。社会学は、その「日常」や「なんとなく」に注目します。当たり前とされていることや前提自体を疑ってみるのです。なぜいま時間節約型の商業施設が増えているのか、そこで消費者はどのような原理にもとづいて行動しているのか、そして個人のミクロなレベルでの行動原理はマクロレベルでは何によって規定されているのかということを考えていくのです。

インターネットが普及して以降、ネットで検索し、必要な情報を瞬時に得たいという欲求が一般化するようになりました。買うものが決まっているときは、街に出てぶらつくよりは、駅ナカや駅チカのほうが便利ですよね。現実世界でも人々はできるだけ時間を節約し、瞬時に必要なものを手に入れ、最短距離で移動することを優先するようになったわけですが、このような行動原理の背景には、マクロレベルでは、ネットの普及にともなう情報をめぐる時間感覚の変化が影響しています。

その一方で、ネットが普及したために、逆にリアルな場所でしか得られない経験や体験の価値が相対的に高まりました。2000年代に入ってから時間消費型の巨大なショッピングモールが人気を博すようになった理由のひとつは、そうした時代的な背景があったからです。音楽業界で、CDは売れなくてもライブの売上は伸びている理由も同じように考えることができます。

nango

パルコや携帯電話が渋谷を変えていった

――先生は渋谷について研究されていますが、なぜ渋谷なんですか。

駅のターミナルとして渋谷を多く利用していたということもありますが、社会学の系譜に、吉見俊哉さんの『都市のドラマトゥルギー』という本に代表される先行研究の蓄積があったのが理由のひとつですね。これは、東京の盛り場の変遷について考察した本なんです。この本のなかで、渋谷は「見る―見られる」の関係を軸とした、まなざしの快楽を享受する舞台装置として論じられています。

たとえば、僕たちはいつも服を選んで着ています。そのコーディネートは、自分が気に入っているかどうかという基準で決めることもありますが、それと同時に自分がどう見られたいのかという基準がありますよね。つまり、ファッションというのは自分を演じる装置のひとつなんです。

そしてファッションを身にまとって街に出ると、必然的に他者からのまなざしを受けます。視線のコミュニケーションとして、自分がすれ違う人からどのように見られているのかを気にするし、周りの人がどのような格好をしているのかを見ようとします。だから都市は、自らが演者にも観客にもなる、ひとつの舞台のように捉えられるんです。

ただし、都市は通常の舞台と同じではありません。通常の舞台には演者と観客がいて、その役割は固定されていますよね。観客は一方的に演者を見ています。でも都市を舞台装置としてみると、自らが演者にも観客にもなるわけですから、演者と観客の関係はつねに反転しつづけます。

このような舞台装置としての都市的現象は、1973年に渋谷パルコができた頃から現れ始めたというのが吉見さんの議論です。渋谷パルコのオープン時のキャッチコピーは、「すれ違う人が美しい 公園通り」でした。美しいと自覚している人だけがパルコに来る、あるいはパルコに来る人は美しくあらねばならないというメッセージを感じますよね。渋谷を他の都市と差異化し、そこを訪れる人を選別しようとする意識を見て取ることができます。このように企業が都市の空間演出の一端を担うことで、都市のイメージや人々の振る舞いも変わっていったというわけです。

――それが80年代の都市論ブームにもつながっているんですね。90年代以降は渋谷について語る人はいなかったのでしょうか。

吉見さんの弟子である北田暁大さんが『広告都市・東京』という本で、2000年代初頭までの渋谷について論じました。90年代後半に携帯電話が普及してから、渋谷の様子も変化していきました。若者がみんな携帯の画面ばかり見るようになり、街を「見流す」ようになっていったというんですね。そうして「見る―見られる」の関係が弛緩していった。

また、90年代にはバブル景気の揺り戻しで、渋谷への憧れや東京のなかにおける渋谷のステータスも下がっていきました。それは具体的には、渋谷に大型家電量販店などのチェーン店が増えたことに現れています。そして同時期、柏や大宮などの郊外におしゃれなカフェや雑貨屋が増え、プチ渋谷化していきました。つまり、渋谷の郊外化と郊外の渋谷化が起こったんですね。

それで渋谷はどこにでもあるような街になり、特権性を失っていったというわけです。若者にとっても積極的に渋谷に足を運ぶ理由がなくなりました。そうして渋谷は「脱舞台化」した。それが2000年代初頭までの議論でした。

――それ以降の渋谷についてはどうでしょうか。

2000年代のことをゼロ年代、2010年代のことをテン年代と呼びますが、この間に携帯電話がスマートフォンになり、SNSが普及したのは大きなメディア環境の変化ですよね。吉見さんの議論は、雑誌やファッションを軸とした若者と街の結びつきについてでした。北田さんの議論は、携帯電話を軸とした若者と街の結びつきについてでした。

このように考えると、僕たちの都市のイメージや経験というのは、つねにすでにメディアに媒介されていることがわかります。たとえばパリに行ったことがない人でも、エッフェル塔がどういうものかはメディアによって知っているわけです。そしてそのイメージを抱きながらパリに旅行に行き、すでに知っているものを確認するかのように写真に撮ります。したがって、テン年代におけるスマートフォンの普及とSNSの発展も、僕たちの都市のイメージや経験に何かしら影響を与えているはずです。

そしてもうひとつ、渋谷には興味深い変化が起きています。リオオリンピックの閉会式で流れた東京大会のPR映像は、渋谷スクランブル交差点の場面から始まりましたよね。渋谷スクランブル交差点は東京の都市イメージを代表するスポットとして、近年は国内のみならず世界的に注目されています。そしてその渋谷の変化を端的に表している現象が、ここ数年で話題になっている、ハロウィンです。【次ページにつづく】

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