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韓国憲法裁判所は「群衆」というモンスターに対抗できるのか 2017年の韓国、大統領弾劾審判のその先 - 崔 碩栄

 2016年の韓国はまさに激動の一年だった。一つの結果として、2016年12月9日に大統領弾劾案が可決したことは日本でも大々的に報道された。しかし、弾劾について最終的な結論が下されたわけではない。弾劾を認めるか棄却するか、最終的は判断を下すのは憲法裁判所である。判決が下されるまで、韓国の政治的混乱はしばらく続くだろう。

 その結果が韓国の政治、経済、外交に影響を及ぼすことは間違いないが、最も直接的、かつ、大きな影響を受けるのが2017年12月に予定されている大統領選挙だ。どのような弾劾判決が、どんな結果をもたらすのか?

憲法裁判所の大統領弾劾案審判、朴大統領は弾劾されるのか?

 韓国では、国会の弾劾案可決が妥当か否かの最終判断は憲法裁判所に委ねられている。国会の議決結果を受けた憲法裁判所は審理を開始し、議決の日から180日以内に結論を出さなければならない。韓国史上初の大統領弾劾案が可決されたのは2004年、廬武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領に対するものだ。この時、国会の可決から憲法裁判所の最終的な棄却決定までに要したのは約2カ月であった。これを考えると朴槿恵大統領に対する弾劾の憲法裁判所の判断も、2017年春前後には下されると思われる。

 憲法裁判所を構成する裁判官は9人で、弾劾が決まるためにはその中で3分の2以上の賛成を得る必要がある。3分の2以上の賛成がない場合、弾劾案は却下され、朴大統領は職務に復帰することになる。

 一部には「憲法裁判所の中には保守性向の裁判官が多い」という理由で棄却を予想する声がある。性向だけみると確かにそうだが裁判官の性向に関係なく、弾劾案が棄却される可能性は少なくない。12月に開かれた国会聴聞会で今回の事件関係者たちが次々と証言を行ったが、証言や尋問が進めば進むほど首を傾げる人が多かった。マスコミがあれだけ騒いだ「疑惑」を裏付けるような証拠や実態を殆ど引き出すことができなかったからだ。特別検察による調査が進行中なので調査結果を待たねばならないが、ろうそくデモで高まった「絶対弾劾」の勢いは失速したようにもみえる。

 しかし、だからといって弾劾が否決されると断言することもできない。それは2004年盧大統領の弾劾審判の時とは違って、今回は裁判官一人一人が自分の決定についての意見を公開することになっているためだ。まさに「公開投票」ともいえるが、これは裁判官にとって大きなプレッシャーになるに違いない。

 日本でも大きく報じられた韓国の大規模ろうそくデモを見れば分かるように、現在韓国国民は政権への不信と怒りに満ちている。もし弾劾に反対する裁判官がいて、結果的に弾劾案が棄却されるような事態が発生しようものなら、大統領を弾劾することが「善」であり、「民主主義の現れ」だと思っている興奮状態の群衆は、反対した裁判官を激しく攻撃するだろう。

 実際、今回も国会で弾劾案可決の直前、誰かによってインターネット上に弾劾に消極的な議員、反対する議員の携帯電話の番号が記載されたリストが公開されたのだが、このリストに掲載されていた議員たちの携帯電話には怒れる群衆から抗議の電話やメッセージが殺到した。その激しいバッシングに耐えられず携帯番号を変更した議員もいるという。興奮状態に陥った群衆がどんな行動を起こすのか、最高裁判所の裁判官たちは、事前に目の当たりにしているのである。果たして彼らは自分の所信どおりに持論を展開することができるだろうか。

 興奮状態冷めやらない韓国国民の注目を集める中で行われる、憲法裁判所の判決に公平性が担保されるのか、あるいは、「国民情緒」という名の超法規が影響する可能性も拭い去れない。弾劾審判の行方は、依然、五里霧中と言わざるを得ない。

 では、最初のテーマに戻り、弾劾が認められればどうなるのか、あるいは棄却されればどうなるのかという角度からこの問題を考えてみよう。

弾劾されても困る次期大統領候補たち

 もし弾劾が決定したらどうなるのか? 弾劾が決まったら朴大統領は大統領職を失い、60日以内に新しい大統領を選ぶための選挙が行われることになる。元々、2017年12月に予定されていた大統領選挙が6カ月程度前倒しになる計算だ。この結果は、野党有利と見る向きも多いが、現実的には、大統領の座を狙う一部の野党候補者たちにとって喜ぶような事態もない。なぜなら、韓国の公務員法には、補欠選挙に出馬する公務員は選挙30日前に公務員職を退いていなければならないと定められているからである。

 つまり、現職の公務員である自治体の市長、道知事および官僚たちは、憲法裁判所の弾劾判決が出てから30日以内に、現在の役職を辞任しなければならない。
 
 これは、現在の大統領選挙に出馬が噂されている朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長、李在明(イ・ジェミョン)城南市長、安熙正(アン・ヒジョン)忠南知事、そして最近保守からの支持率が上昇している黄教安(ファン・ギョアン)総理には痛い条項である。大統領選までの準備期間が圧倒的に短縮されるからである。現時点の世論調査でトップを走っている文在寅(ムン・ジェイン)元野党代表にとっては歓迎すべき事態かもしれないが、これから約一年かけて国民にアピールし、戦おうとしていた他の候補者にとっては大きな痛手だ。新しい旋風を起こす前に選挙期間が過ぎ去ってしまうだろう。彼らにできる精一杯の対策としては、一日も早く現職を退いて選挙戦に集中することかもしれないが、世論を十分に見極める前に辞職するのはあまり分のよくない賭けである。万が一弾劾案が棄却された際には、まだ任期が長く残っている段階で辞職した無責任な政治家というマイナスイメージを背負ったただの失業者になりかねないからである。

弾劾棄却が保守与党に有利とも限らない、重要なのは怒った民心の行方

 では逆に弾劾案が却下されたらどうなるか? 弾劾決定、棄却に関係なく、今回の騒ぎで保守与党が受けた打撃は致命的で、大統領選挙において絶対的に不利な立場に立たされているのは変わらない事実である。弾劾案が棄却され朴大統領が職務に復帰したところで、風向きが変わるとも思えないからである。完全なレームダッグ状態、そして野党が国会議席の過半数を占めている状況で大統領に何ができるのか。むしろその状況は、野党候補に有利に働く可能性もある。

 なぜならば、野党候補たちに「時間的余裕」ができるからである。 大統領選挙が予定どおり12月に行われるとしても、いずれ現在の役職を辞任しなければならないが、支援組織を整えて資金を集める時間的余裕ができる。また、変わりやすい民心の行方を見極め、当選可能性が低いと判断した候補は出馬を諦めることで現職を維持し、次の大統領選挙を狙うことも可能となる。
それだけではない。弾劾が棄却されれば、国民は怒り、失望するだろう。そして「また保守与党が再執権するかもしれない」という危機意識は、野党支持者の結束と団結をもたらすことになるだろう。

 実際、2004年盧武鉉大統領が野党により弾劾の危機に陥ったとき、野党の横暴に怒った国民は同年の総選挙で盧武鉉が属する開かれたウリ党を支持して圧勝をもたらし、弾劾を主導し国民の怒りを買った野党は惨敗した。弾劾決議の前の盧大統領の支持率は低い方であったが、「国民感情」つまり国民の逆鱗に触れた野党は総選挙で惨敗を喫したのだ。

 ただし、朴大統領の弾劾事態がその時と大きく異なるのは、盧大統領の時は国民が棄却を歓迎したが、今回は国民の多数が弾劾を強く支持しているという点である。従って、今回もし弾劾が棄却されたら、ろうそくデモでも見られた国民の怒りは、憲法裁判所と職務に復帰する朴大統領に止まらず、年末の大統領選挙で現政権に対する反発、つまり野党への支持で現れる可能性が高い。

2017年の春、韓国の運命が決まる

 2017年末の大統領選挙に実際に誰が出馬するかは未知数だ。そして12月末、保守与党セヌリ党からは一部議員が離党を宣言、与党分裂は避けられないという状況で、野党からも離党や新党結成が起きる可能性もあり、今後の政治勢力図はどう動くか予断を許さない。

 しかし、最も重要なのはやはり2017年の春に予想される憲法裁判所の弾劾審判である。どちらの結論を下したとしても野党優勢であることに変わりはないだろう。だが、審判終結までの動向は、次期大統領を目指す候補者たちにとっては、あるいは実際の選挙戦以上の神経戦となりうるだろう。そして、怒りが頂点に達している国民にとって、憲法裁判所の判決が鎮静剤となるか、ろうそくの炎を拡大させる油となるか、韓国の行く先を見守りたい。

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