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「紅白歌合戦」という名の共同幻想

紅白歌合戦の視聴率が発表された。

第1部が35.1% 第2部は40.2%(前年は第1部34.8% 第2部39.2%)前年は第2部が40%割れで過去最低だったが、今回は再び40%台に乗せた。前年から若干回復したが、大騒ぎした割には延びなかった。「お化け番組」には変わりはないが、今回の内容をどうみるか。

「人はポリス的な動物である」と言ったのはアリストテレスである。「ポリス」というのは社会的、政治的、共同体的という意味だ。「集団的」「協調的」あるいは「群れ」と言ってもいい。

「紅白歌合戦はポリス的な番組である」というのは私の勝手な意見である。この「ポリス」の中には芸能界での上下関係や役割分担がある。ポリスが有する「物語」と「構成」に沿った予定調和的な「共同幻想」が展開される。共同体の中で「自我」を抑制することで、逆に他者に対する差別の意識が生まれ、その差別意識は自尊心に繋がる。

分かりやすく言うと、トップバッターよりはトリを歌う歌手の方が格上である。エラいのだ。オープニングやエンディングではセンターに立つ人が、端や後ろに立つ人よりも大物とみなされる。司会はもっとエラい。

誰もが「上を目指す」という昭和的な「共同幻想」が「紅白歌合戦」の場にはある。

これとは真逆の学級崩壊的な「ゆるゆる」な世界と比較すると分かりやすい。「ゆるゆる社会」においては、個人は個人の「自我」を抑制しない。そこには予定調和的な「大きな物語」や秩序立った「構成」はない。良く言えば「オムニパス風」の「小さな物語」が延々と連続する。YouTubeの連続再生のイメージだ。各アーティストは自由に自己表現すればいい。そこに上下的な差別や明確な役割の定義はない。時間制約としての「終了時刻」はあるが、「共同幻想」としての物語的な「END」はない。個々の出演者やパフォーマンスは「大きな物語」からは解放されるが、一方で「ネタ」として刹那的に消費されていく。

これまでの「紅白歌合戦」のような「ポリス」では「共同幻想」としての「物語」(目的)の設定と「構成」(手段)の明示は欠かせなかった。これはポリス内での上限関係や役割分担を露骨に可視化させないための配慮でもある。

この配慮とは何か?

例えば、プロ野球の日本シリーズで、成績が不調の4番バッターが「送りバント」をしたとする。本来の4番バッターの役割はホームランを狙うことだ。そのために高い年俸をもらっている。だが不調であれば「戦力外」を宣告されて送りバントすることもやむを得ない。次の5番バッターに「つなぐ」という役割を演じなければならない。この屈辱感、差別感、不名誉を露骨に可視化しないために共同体においては「物語」というものが欠かせない。この場合の「物語」は「試合に勝つこと(日本一になること)」である。この「物語」が共同幻想として共有されることで、現実的な差別から「私」は解放される。バントをせざるを得なかった「屈辱」は「美談」に置き換えられる。

「本当は彼はチームに必要なかった」などと言ってしまうのは共同体としてはタブーだ。そして、共同体の安定的な維持と存続には、このタブーを破らない「配慮」が欠かせないのだ。

今回の紅白歌合戦の「大きな物語」は「夢を歌おう」であった。だがこの最終テーマに出演者の個々の「自我」が集約されていくプロセスに欠けていたと思う。

ゴジラもタモリ&マツコもAKBの選挙も、武田アナウンサーもピコ太郎も、個々の企画は善戦していた。だが、こうした個々の「価値観」や「自我」は出演者や企画の数だけ存在してしまう。

郷ひろみと土屋太鳳とのコラボは非常に良かったし、ガッキーの「恋ダンス」も短かったが可愛かった。氷川きよしの熊本城も、椎名林檎の都庁からの中継もカッコよかった。だが個々の「良さ」が全体の「大きな物語」として繋がらなかった。(あるいは・・・あえて制作者はつなごうとはしなかった。)ひとりひとりの出演者が目指している方向が明らかに違っていた。

もっと簡単なことを言えば、「紅組が勝つか、白組が勝つか」という本当はどうでもいいことに「みんながハラハラする」という、共同幻想が疑わしいものになってしまい、私は視ていて何とも言えないストレスを感じた。

もっとも、私はそれほど悲観していない。

「準拠枠」という言葉がある。私の思う「紅白歌合戦」は、あくまで、昭和的、ポリス的な、「共同幻想」としての「紅白歌合戦」に過ぎない。「今年の紅白歌合戦はそういう準拠枠とは異なる新しい紅白歌合戦です」と言われてしまえば、それまでだ。

時代は常に移り変わっていく。

番組制作者が自分たちの描く「共同幻想」を企画・構成する。出演者が各人の与えられた役割を演じる。最期に予定調和した「大きな物語」(今年であれば「夢を歌う」)を完結する。という、私が抱いている「紅白歌合戦」とは全く異なる別の「紅白歌合戦」を、番組制作者たちは最初から目指していた可能性もある。

マスメディアがかつてのように「共同幻想」で視聴者のマインドをコントロールできることなどはもはやできない時代だ。マスメディアはすでに「キャスティング」という面では「権力」(編成権や制作著作権)を毅然と行使しきれてはいない。

土屋太鳳が旧来の「大きな物語」の中で与えられた役割をきっちり演じたのに対して、ガッキーが照れながら「ちょっとだけ(しょうがなく)踊る」という感じだったのも象徴的だった。「ムリに従順に従わない(仕事しない)」という、「今風」のスタンスの現れだとしたら、時代を先取りしたガッキーはとてもセンスが良い。必ずしも企画者や世論や視聴者の思い通りにならない「小さい物語」を無意識に演じていたとすれば、その流れは「あり」だと思う。そして、タモリさんやマツコさんは、それ(小さい物語)を「仕込み」として演じていたから、これは別の意味ですごいのだ。

そもそも視聴者の予想通りに始まり、予想通りに終わることが番組としては最悪の演出なのかもしれない。私自身が番宣担当者だったら、私自身が驚いたり泣いたりするような、「非・予定調和」的な物語の方が数字は稼ぐと思う。(これはプロとして視る場合の気持ちである)

今回の「紅白歌合戦」を視て(こちらはあくまで視聴者として視た場合)非常にイライラし、ストレスが溜まったが、視終わった後に「ニヤリ」としたくなったのも事実である。こんな紅白歌合戦は今回が初めてである。

自分の子どもが、正月にもらったお年玉の大半を、もらったその日のうちにスーパーのゲームコーナーにあるUFOキャッチャーに使ってしまった時に、一応こっぴどく叱りはするが、内心「ニヤリ」としてしまう気持ちと似ている。

視聴者の心というのは、このように少し不条理である。この傾向は最近さらに進んできている。「マス」という共同幻想が失われつつある現在のこの日本において、それでもマスメディアという媒体で「マス」を獲得するために「紅白歌合戦」の制作者たちが、今後どのような「企画」を打ち立ていくか非常に興味がある。

あまり「共同幻想」にはとらわれないほうが良い。

私だったら、現在の紅白歌合戦の仕組みを変えたい。「その年の流行歌手が大晦日に一同に集まり男女に分かれて歌合戦をして勝ち負けを決める」というビジネスドメイン自体を変えたいと思う。

だが、そんなことは簡単にできないに決っている。

「共同幻想(大きな物語)」を徹底排除し、アーティストとファンとの「集いの場」にプライベートカメラが潜入するようなゲリラスタイル(対幻想)はどうだろうか。「ブラタモリ」や「家族に乾杯!」が近い。福山雅治は毎年そんな感じだ。異質な空間に潜入するのだ。

あるいは、完全にアーティストや制作者の自我と個性、世界観を前面に出した映像作品(芸術・自己幻想)を公開する婆を与えるという手も考えられる。(例えばPVのアワードのような形。今回でいうとPerfumeや椎名林檎のような。)

とはいえ、こうした代案はすでにいくつも考えられては、消えていっているのだろう。一番大切なのは、このまま不作為で何もしないまま惰性で続けないこと。次に大切なのは、今回のような多くの人にとって「腑に落ちない」ようなシュールな見え方はなるべく避けること。大晦日のゴールデン帯のテレビ番組である以上は、作り手の「狙い」は定かであった方がよいのだろう。

「紅白歌合戦」については、こんな印象を持った。また今年は日本及び世界で、こうした人々持つ「共同幻想」の再構築が問われていくことになるかもしれない。

※Yahoo!ニュースからの転載

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