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特集:TPPは生き残れるか〜トランプ時代の通商戦略

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2016年最後の号をお送りいたします。いろんな媒体が来年を予測する特集を行っておりますが、衆目の一致するところ最大の難問は、「トランプ政権の出方が読めない」。なかでも注目点は通商政策だと思います。減税やインフラ投資はやっていただいて結構ですが、保護主義をやられると世界経済が危うくなってしまう。

特に日本としての関心事は、ずばり「TPPは生き残れるか」。これまで日本外交は、TPPに多くの政治的資源を投入してきました。交渉に参加していた他の10か国も同様でしょう。TPPが漂流することは単に惜しいだけではなく、自由貿易主義の危機であるかもしれません。トランプ時代の通商戦略はいかにあるべきか、考えてみました。

●誰がトランプ氏を勝たせたのか

2016年は、つくづくBrexitとトランプ現象に揺れた1年であった。本号の7pで紹介しているThe Economist誌は、今年最後の号の巻頭社説において、2016年を「自由主義者(Liberals)の危機」と位置付けている。6月の英国民投票でも11月の米大統領選挙でも、同誌の主張とは完全に逆の結果が出たのだから、その気持ちは分からぬではない。

ただしトランプ政権の誕生を、いたずらに民主主義の失敗と受け止めるべきではあるまい。それとはまったく逆の見方もあって、政治学者のフランシス・フクヤマ氏は、「トランプ政権の誕生は、米国の民主主義が機能していることを示した」と評している1。それは「白人労働者層(The white working class)というこれまで無視され、自分たちの声を政治に届けられずにいた有権者を動員することに見事に成功した」からである。

言われてみればごもっともである。2016年選挙と「トランプ現象」がなかったら、米国社会における白人中高年層の苦境は気づかれないままだったかもしれない。

近年の米国経済については、概ね好調というのが海外ではもっぱらの受け止め方であった。ハイテク産業や金融業の繁栄、あるいはシェール開発の生産性向上といったニュースをよく聞いたものである。しかるにそれらは東部(金融)や西部(IT)、あるいは南部(エネルギー)の話であって、中西部においては伝統的な製造業がどんどん空洞化していた。その間に多くのブルーカラーの職が失われ、経済的な苦境が広がっていた。

米国では1990年代から、中年白人の死亡率が上昇している2。黒人やヒスパニックを含む、他のあらゆるクラスターで死亡率は減少しているのに、中年白人では薬物中毒や自殺、慢性肝炎などによる死が増えている。にもかかわらず、そのことは広く知られていなかった。彼らの目には同じベビーブーマー世代で、ずっと昔からの有名人で、70歳になった今でも元気いっぱいのドナルド・トランプ氏が頼もしい仲間に見えていたのかもしれない。

今回の選挙戦における天王山は、ラストベルトと呼ばれる五大湖沿岸の製造業州であった。過去6回以上連続して民主党に投じてきたペンシルベニア州、ミシガン州、ウィスコンシン州の3州が、今回は共和党に転じている。これら3州の選挙人数はそれぞれ、20人、16人、10人で合計46人。これらを押さえていれば、ヒラリー・クリントン候補が余裕で当選していた。しかも3州における得票差は、下記のとおりわずかに8万票以下である。

○ラストベルト3州の得票動向3


3州とも4年前には、民主党が5%以上の得票差をつけて勝っていた。クリントン陣営が油断したのも無理はあるまい。しかるに今年はそれぞれ紙一重の差でトランプ氏が競り勝った。トランプ次期政権を実現させたのは、中西部の民意であると言っていい。

米国には3.2億人が住んでいる。そのうち投票権を有する人口は2.3億人。ちゃんと選挙登録する人は1.46億人。その中には当日「寝てしまう」人も居れば、第3政党に投票する人も居る。そして2大政党が6000万票+αを取りあって、最後は僅差の勝負になるというのがいつものパターンである。2016年選挙は、これまで政治に関心が薄かった白人中年層が「トランプ支持者」となって投票した。その典型がラストベルト3州である。

当選が決まった11月9日朝にトランプ氏は、”The forgotten man and woman will never be forgotten again.”とツイートしている。「忘れられた人々」を掘り起こしたことが自らの当選理由であり、最大の功績であることを自覚しているのであろう。

●トランプ政権は”Hands-on”か”Hands-off”か

それではトランプ支持者が選挙に託した願いとは何だったのか。誤解してはいけないのは、彼らは何も「施し」を求めているわけではないということである。中西部はもともと保守的な地域だ。所得の再分配や補助金の支払いが必要なのではない。おそらくは、外国製品のダンピングや不法移民の流入、あるいは企業の海外移転を止めてくれ。後は自分たちで何とかやっていくから、といったものであろう。

問題はトランプ次期大統領が、彼らの望みをかなえるような処方箋を持っているかどうかである。インディアナ州における空調機器メーカー「キャリア」社で発揮された最近の事例のように、企業に圧力をかけて工場の海外移転を止めさせて、代わりに税制優遇措置を与えるといった取引は、いわば「水戸黄門」の世直しのようなものである。ひとつふたつは「いい話」になるけれども、同じことを全米で展開するわけにはいかない。経済政策として持続性に欠けることは言うまでもない。

そしてまた最近の報道では、次期政権はホワイトハウスにNational Trade Council(NTC)を創設し、反中派として知られるピーター・ナヴァロ教授(カリフォルニア大)を議長にするという。NTCは安全保障会議(NSC)や国家経済会議(NEC)と同等の位置づけとなり、大統領直轄で「製造業の雇用を増やす通商政策を策定する」「Buy American, Hire Americanのプランを作る」という画期的な試みとなる。

従来から米国政府の市場に対する態度としては、「共和党政権はHands-off、民主党政権はHand-on」という経験則があった。第42代のクリントン政権は、貿易赤字や経常赤字を気にしていたから、赤字を減らすために「日米包括協議」「強いドル政策」などを打ち出した。常に結果を出そうとしていたから、日本は「黒字国は内需を拡大せよ」といった要求を突き付けられたものである。つまりHands-onの政権であった。

ところが第43代のGWブッシュ政権は、他国の経済政策にはあまり口出ししなかった。大減税を行って財政赤字が拡大しても、そんなものは自然にファイナンスされると考え、金利や為替のことはさほど気にしなかった。日本から言えば、当然、Hands-offの共和党政権の方に有難みを感じることになる。

トランプ政権はもちろん共和党政権であり、今のところ金利や為替に対する言及は少ない。つまり表面的にはHands-off政権に見える。ところがある日突然、トランプ氏が「最近のドル高は看過できない」とか、「日本のマイナス金利政策は、為替誘導策ではないのか?」などとツィートし始めるかもしれない。その瞬間に、為替レートは5円くらい円高に動いてしまうのではないか。

なにしろご本人が「予測不可能性こそが交渉に勝つ秘訣」と言っているくらいなので、情報や観測が錯綜するのは無理もないところ。かくして多くの人が戦々恐々としながら、トランプ政権の出方を待っていることになる。

●トランプ政権はなぜTPPを拒絶するのか

そのトランプ氏が、当選後にこれだけはハッキリと言い切ったのが、「TPPからの離脱」である。11月21日、トランプ陣営は約2分半のビデオクリップを公表している4。その中で、「大統領になったら初日に行うこと」として挙げたのが次の6点である。

1. Trade: TPPからの離脱を宣言する
2. Energy: 国内エネルギー生産に関する「雇用を減らす」規制を緩和する
3. Regulation: 新たな規制1つに対し、2つの規制を廃止する
4. Security: 国防総省に指示し「あらゆる種類のサイバー攻撃」から国を守る計画を作る
5. Immigration: 労働省に対し、米国労働者を害するビザの乱用がないか調査させる
6. Ethics: 政府職員が退任後5年間はロビイストになることを禁止する

1だけが大騒ぎとなったが、2~6はほとんど何も言っていないに等しい。特に4や5は、今のオバマ政権でもある程度は作業しているはずである。乱暴な物言いが多かった選挙期間中に比べると、非常に慎重になっている様子が窺える。少なくとも、「メキシコとの国境に壁を作る」という公約は、「ネタ」と見なして良いのであろう。

トランプ次期政権にとって、保護貿易主義こそは公約の「一丁目一番地」であり、彼が「忘れられていた人々」に対して約束したことである。とはいえ、次期大統領が「TPPからの離脱」を宣言するのも変な話である。何となれば、TPP協定はオバマ政権が締結して、既に議会に送っている。受ける、受けないを決めるのは議会の仕事であり、連邦政府の手は離れている。議会は今のところ、選挙で示された「民意」の前に沈黙しているけれども、将来的にTPP協定が批准される可能性がなくなったわけではない。

一方で、これから政権交代が行われるにつれて、TPP締結作業に携わったスタッフは政府から去っていくことになる。結果として交渉当時のことが分からなくなり、議会を説得するにも支障をきたすようになるかもしれない。

あらためて確認すると、TPPは署名時(2016年2月)から2年以内に、署名国全体のGDPの85%以上を占める6か国以上が批准すれば、その時点から60日後に発効する。全GDPの6割を占める米国の批准は必須条件である。ところが、署名後2年以内に米国の批准がなかった場合でも、TPP自体が白紙還元されるわけではない

ゆえにそれ以後もTPP復活のチャンスは残る。①トランプ次期大統領の気が変わる、②何らかの理由でトランプ氏が辞任し、次のマイク・ペンス大統領(=自由貿易主義者)が主導する、③2018年の中間選挙以後に世論の風向きが変わる、などの可能性がある。

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