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オーストリアがあなどれないワケ - パスカル・ヤン

「男はつらいよ」のシリーズの中に九州の湯布院とオーストリアのウィーンを混同したという話がある。そんな間違いは寅さんだから起きることで、心配は要らないといってはいけない。戦前からオーストリアは日本では知る人ぞ知るとはいえ、オーストラリアと誤解も多かった。

 その昔、大阪万博のころまではオーストラリアとオーストリアの取り違え珍事が続いた。仕方なく“鳥”か“虎”の符号で、大使館への配送などは鳥ですか虎ですかといって捌いたようだ。その後、日本人の海外旅行も一般的になったため、大間違いは少なくなったようだ。

 オーストリアの方も、ウィーン地下鉄の切符に日本語が書いてあり、有名なニューイヤーコンサートの時間は日本シフトとなっていると聞いた。おかげで遠い国とはいえ、“美しき青きドナウ”のメロディーを聞けば、誰しもオーストリアのウィーンを思い浮かべることであろう。

 今回、“鳥”の方で大統領選があり、事前には“トランプ”タイプの当選が予想され、世界は気を揉んだ。ヒトラーを出してしまった国でもある。東京市場は時差の関係でBREXITやトランプ当選は共に予想外の結果であったため金融市場は大きく荒れ、株も為替も大波を受けてしまった。
今回のオーストリア大統領選も結果が東京市場に影響を与えるタイミングだったが、穏便な結果でもあり平静であった。

 オーストリアの大統領選挙、なぜ重要なのか言おう。1929年10月に始まったニューヨークの大暴落は、欧州に最初に伝播したのはオーストリアのウィーンだ。1931年初夏、現地大銀行クレジットアンシュタルトの突然の破綻が告げられた。この破綻が、ヒトラーの登場も含めて第二次大戦の開始のゴングとなったのだ。

 クレジットアンシュタルトの破綻を契機として、ドイツ第2位の大銀行が倒産し、7月はじめにドイツ大統領令で全銀行が8月まで閉鎖されるという異常事態となった。ここにドイツでも金融危機が起こり企業倒産も続出した。影響はドイツ・オーストリアにとどまらず結果的に欧州全体に及ぶこととなった。このとき既にドイツの失業者は3割以上に達し、さらに増加する勢いであったようだ。ここにヒトラーを生み出す背景をつくってしまったのだ。

 今回の12月4日の大統領選挙は、リベラル系の緑の党元党首が勝利した。それも、大差での勝利は、右傾化の歯止めとなる動きを感じる。そもそも、今回の選挙は5月の大統領選挙のやり直しであった。先進国で大統領選のやり直しとはにわかに信じがたいことだが、難民反対ムードの勢い乗る極右が大統領のポストを取るとの予想もあり結果が注目された。

 しかし予想に反して“ 今はやり ”の難民排斥派ではなく、反対に穏健派の圧勝となったのだ。それも、これから大所の選挙が控える欧州で、1931年のケースのように欧州の先行指標がオーストリアだとすれば吉兆であろう。

 指標性は1980年代半ばにもあった。チェルノブイリ原発の事故の写し鏡のようにオーストリアのウィーン株式市場が音もなく上昇を開始した。今にして思えば、ソ連邦崩壊と東西ドイツの統一を予見する大相場であったとするのが妥当であろう。

 この人口800万余の気位の高い旧大国は、近世、近代はもとより現代でも侮れない力を持っているようだ。

湖水系と塩水系

 話は飛ぶが、世界は小さな政府を目指し、活力のあるグローバル企業が登場することで、すべてうまく流れるという議論がある。米国では五大湖周辺の大学、特にシカゴ大学を頂点とするため淡水系と呼ぶようだ。その一方で、高負担、高福祉こそが人類の平和と繁栄の基礎だとする考えは、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学など東部名門を頂点とするが、それらは海岸に位置するので塩水系と呼ばれる。この淡水系の水源はハイエク先生であり、塩水系の源流はシュンペーターとなるようだ。この二人は、勿論オーストリア人である。

 一方、経済学の分派と言われる経営学を見ても、やはりドラッカーは元を辿ればオーストリア人であり、シカゴ大学に連なるコトラーとハーバード大学のポーターが巨頭となっている。

 伊達にウインナ・コーヒーとザッハトルテを食べるのではなく、ウィーンのカフェには必需品としてあらゆる新聞が読めるようになっている。反知性主義が危惧される中で、今度のオーストリア大統領選挙結果は、知性主義の香りがする。さすがに欧州は「捨てたものではない。」
といった舌の根も乾かぬうちに別の情報が届いた。国連の事務総長で名をなし、大統領選に当選したワルトハイムが、かつてナチス党員であったと発覚して欧州で鼻つまみとなった経験と、ヒトラーの時代の屈辱が頭をよぎったからだというのだ。

 原因は何であれ、世界中のムードと違う結果を突きつけた事実は大きいと思うがいかがであろうか。

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