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『日本解凍法案大綱―同族会社の少数株、買います!』3章 銀座のウェストという店 その1

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牛島信(弁護士)

「なあ、大木」

同じ話を蒸し返すときの高野の口調だった。昔から変わっていない。

「母親がね、言うんだよ」

喋っている自分の眉間の皺がいちだんと深くなっていることなど、高野は気にもとめない。

「『でもね、敬男(のりお)、その株、上場してないし、先行きも上場なんてとんでもないっていう株なんだよ。

それじゃどうしようもないよね。

いくら川野さんの頼みだってねえ、ゴミと同じだもの』

川野というのは墨田のおばさんの名前だ。川野純代っていう名前なんだ。

母親のやつ、そこでわざとらしく一呼吸いれてから、しんみりとこう来た。

『いえね、川野さんは配当があるっていうのよ。年に8円。ぜんぶで3万株持ってるから年に24万円になる。だからそれを500万で買ってくれっていうのよ』

どう思う?」

大木は苦笑いした。

「どうって言われてもなあ。

川野さんて方の言うとおりなら、年の利回りが4.8%か。マイナス金利の時代だからな、えらく高いことになるじゃないか、とでも答えればいいのかな」

大木は、暗算をしてみせると冗談だとわかるように微笑をつくった。高野は大木の冗談にも生真面目に答えないではいない。

「ああそのとおり、たいしたもんだ。

だが、墨田のおばちゃんの株には流動性ってものがないからな。誰も手を出さない」

「ケインズの言うとおり。流動性はそれ自体が価値だ」

「そんなごたいそうな話じゃないさ。500万を回収するのに20年以上かかる。

第一、いつまで配当が続くのか、それどころか倒産してしまいやしないのか、その会社の中身なんてなーんにもわからない。なんせ非上場の同族会社だからな」

「いや、非上場会社だって株主総会もやらなくっちゃいけないし、そのときにはバランスシートも損益計算書も報告しなくっちゃいけない。

だから、なにも分からないってわけじゃない」

大木がそう答えると、高野は大木の顔をまじまじと見つめながら、

「ってことが実際にはどこの会社でも実行されていないってこと、大木弁護士さんはよーくご存知のはずだ。出てきた数字だって、監査があるわけじゃなし本当なのかどうかもわかりはしない」

大木はもう一度苦笑した。

「まあな。会社にもよるがな。非上場でも大きな会社ってことになると違うがな」

「そんなごたいそうな会社の話なんかじゃないんだ。

俺は母親に向かって、『株買うのなんか止めておいたほうかいいよ。墨田のおばちゃん、金がなくて困っているんなら、株なんか買わないでお金をあげりゃいいじゃないか』って話してやったんだ。」

「そしたら、『人でなし』ってか?」

大木が先読みすると、

「そうだ。オマエ、俺の母親のことよくわかってるな」

高野が驚いた拍子に、アゴを突き出して頭を後ろへのけぞらせた。

大木の番だった。

「誰もが同じさ。

金は欲しい。でも格好悪くはなりたくない。だから金の無心はしたくない。金を恵んでくれとは言いたくない。株を買ってくれと言えば、無心じゃない。

人のサガだ。人情だな。

人情がそうでなければ、この世はコジキであふれかえっている」

「コジキ?

なにを言ってるのかよくわからんが、とにかく俺は母親に怒られてしまったわけだ。

それで、母親、なんて言ったと思う?」

「『金持ちのオマエが買え』だろう」

「えっ」

高野は絶句した。

まじまじと大木の顔を見つめながら、

「そうなんだよ」

大木の予想どおりだった。大木は頬をゆるませると、手元の紅茶皿をもう一度引き寄せた。未だ底にほんの少しアールグレーが残っている。

高野は指がかくれてしまいそうな眉間の皺をいっそう寄せながら、

「だから俺は、

『なんでこの俺が』

と簡単に返事したんだ。お断りだってね。

俺は金に尊敬心を持っていない人間は嫌いなんだ。金を尊敬しないやつは金に見放される。当たり前だ。

不愛想に響いたのかな。母親のやつ、俺の顔をキッとにらみすえるなり、

『ねえ、オマエが買って差し上げておくれ』

と畳みかけてきた。

『え、いやだよ。なんでこの僕が』

って思わず声が大きくなっていたのさ。

そりゃそうだろう。そんな株、誰だってドブに金を捨てるようなもんだってわかる。ところが、母親ときたら俺の話なんてちっとも聞いちゃいないんだ。

『だって、オマエお金いっぱい持ってるじゃないか。少しくらい人助けしてやっても罰は当たらないよ。なにも金を恵んでやってくれっていってるんじゃないんだ。ただ、墨田のおばちゃんが困っているから、持ってる株を買ってやってくれって頼んでるだけなんだからさ』

参ったね。

俺は母親に向かって言ってやったよ、

『なに言ってるんだい。この世に気の毒な人がいったいどれだけいると思ってるんだ。何億人、何十億人だよ。その人一人に1円を上げたら、いったいいくらになると思ってるんだ?そんな財産、俺は持ってない。

ダメ、ダメ』」

すると大木がすかさず、

「そしたら、お母さん、

『敬夫、オマエは間違っている。

墨田のおばちゃんは長い間の知り合いで、今、オマエの目の前で困りきっているんだよ。昔、私が子ども、オマエだよ、子どもを抱えて困っていたときに何度も助けてくれたこともあった。

その人が困っているんだよ。

そんな人が目の前にいるのに助けてあげなかったら、オマエはなにもできない人間だってことだよ』とかなんとか、かな」

もう高野はびっくりしなかった。

「ああ、そうだ。そのとおりだ。オマエ、よくわかっているな。

母親のやつ、俺の恩人なんだと言ってくれたよ。

そういわれて俺はなるほどと思ったんだ。

今の俺にとって500万は大した金じゃない。

たぶん俺は、世の中の平均の50倍くらいの金を持っていると思っている。だから、墨田のおばちゃんに渡す金は世の中の平均の人の財布から言えば10万にもならないと思う。自慢で言うんじゃないが、可処分所得でいえばもっとかな。5万とか3万とか、そんなものだ。

俺が墨田のおばちゃんの株を買ってやれば、墨田のおばちゃんは喜ぶ。

それだけじゃない、親孝行にもなる。母親は墨田のおばちゃんを喜ばしてやれるだけじゃない。恩返しができるし、なにより自分の息子が温かい心を持った立派な大人になっていると実感できる。

母親ももう先は長くない。喜ばしてやれることは多くはないしな。

こんな気持ちになったのは、きっかけがあってね」

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