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北方領土はロシア軍事戦略の要:「択捉・国後」両島返還が困難な理由 - 伊藤俊幸

 12月15、16日に行われた、安倍総理とプーチン大統領による日露首脳会談。筆者の関心はもちろん北方領土問題にあった。「平和条約締結後の色丹島・歯舞諸島の返還」を明記した「1956年の日ソ共同宣言を確認する」との言及があるかと思われたが、結果はご承知のとおりである。

 国内では一時「4島一括返還」の期待まで膨らんでいただけに、日露首脳会談の成果全体を否定的にとらえる向きも多いようである。だがロシアの軍事戦略を考えれば、日ソ共同宣言通りの歯舞・色丹の2島返還に期待は持てても、択捉・国後両島についてはそもそも厳しいものだったのである。

極東ロシアの軍事戦略の変遷

 幕末以来、日本はロシア(もしくは旧ソ連)の「南下」を警戒し、また対峙し続けてきた。シベリアにおける不凍港の獲得しかり、日露戦争そして第2次世界大戦での満州や朝鮮半島をめぐる争いしかり。だからわれわれには、「ロシア=南下」という意識が強くある。北方領土自体も、南下してきたソ連軍によって占領されているわけで、日本人にとって「ロシアの南下」はまぎれもない事実であり、冷戦期には陸上自衛隊が北海道に兵力を集中させていたのも、それが理由であった。また一方、ロシアが択捉・国後に固執するのは、軍事的には「オホーツク海から太平洋への南端の出口」、すなわちウラジオストック(「東方征服」の意味)のためとの見方が一般的でもあった。

 だがロシアの極東戦略は、そうした歴史的な「南下政策」から変化していることを知っておく必要がある。しかもそれは最近のことではなく、少なくともこの40年以上前からなのである。

 その背景には、核兵器がある。

 以前から指摘していることだが、現代の核戦略はMAD(相互確証破壊)という核抑止論がメインである。仮に自国が核攻撃(第1撃)を受けても、残存反撃能力(第2撃)を保有することによって抑止を成立させる、というものである。

 その際に重要なのが、核兵器を搭載した弾道ミサイルを発射できる戦略原子力潜水艦(SSBN)の存在だ。海中に隠れたまま自由に移動できることが、第2撃能力の確保につながる。

 問題は、そのSSBNの安全がいかに保たれるか、ということだ。敵にたやすく発見されるような場所でSSBNを運用すれば、大事な第2撃能力を失うことにもなりかねない。そこで旧ソ連が考え出したのが、「オホーツク海の聖域化」だった。

ロシア核戦略の聖域・オホーツク海

 北極を中心にした北半球の地図を見ればすぐわかるが、オホーツク海とアメリカ本土との距離は意外に短い。ここに核搭載の潜水艦を常に潜ませておけば、たとえモスクワが核攻撃で消滅しようとも、ワシントンやニューヨークへ、ここから核を撃ちこむことができる。オホーツク海は旧ソ連がMADを確立するための、最も重要な海域なのである。



 掲出した地図を見ればわかるように、オホーツク海はシベリア、カムチャツカ半島、千島列島そして北方領土に囲まれている。そこでこの千島列島を「列島線」として防御を固めて封じれば、オホーツク海(左図の赤いエリア)は、旧ソ連(ロシア)の潜水艦にとって「聖域」になる。少なくともこの40年近く、旧ソ連そしてロシアは、極東ではこの戦略を取り続けてきた。

ロシア太平洋艦隊に与えられた任務

 日露戦争で壊滅させられた帝国ロシア太平洋艦隊は、第2次大戦終了時でもほとんど形がなかった。しかし冷戦期となり、カムチャツカ半島のペトロパブロフスクは、SSBNの基地とされ、ウラジオストックのソ連太平洋艦隊は米国からこの聖域たるオホーツク海を守るため一気に増強された。当時西側で言われていたのが、ソ連による「バッション・ディフェンス(要塞防護)」だ。千島列島と北方領土は、このオホーツク海という要塞を防護するための高い城壁と位置づけられたのだ。そして、この城壁のオホーツク海側を「海洋支配ゾーン(Sea Control Zone)」その太平洋側を「海洋使用拒否ソーン(Sea Denial Zone)」と呼んでいた。ロシア太平洋艦隊の第1任務は、警戒監視活動や訓練・演習の実施によりオホーツク海の聖域化を維持することにあった。

 読者はここで、どこかで聞いたことがある話と思われたと思う。そのとおり、現在中国がいう第1・第2列島線、およびそれに伴う「A2/AD(Anti-Access/ Area Denial)」は、これの中国バージョンなのだ。冷戦末期、中ソ対立が緩やかになった頃、中国海軍軍人をソ連に留学させ、空母に発着可能な戦闘機パイロットの養成を含む多くの海軍戦略や戦術を学んだのである。ただ、各国が使用可能な東シナ海や南シナ海を、中国が聖域化しようとすることは無謀な試みといえよう。ロシアは、北極海というロシア以外の国が使用しづらい海洋がその奥にあることで、手前にあるオホーツク海を聖域化し易かったとも言えるだろう。

復活した北方領土の戦略的重要性

 さて、冷戦終結に伴い、ウラジオストックの太平洋艦隊は壊滅的な状態となった。艦艇部隊の警戒監視活動はほとんどなくなり、パトロール用の通常型原子力潜水艦(SSN)は次々と廃艦された。しかし、ペトロパブロフスクにおけるSSBN D-Ⅲの配備だけは細々と続けた。そしてプーチンの登場により経済的にロシアが復活すると、最新鋭のSSBNボレイ級が開発され、今やその2番艦と3番艦の2隻がペトロパブロフスクに配備されるに至った。このボレイ級は、射程約9000キロの最新型SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)ブラヴァを搭載している。

 太平洋艦隊が縮小する中、要塞防護上の城壁の意味合いが高まった。特にメドベージェフ大統領(現首相)当時にこれが確認され、その結果が、最近発表された国後・択捉両島への地対艦ミサイル「バル」(射程約150キロ)と「バスチオン」(射程約300キロ)の配備だ。これはプーチン訪日にあわせて突然降ってわいた話ではなく、以前から両島には同様の地対艦ミサイルが配備されており、それを計画に則って新しいシステムに更新したに過ぎない。

 この両ミサイルシステムはペトロパブロフスクにも配備されており、さらに今年に入り、千島列島の中ほどにあるマツワ(松輪)島の、旧日本軍の滑走路などの施設改修を進めている。いずれはここにも両ミサイルシステムを配備するのだろう。 

 つまりカムチャツカから択捉・国後にいたる「千島列島線」をオホーツク海の防御ラインとし、「太平洋への出口」ではなく「オホーツク海への入口」を守り、聖域化するという戦略をとっているのだ。以上のことから、ロシアが国後・択捉を手放すということは、残念ながらとても考えにくいといわざるを得ない。

 他方、掲出した右の地図を見るとわかるように、色丹・歯舞は、「千島列島線」の外側に位置しており、ロシアから見た戦略的価値は相対的に低い。日ソ共同宣言以来の「2島返還論」は、ここまで述べたようなロシア側の事情がある、と考えるべきなのである。

「共同経済活動」は返還の道筋となるか

 筆者はこの9月、ビザなし交流事業で国後・択捉両島を初めて訪れた。特に択捉島は、想像していた以上に都市化、ロシア化が進んでおり、舗装された道路、新しい立派な建物をいくつも目にした。メドベージェフ大統領当時に決定された巨額な予算投入が着実に成果を出している。また現地経済は、漁業・水産加工から土木、金融にいたるまで、ギドロストロイという独占企業が牛耳っているとも聞いた。

 現地のロシア人と話をすると、彼らは一様に「この島で日本人と共に住み、共に働くことは大歓迎だ」と言う。なんの抵抗感も感じられないのだ。旧ソ連のゴルバチョフ大統領時代末期に始まったビザなし交流は、20余年という時間をかけて、日ロの民間交流に一定の成果を挙げていると言えるのだろう。だがこれは主権や領土を返還するという問題とは別物だ。彼らも、「でも島はロシアのものだ。一緒に住んだり働いたりすることとは別だ」と言う。

 また、元島民の方々も、「北方領土を返してもらいたいと思うのは当然のことだが、今住んでいるロシア人のことを考えると難しい。であるならば、少なくとも我々が自由に往来できる島にしてもらいたい。」と言う。

 この現場の両者の方たちの意見の集約が、今回の首脳会談で決まった「共同経済活動」だと考える。なぜ共同経済「協力」でも「開発」でもなく「活動」なのか。現地での見聞を改めて思い起こして気づくのは、この「活動」とは日本企業による大規模投資などといった話ではなく、ロシア人の言う「共に住み、共に働く」レベルのものを指しているということなのだ。日露の経済関連大臣による今回の合意は、ロシア本土において民間企業同士が中心となって行う経済支援であり、日露の信頼醸成を目的としたもので、「北方領土における共同経済活動」とは別の話なのである。

 本来、国境線が画定されないと平和条約は締結できない。国境を画定して初めて当該両国はこれを犯さない、戦争をしないことを誓うことができるからだ。しかし、北方領土でこれを追求すれば、両国の主張が繰り返されるだけで前に進まない。択捉と国後が、ロシアにとって最も大きな意味を持ち戦略的に返還困難であることを安倍政権は熟知しており、その中で編み出したのが、「北方領土を『特別な制度』により日露両国民が一緒に住むことができる島」とすることで平和条約締結を目指すとの「新しいアプローチ」なのだ。   

 もしこれに日露両国が合意できたならば、世界で例を見ない形での平和条約締結となる。前例もなく、前途多難な試みであるが期待しつつ見守っていくべきであろう。

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