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日本経済とGDP統計の問題点

12月も半ばを過ぎました。驚くことが多かった2016年が終わりに近づき、今度は視界不良の2017年を迎えようとしています。市場では「トランプラリー」が続き、足元では急激に円安・株高が進んでいます。日本経済にとって良いニュースと言えますが、企業や投資家のマインドはなおも慎重で、それも無理からぬことかもしれません。

それでは足元の日本経済はどうなっているのか。「緩やかな景気回復が続いている」とはいうものの、いかにも起伏に乏しい、良いとも悪いとも感じにくいような状態になっている。実はそれには、GDPなどの経済指標にも理由があるのではないか。

本誌としてはまことに久しぶりに、経済ネタを取り上げてみました。

●12月15日前後に飛び交ったニュースから


来年の日本経済をどう見るべきか。今週はいろんなニュースが15日前後に交錯した。いずれも2017年の日本経済を占う上で重要なことばかりである。

*日銀短観(12月14日):景況感は改善も、先行き見通しは慎重
大企業製造業の業況判断DIが+10となり、6四半期ぶりの改善となった。また非製造業も+18と高い水準を維持した。足元の急激な円安・株高の進行を考えれば、輸出産業を中心に経営環境が改善していることは間違いない。ただし想定為替レートは104円90銭と、前回9月調査に比べて3円ほど円高になっている。つまり今後のトランプ政権の態度如何では、今の円安はすぐに吹っ飛ぶと警戒しているようだ。また、16年度の設備投資計画は前年度比5.5%増となり、前回9月調査時の6.3%増から下方修正されている。

*米国の利上げ(12月14日):来年の米国は財政出動を想定
米FOMCは1年ぶりに0.25%の利上げを決めた。それ自体は予想通りだったが、ドットチャートで示されたFOMC参加者による来年の利上げ予測の中央値が、「年3回程度」であったことが意外感をもって受け止められた。つまりトランプ次期政権は財政出動を行うから、金融政策は早めに引き締めに動く必要があるというわけだ。

かくして米国の長期金利は上昇し、一層のドル高をもたらしつつある。「長期停滞論」を唱えるサマーズ教授などが主張していた財政出動は、これまで何度も共和党議会に行く手を阻まれてきたが、皮肉なことにトランプ次期政権によって可能になる。素直に考えれば、これは世界経済にとって良いニュースと言えるだろう。

*日ロ首脳会談(12月15日):年明け冒頭解散シナリオは消えた
本稿執筆時点では会談の全貌はまだ明らかではないが、当初言われていたような「領土問題が大きく前進して、安倍首相が年明け早々にも衆院を解散して国民の信を問う」というシナリオは完全に消えたと考えていいだろう。

考えてみれば、臨時国会において「カジノ法案」ことIR推進法案をやや強引な手法で成立させたということは、解散の先送りは与党として「予定の行動」だったのであろう。公明党は来年6月の東京都議会選挙を最優先するので、その前後3カ月の総選挙は考えにくい。ということは、解散は来年秋以降になったと見るべきだろう。

日ロ間の交渉は長期戦となりそうで、そのことは安倍外交にとって「政治的資本(Political Capital)の減少」を意味しよう。ただし、それは年末の真珠湾訪問によって取り返すことができる。2017年も国内政治の「安倍一強体制」は健在であろう。

*トランプ氏が初の記者会見を延期(12月15日):相変わらず不透明?
11月30日のツィートで、トランプ次期大統領は「12月15日にニューヨークで記者会見を開く」と言っていた。実現すれば当選後、初の記者会見となるはずであったが、その3日前になって一方的に延期してしまった。初の記者会見は年明け以降になる見込みだが、ご本人は今日もツイッターで不規則発言を繰り返している。だがここで思い出すべきは、「トランプ発言をliterallyに受け止めてはいけない」の法則である。破天荒な発言はおのれの予見可能性を下げるための作戦で、実際の行動は意外と慎重なのである。

筆者の暫定的な見方は、「トランプ次期政権の実態は、16年ぶりに発足する普通の共和党政権である」というものである。というのは、2000年のブッシュ当選後と共通することが尐なくないからだ。①大規模減税を目指す、②中国に対する強硬姿勢、③保守的な閣僚人事、④オールドエコノミー指向(化石燃料を優遇)などである。

この見方が正しいとすれば、トランプ政権は「当面は強いドルを容認するだろう」し、「FRBにはあまり口を出さない」ことになる。

●景気サイクルはどこへ行ったのか?


こうしてみると、日本経済の外部環境はそんなに悪くはなさそうだ。それでは内部環境はどうなのか、というと2016年の日本経済は大きな起伏に乏しかった。前半は円高・株安が進行し、熊本地震などもあって軟調であった。その後はやや盛り返したようなのだが、景気が良いとも悪いとも言いかねる妙な状態が続いている。

その端的な証拠が、内閣府の「月例経済報告」の基調判断である。3月に下方修正が1度あったきりで、以下のように変哲のない文章が延々と繰り返されている。

○月例経済報告の基調判断

1月:景気は、このところ一部に弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
2月:景気は、このところ一部に弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
3月:景気は、このところ弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(↓)
4月:景気は、このところ弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
5月:景気は、このところ弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
6月:景気は、このところ弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
7月:景気は、このところ弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
8月:景気は、このところ弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
9 月:景気は、このところ弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
10月:景気は、このところ弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
11月:景気は、このところ弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
12月:(12/21公表予定)

8か月間据え置き、などということは尐なくとも筆者の記憶にはない。そこで文言の中身は無視することにして、上下の変化をグラフ化してみた。すなわち、2010年12月時点をゼロとして、上方修正を+1、下方修正を▲1として表してみたものである。

○内閣府、基調判断の歴史


過去最長は、2010年11月から翌年4月まで6か月間の据え置きであり、やはり8か月間は「異常現象」ではないか。およそ景気というものは、人間の体調のように良くなるか悪くなるかのどちらかであって、同じ水準を維持するということはあまりない。実は体温計が壊れている、すなわち経済指標に問題があるのではないか、とも思われてくる。

ちなみに景気ウォッチャー調査(現数値)を見ると、現状判断DIは1月に46.6で始まり、6月には41.2まで落ちて、そこから上昇して11月には48.6と年初来高値をつけている。別名を「街角景気調査」というだけあって、その方が実感に近い。景況感は年初から悪化して、年央をボトムに反転した。その程度には景況感は変化しているのである。

12月分の月例経済報告は12月21日発表される。生産の回復や企業業績の改善を反映して、たぶん基調判断は上方修正されるのではないか。景気サイクルは単に見えにくくなっているだけで、なくなったはずがないと思うのである。

●GDPで日本経済の景色が変わる


ここで興味深いことに、12月8日に内閣府が発表した第3四半期GDPの2次速報から、「体温計が新しくなった」。すなわち、GDPの計測方法が変わったのである。 国際基準 2008 SNAを導入するともに、基準年が 2005年から2011年に切り替えられた。 新たに R&D投資、防衛装備品などを企業の設備投資に含めるようになったところ以下のような変化が生じている。ほとんど日本経済の景色が変わった、と言っていいのではないか。



新しい計測方法と基準年の変更によって、名目GDP(赤線)はいきなり30兆円も増えた。安倍内閣の「名目GDP600兆円」という目標値は、左のグラフで見るととても覚束ないように見えるが、右のグラフで見るとあと数年で楽に達成できそうに見える。というより、端的に言って右の方が日本経済ははるかに元気そうに見える

実質GDP(青線)は、さすがにそれほど大きくは変わっていないけれども、それでもよく見ると2014年の消費増税後のGDP落ち込みがより小さくなっている。また、左では直近の16年7-9月期GDPは14年1-3月期に及ばない(534.5兆円と535.0兆円)が、右ではそれが逆転している(523.0兆円と517.3兆円)。

今まで企業のR&D投資が「付加価値」として認定されていなかった、ということには素直に驚いてしまうが、これは1993 SNAという旧基準に従っていただけのこと。しかるに現在の日本企業にとって、今さら「新本社ビル」や「物流基地」といった有形資産への投資はそれほど重要ではない。むしろ研究開発費やM&Aによる「のれん代」償却など、無形資産への投資の方が重要度は高い。2008 SNAによる変更は時代の要請と言っていい。

ところが実は新しい基準になっても、娯楽作品の原作やブランド価値などといった無形財産への投資は、GDPにはカウントされない。つまり映画など「クール・ジャパン」への投資も「付加価値」ではないことになってしまう。経済の現実はどんどん進化しているのに、経済指標は現状を後追いする形でゆっくりとしか変われないのである。

GDPの在り方は、国連を舞台にOECD、IMF、世銀などが議論して決めている。しかるに2009年に決まった2008 SNAを、米国は2013年に、ドイツは2014年に導入している。2016年に導入する日本はお世辞にも早くはない。というより、OECD加盟34か国の中では後ろから数えて3番目だそうである(残りはチリとトルコだけ)。

なぜそんな残念なことになっているかといえば、哀しいかな日本は行革を推進する過程で、統計に関するコストを削ってきた。統計に携わる政府の職員数は、10年前には5577人も居たのに、今では1886人に減らされているとのこと。なおかつ、省庁間の連携もけっして褒められた状態ではない。

幸いなことに、ここへきて経済統計に対する問題意識が高まっている。9月に発表された経済同友会の提言「豊かさの増進に向けた経済統計改革と企業行動」は、GDPを中心とする経済統計に関する諸問題を取り上げ、対応策まで詳細に分析している。また、自民党内には「新経済指標検討プロジェクトチーム」(林芳正座長)が発足し、政府への提言を取りまとめている。

統計は国の重要なインフラの一部であろう。そこに歪みがあった場合、政策も間違えてしまうかもしれない。「経済統計の立て直し」は急務であると思われてならない。

●日本は本当に停滞しているのか?


GDPにまつわる話をもうひとつご紹介しよう。GDPは変化率を見ると同時に、国際比較にもよく使われる。そこで今世紀に入ってからの1人当たりGDPの変化を比較してみると、なんと下記のように日本経済の停滞ぶりが明らかになってしまう



日本が伸び悩んでいるように見えるのは、為替マジックによるところも大きい(円高だった2010~12年は4万ドルを超えている)。ただしその辺の事情を捨象すると、中国は15年間で8倍になっているし、韓国も2倍半となって日本に迫ろうとしている。米国が1.5倍になっているのもご立派と言える。このデータを使って、「日本経済は全然ダメ」と切り捨ててしまっても十分に説得力を持つだろう。

ただし違う見方も可能だと思う。GDPという尺度は、1人あたりが1万5000ドルくらいまでは有効な指標であるけれども、3万ドルを超えたあたりから機能しにくくなる。3万ドルを超えて先進国になってくると、その国が目指す「豊かさ」は一様なものではなくなる。あくまでも所得の増大を目指すのか、それとも生活の質を求めるか、国全体のインフラを重視するのか、あるいは環境との調和や個人の自由を求めるのか。それらは人生観や価値観によるものであり、それぞれの国民が選択すべき問題である。

特に日本の場合は、「高所得国の罠」といったら語弊があるけれども、20年くらい前から「さらなる豊かさを求める方向性」を定義できなくて困っているようなところがある。本当はそれがないわけではないのだが、もともとが貧乏性な国民なので、ついつい「おカネに換算できる価値」にこだわって苦労しているのではないだろうか。

繰り返しになるが、1人当たりGDPが3万ドルを越えたあたりから、人々は「おカネで測れないもの」を求めるようになっていく。ところがGDPはおカネで測れるものしかカウントしない。タダのサービスは無価値ということにされてしまうのだ。だったらわれわれは、GDPを超える経済指標を考えて行かなければならないのではないか。

ここまで来ると、エコノミストではなくて政治家の仕事となるだろう。つくづく日本は「課題先進国」なのだということが結論となる。

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