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「スーパーマリオラン」配信に潜む任天堂の苦悩 - 西田宗千佳

 9月7日に米サンフランシスコで開催された、新型iPhoneの発表会において、もっとも聴衆が歓声を送ったのは、iPhone自体の発表ではなく、あるゲームの発表だった。

 そのゲームとは、任天堂の「スーパーマリオラン」。お披露目も、マリオの生みの親である宮本茂氏が担当した。近年、iPhoneの発表会は驚きがないと言われるが、「iPhoneにマリオが出る」ことは完全なサプライズであり、会場を熱狂させた。

「スーパーマリオランは、iPhoneに特化したマリオ。片手でつり革につかまりながらでも、片手でリンゴを食べながらでも楽しめます」

 宮本氏は、ちょっとしたリップサービスを交えながら、「スマホのマリオ」をデモした。スーパーマリオランは年内にまずiPhoneから登場する予定で、その後、Androidにも提供される。アップルは「独占」を取り付けることができなかったが、それでも、iPhoneとマリオの関係を強く印象づけることに成功した。10月13日には同社のティム・クックCEOが来日したが、その際にも任天堂を訪問、スーパーマリオランをプレイし、宮本茂氏と歓談する光景をTwitterで公開している。

 背景には、7月から続く「ポケモンGO」の大ヒットがある。アプリ関連のマーケティング調査会社であるApp Annieの調べによれば、ポケモンGOはスタートから3カ月で6億ドル(約600億円)の売り上げを達成している。これはモバイルアプリにおいて史上最速の記録である。収益のうち3割は、アップルやグーグルなどのアプリストアを運営する企業に入る。だから、アップルとしては笑いが止まらない。スーパーマリオランが大ヒットすれば、アップルにとっては、また一つドル箱が増えることになる。

スマホに苦しめられた任天堂、ポケモンGOも恩恵はわずか

 任天堂は現在、経営状態が思わしくない。原因は2010年以降にスマホ市場が大きくなったことにある。

 据え置き型ゲーム機である「Wii U」は、ソニー・インタラクティブエンタテインメントの「PlayStation 4」に販売台数で追い抜かれ、元気がない。欧米を中心とした海外の市場は、「スマホではできない、高度でやりがいのあるゲーム」を求めている。PS4はそこにマッチしてヒットしたものの、Wii Uは性能不足から、高度なゲームを求める市場とのミスマッチを起こした。

 携帯ゲーム機である「ニンテンドー3DS」は、初代モデルの発売からすでに5年が経過し、動きが止まってきている。日本の若年層には底堅く支持されているものの、海外市場では「気軽なゲーム」の市場をスマホに奪われている。

 その中で任天堂は、17年3月発売を目指し、新型ゲーム機「Nintendo Switch」を開発中だ。Switchは、スマホ、タブレットに使われる半導体をうまく使い、テレビにつなげば「据え置き型ゲーム機」に、持ち出せばバッテリーで動く「携帯ゲーム機」になる、両にらみの戦略をとる。

 それと同時に、任天堂が本格化するのが「スマホアプリ」への取り組みだ。ポケモンGOの収益は主にナイアンティックのもので、任天堂にはごく一部しか反映されないが、任天堂自身が運営するゲームがヒットすれば、莫大な利益がもたらされる。少なくとも株主は、任天堂にもスマホ市場でひと稼ぎしてもらいたいと期待している。9月7日にスーパーマリオランが発表された翌日、任天堂の株価は、スマホ市場への期待感もあり、取引終了までに25%もアップした。

 一方で、スマホ向けゲームを出せば儲かるというほど、甘くはない。既存のゲームメーカーが有名なゲームタイトルの名を冠したスマホ向けゲームを提供しても、「パズドラ」「モンスト」のような大ヒットにはならない。ファンも目が肥えてきており、「単にスマホの上で動いているだけ」では満足しない。「スマホの上で動いていて、しかも面白い」ゲームでなければ、収益には結びつかないのである。

 実は任天堂にとって、スーパーマリオランは、スマホへの「2回目の挑戦」である。今年3月、同社は「Miitomo」というスマホアプリを出した。Wii以降同社が使っている「Mii」というアバター(自分の姿に似せたキャラクター)を使い、コミュニケーションを楽しむアプリだ。これもスタート当初は話題を集めた。

 しかし現在、Miitomoの人気は急落し、大きな収益を上げるには至っていない。理由は単純だ。ゲームとしても、コミュニケーションツールとしてもシンプルでつまらなかったからだ。人々はダウンロードはしたものの、すぐに飽きて使わなくなった。使わない・遊ばないアプリに課金する人はいない。

 任天堂はそこから、スマートフォン向けアプリの戦略を練り直した。真打である「スーパーマリオ」で打って出ることにしたのだ。

 任天堂の財産は「キャラクター」だ。ポケモンGOがあそこまでヒットしたのは、ポケモンという「20年かけて世界中に浸透させたコンテンツ」を使い、キャラクターにぴったり合った内容のゲームを作ったからだ。同じ内容のものが、見も知らぬキャラクターで展開されてもあそこまで爆発的なヒットはしなかったし、ポケモンを使っていたとしても、ゲームの内容がポケモンファンを納得させられるものでなければ、長続きしなかっただろう。

 ポケモンGOと同じくナイアンティックが開発した「Ingress」は、より高度なゲーム性を備え、ファンには絶大な支持を得ているものの、ポケモンGOのように爆発的なヒットには至っていない。誰にでも説明不要で理解してもらえるポケモンの威力は絶大だ。

 実は筆者は、9月にiPhoneの発表会のために渡米した際、短時間だが、スーパーマリオランをプレイしている。その内容は「まぎれもなくマリオ」だった。

 マリオといえば、十字キーでキャラクターを動かしてボタンでジャンプ、というのが定番の操作。だがスーパーマリオランには「ジャンプ」の操作しかない。片手で気軽に遊んでもらうためのものだ。

 横に走り続けるキャラクターをジャンプさせ、障害物を避ける、という内容のゲームは「エンドレスラン」などと呼ばれ、スマホではありふれている。スーパーマリオランも、エンドレスランのキャラクターをマリオに変えただけ……と言えなくもない。まず飛びつくのは、マリオをよく知る、比較的年齢の高い層である可能性が高い。アプリをダウンロードし、ゲームの一部をプレイするだけなら無料、という、昨今のゲームアプリでは一般的なスタイルを採っているが、継続的な課金は不要で、1200円支払えばすべての内容が遊べる。「任天堂」という企業のパブリックイメージと顧客層に配慮したためか、世間で風当たりも強い「高額課金」に至らないような配慮が見られるが、一方で、一部のスマホゲームメーカーが得ているような、利益率・継続率ともに高いビジネス、というわけでもない。

 だが、スーパーマリオランは、誰もが「ああ、マリオだ」と思う出来だ。キャラクターがマリオであるだけではない。ジャンプの軌道、音、敵キャラクター、障害物の構成に至るまで、任天堂が「マリオで大切にしてきたもの」をきちんと反映させているから、間違いなく「マリオ」なのだ。キャラクターだけを借りてきた平凡なゲームにはない輝きがある。ポケモンGOが「ポケモン」であるように、スーパーマリオランも「スーパーマリオ」だと受け入れられるだろう。

任天堂は、現在のビジネス戦略の軸に「キャラクター」を据えている。ディズニーがミッキーマウスを大事にするように、任天堂もマリオを大事にしている。初期にはずいぶん「色々なマリオ」がいたが、ここ10年ほどは、仕草や声、ジャンプの高さなど、様々な部分で「マリオらしさ」を守ろうとしている。明文化されてはいないが、任天堂社内にはそうしたものが蓄積されている。例えば、マリオは親指は立てても「ピース」はしない。どこにゲームを提供する場合でも、それがぶれない限り、マリオは任天堂のものである。

若年層に増加する任天堂を知らない世代

 一方で、スマホにマリオを出すことは、「任天堂のキャラクターへの導き」でもある。任天堂の強みは、長年培ったキャラクターにある。だが、スマホが当たり前になると、「一度も任天堂のゲームとキャラクターに触れたことがない世代」も出てくる。任天堂が弱い海外市場では、今の状況があと数年続くと、そうなってもおかしくない。日本でも、携帯ゲーム機では強いが、「任天堂の据え置き型ゲーム機には馴染みがない層」は増えてきている。

 彼らのビジネスを維持するには、「ゲームパッドを握って任天堂のゲームをする」体験が途切れてはならない。スマホでキャラクターを、新型機Switchでゲームパッドを広げていかねば、30年続いた「家庭用ゲーム」という市場の連続性が失われる。「ゲーム機」はソフトとハード、両方から収益を得られるため、成功した時にはより大きな果実を得られる。ビジネスの主導権も得られるので、スマホにアプリを出すより、ビジネス的な旨味は大きい。任天堂としては、30年間成功してきたこのモデルを続けたい。

 また、今後キャラクタービジネスを軸に据えるとしても、若年層が「任天堂のキャラクターを知る」機会がなくてはうまくいかない。

 そうした視点で考えると、任天堂のスマホへの取り組みは、必須である。「スーパーマリオラン」は、「マリオがスマホに初めて登場した」といった一言で片づけられるものでなく、任天堂の今後を占う上で、きわめて重要なゲームであることは間違いない。

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