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「トランプ旋風」が追い風となった日本銀行「宣言なき政策変更」 - 鷲尾香一

 米国のトランプ次期大統領誕生で巻き起こった“トランプ旋風”は、金融政策に行き詰まった日本銀行にとって“神風”となったようだ。トランプ次期大統領の財政拡大政策に対する期待から米金利が上昇していることで、日米金利差の拡大により為替相場はドル高・円安が進んでいる。日銀が金融緩和を強化せずとも“棚から牡丹餅”的な円安が実現している。その上、日銀がトランプ旋風を追い風に、従来の金融政策を変更する可能性すら浮上している。

 日銀が9月21日に行った黒田東彦総裁就任後の金融緩和政策に対する総括的検証では、総裁自らが“異次元緩和”と名付け、これまでに例のないマネー量を市場に供給する量的緩和によってデフレ経済から脱却するというリフレ政策が、もはや限界に来ていることが露見した。結果、日銀は新たな金融政策手段として「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入を決定。10年もの国債金利の目標をゼロ程度、短期金利はマイナス0.1%にコントロールすることを打ち出した。マネー量から金利へと、政策手段を変更したのだ。

リフレ学者の「敗北宣言」

 11月15日、日本経済新聞に掲載された浜田宏一エール大名誉教授のインタビューは、金融関係者に衝撃を与えた。浜田氏はリフレ派を代表する経済学者。内閣官房参与としてアベノミクスを支え、黒田総裁が推し進めてきた量的緩和政策の理論的支柱として知られている。その浜田氏が、「デフレ脱却に金融政策だけでは不十分だったということですか」との質問に対して、「学者として以前言っていたことと考えが変わったことは認めなければならない」と自らの従来の主張が誤りであったことを認め、完全な敗北宣言を行ったのだ。

 兆候はあった。8月25~27日に米ワイオミング州ジャクソンホールで行われた経済政策シンポジウム(ジャクソンホール会議)。世界各国の中央銀行総裁、政治家、学者、エコノミストが参加するこの会議で基調講演を行った米プリンストン大のクリストファー・シムズ教授は、「金融政策が効果を発揮するには財政政策の裏付けが必要」と主張した。これは「物価調整の財政理論」といわれるもので、世界の経済理論の主流は、金融政策のみではインフレの長期的変動をコントロールはできないという考え方になっている。リフレ政策は過去の遺物なのだ。

 浜田氏もシムズ教授のその論文を読み、「目からウロコが落ちた。金利がゼロに近くては量的緩和は効かなくなるし、マイナス金利を深掘りすると金融機関のバランスシートを損ねる。今後は減税も含めた財政の拡大が必要だ」との考えに至ったことを日経インタビューで告白している。

「指値オペ」の効果

 ただでさえ、金融関係者の間では、日銀の10年国債買い入れによる量的緩和は限界に近づいているとの見方が強い。日銀は量的緩和策として、保有残高が年間約80兆円増加するように10年国債を買い入れるとしている。保有残高を年間で約80兆円増加させるためには、年間約40兆円分の国債が償還を迎えるため、この分も含めて合計120兆円の買い入れが必要となる。

 しかし、10年国債の新規発行は2016年度の場合には34兆円しかないので、新規発行分をすべて買い入れたとしても、不足分の86兆円は民間から買い入れることになる。しかし、すでに日銀は350兆円近い国債を保有しており、民間の保有残高は250兆円を下回っている。つまり、毎年86兆円ずつ日銀が民間から買い入れれば、民間の保有残高がゼロになるまで3年もかからないことになる。その間に消費者物価2%上昇を達成できず景気も上向かなければ、この金融政策は失敗だったということになる。

 だが、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入し、金融政策の軸足を金利に変更したことで、この“量的緩和の呪縛”から解き放たれた。さらに、新たな金融政策の中心的手法である金利のコントロールは、今のところ順調だ。トランプ旋風による米金利の上昇に伴い、国内金利にも上昇の兆しが見えたが、日銀は新たに手に入れた「指値(さしね)オペ」という金融調節手法で、金利の上昇を抑え込んだのである。

 この指値オペとは、例えば、日銀が10年国債の買い入れ価格を提示する。その価格であれば、日銀は無制限に買い入れを行う。現在の10年国債価格が100円だとすれば、日銀は99円で買い入れると指値をするわけだ。しかし、国債は利回り(金利)が上昇すると価格が低下する。金利が上昇しつつある局面で日銀が市場価格よりも低い価格を指値すれば、売り手となる金融機関はオペに参加して売った途端に損が出ることになる。

 実際に、初めての日銀指値オペとなった11月17日は、2年債と5年債を対象に実施されたが、結果は応札がゼロで、日銀は1円の買い入れも行わなかった。逆に言えば、日銀は1円の資金も使わず(量的緩和を行わず)、金利の上昇を抑え込むことに成功したのだ。

「OPEC減産合意」で副次的効果も

 日銀は11月30日、金融緩和に伴う12月分の国債買入額について、11月と同額に据え置くとした。これにより、2016年は10年国債の保有残高増加額が80兆円を下回ることがほぼ確実になった。事実上のテーパリング(量的金融緩和の縮小)だ。金利のコントロールに軸足を移したことで、日銀は“宣言なき政策変更”を行ってくる可能性が強まったと言える。さらに、2017年は一段と10年国債の保有残高増加額を縮小させ、テーパリングを強めてくるだろう。

 何しろ、日銀にはトランポノミクスという強い味方が付いている。日銀が追加の金融緩和を行わなくとも、日米の金利差から円安が進行する流れは当面続くものと見られるからだ。その上、11月30日にはOPEC(石油輸出国機構)がウィーン本部で総会を開き、8年ぶりの減産で最終合意した。これまで黒田日銀は、デフレ脱却の目標として掲げた消費者物価2%の「物価安定目標」が達成できないのは、原油価格の下落によるところが大きいと説明してきた。原油価格が上昇・回復すれば、黒田総裁が“夢にまで見た”であろう消費者物価の上昇率2%達成が近づく可能性も出てきた。OPECの減産合意は、日銀にとって思わぬ副次効果を生むかもしれない。

 トランプ米次期大統領誕生が巻き起こしたトランプ旋風は、確実に日銀に追い風となった。しかし、問題がないわけではない。トランプ米次期大統領は保護主義的傾向が強い。これが一段と強まるようであれば、日米金利差によるドル高・円安が、日銀のマイナス金利政策といった金融政策が原因であると非難される可能性がある。

 さらに、日銀が沈黙のうちに金融政策の変更を行い、テーパリングを強めたとしても、300兆円を超える保有国債の処理は並大抵のことではない。前出の日経インタビューで浜田氏はその点について「借金は返さずに将来世代に繰り延べることもできる」と、極めて無責任な発言もしている。が、市場に何の混乱も起こさずにテーパリングが進むことなどあり得ないだろう。政府も黙している場合ではない。

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