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優秀が故のジレンマ「大企業のイノベーションへの挑戦」 - 森山祐樹 (中小企業診断士)

 大企業には、大企業たる所以の優秀な仕組みと優秀な人材が存在している。そんな大企業が近年、社長直轄や、独立事業部として新規事業を創造するための部署を設置する動きを加速させている。大きな資本と多数の社員を抱える大企業の新規事業はさぞかし素晴らしいものが創造されるかと思いきや、そのような大企業になればなるほど、成功の道には大きな壁が立ちはだかる現実が存在する。そのような現実に立ち向かう大企業のジレンマを考察する。

 日本の大企業には、高度なコーポレートガバナンスを支える様々な仕組みが存在している。例えば日本の大企業によくある合議制度は、各部署がそれぞれの専門性を生かし、同一案件を多様な視点から評価し、リスク管理を行うことは、大きな組織であればこその仕組みである。また、それらを支えるのは高い倫理観と専門性を持ち合わせ、会社に対する高いロイヤリティーを保持する優秀な人材である。しかし、このような大きな企業が期待を寄せる新規事業の創造は、結果的に棘の道を歩むことになる。

■既存事業の壁
 企業が本業以外の新規事業に着手するケースでは、知らず知らずの内に見えない制約が課せられてスタートする。それは、その企業が本業で培うコモンセンスや社内ルール、プロシージャ―などである。例えば、新規事業に求める利益率は、その企業の常識に照らし合わせた○○%以上であるべき、本業のノウハウを活用しシナジー効果が期待できること、本業とのカニバリゼーションは避けること、新規事業は社内人材を活用(異動によって補う)すること等、どれも企業側からすれば当然と思われることである。これらは本業で成功を収めている優秀な企業であればあるほど、本業の成功を支えたこれまでのベストプラクティスや常識を新規事業にも横展開しがちであり、企業やその人材が優秀であればあるほど当然の帰結であるが、ここにジレンマを生む要素が潜んでいるのである。

■合議制の弊害
 これら既存のスキームは、新規事業を創造する上においては、大きな足かせとなり跳ね返る。上述の通り、優秀な企業は、社内のシステムも優秀である。コーポレートガバナンスの名のもとに、社員に不正を起こさせないような権限分離が進み、意思決定に透明性と客観性、多面的な評価を求めるため(時には責任の分散のため)の合議制度が運用されている場合が多い。しかし、この合議制度では案件の最終承認に各関連部門の合意を要し、多くの合議者が好む案のみが選別されることで特徴ある製品・サービス・アイディアは排除されてしまう。

 また、既存事業に少しでも悪影響を及ぼす可能性があるアイディアについては、その既存事業部の担当役員はどんなに素晴らしいアイディアであっても必ず反対派にまわる。これらを「合議制の弊害」と筆者は呼ぶが、大企業が進める新規事業の創造において特徴あるアイディアを阻害する根本的な原因であると考える。新しい事業を創造したいはずが、新しく奇抜な発想(マイノリティが好むような)を積極的に退ける仕組みで運営されている矛盾がここに存在しているのである。

 加えて、アマゾン、アップルを始め、最近話題となったウーバーや民泊、日本のお坊さん便など、既存業界や事業をまさに変革、破壊することに大きな種が眠っているケースもある。だとすれば、これまでの知見があり、その業界の強みも弱みも熟知している非常に有望な既存市場(=本業)がありながら、その秩序を破壊してはならないという巨大な制約のもと大企業の新規創造は進められることとなる。このように、仕組みとして大企業は大きなハンデとそれを解決したくともできないジレンマを抱えながら新規事業を進めているのである。

■人材のモチベーション
 次に、人材のモチベーションの観点から考察する。大企業の優秀な人事制度は、数年ごとに異動のローテーションを繰り返し、多様な分野における知見を学びつつ、高い専門性を持つことを目指している。その一方で、新事業創造の部署が人事ローテーションの一環となると、社員は自分の在任期間のみ(数年)で結果が出せるアイディアのみをターゲットすることとなり、また、異動のタイミングによっては自分のアイディアですらない事業に従事することとなる。

 また、新規事業は本業ではない付帯事業でもあり、大きな成功を収めても、成功に見合うほどのリターンが得られるわけではない。また、減点主義の企業においては、不透明な新規事業は担当者にとって非常にリスクの高い部署であり、既存評価基準のもとでは一発逆転を狙う立場の社員以外のモチベーションは低くなるであろう。

 このような状況のもと、果たして大企業の優秀な人材は社外の強力なアントレプレナーに太刀打ちできるのであろうか。大企業の社員は大企業の仕組みの中にあってはじめて優秀たる人材であって、新規事業創造に関しては必ずしも優秀とは限らない。アントレプレナーに対し、必ず負けるとまでは言わないが、少なくともモチベーションにおいては非常に分が悪いと言わざるを得ない。なぜなら背負うリスクとリターンが違いすぎるからである。

 結果的に大企業の新設の新規事業創造の部署は、ベンチャーへの出資はもとより、ファンドなどへ出資する帰結にたどり着くケースがある。近年、大企業がベンチャーへの出資を行うケースが増えているのは、本業で得た利益の使い道を前述の新規事業創造に求めるも、様々な壁によって阻まれた結果、行きつく先がこれらの事業投資なのではないだろうか。これはこれで立派な社会貢献であり、利益の有効な使い道ではあるが、せっかく自らが思い立った新規事業に挑戦する機会を失うことは、自社内に蓄積できたであろう貴重な見えざる資産を失うことにつながる。

 このように、社長直轄や独立事業部として挑戦させることで一定の自由度を確保したつもりであっても、社内の既存制度のもとで行う新規事業の開発には様々な制約が存在し、また競争劣位な環境と人材モチベーションで市場の強者と対峙させることで、その成功可能性を限りなく狭めている。

■成功への道
 では、大企業の新規事業の創造はどうあるべきか。まず、合議制度による意思決定を新規事業創造にも求めている企業の場合は、社内の承認制度を利用した意思決定スキームを新規事業創造のケースでは採用しない、または限定的な運用に留めることである。その理由は前述の通り、奇抜かつ斬新なアイディアを埋もれさせないためである。また、このような組織は、社内ではなく社外に作ることが重要である。そして、社長や役員を本体から派遣せず、口を出さず、本業へのカニバリゼーションをも厭わない独立性を持たせたることが、市場競争に勝ち抜くだけの人材を育成し、骨太の事業と有望なアイディアを育てる環境を作ることができる。

 次に、人材の処遇に背水の陣をしかせることである。数年いれば別の部署へと異動できるサラリーマン待遇では、死に物狂いで戦うアントレプレナーには太刀打ちできないことは明白である。本気で市場の強者と戦うのであれば、自社の社員にも大きなリスクを課し、それに見合ったリターン保証することで、高いモチベーションを持たせることが必要であろう。そして、そのような環境の中で新しい事業に携わり、成功させた経験を持つ人材は、将来の経営人材として自社にとって得難い貴重な存在となるであろう。

  大企業には潤沢な資本と豊富な人材がいる。これらが既存制度の下においてはその力を発揮することなく、既存制度と既存事業の成功体験に縛られるジレンマを抱えながら新規事業を進めている現実があることは非常に憂慮すべきことである。これらの壁を取り払うことで、自社の優位性を最大限発揮することが、新たな事業を創造し、日本経済の発展に貢献することにつながるのでないだろうか。

【参考記事】
■星野リゾートとリッツカールトンの戦略の違いとは(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49185987-20160729.html
■国内LCCの戦略に潜む思惑とは(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48967732-20160630.html
■トレードオフ 優秀な経営者がやらないことを決める理由(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/48728741-20160531.html
■日本企業のM&A「対等の精神」に潜む影 「ファミマとユニーの経営統合」(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/47656741-20160129.html
■フェラーリの戦略にみる企業価値経営(森山祐樹 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/47203706-20151215.html

森山祐樹

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