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非常事態が日常になるということ

またしてもテロを未然に回避した、というニュースが流れた。ストラスブールとマルセイユで逮捕された5人はいずれもISと繋がりを持ち、実行は12月1日の予定だった…

2016年に入ってからフランス国内でこのように未然に防がれたテロが実は既に17件ほどに上るといわれる。

そして実際に起きてしまったいくつものテロ。毎回大きなショックを受け、背筋が凍る思いで次々と入ってくる情報をテレビやラジオにかじりついて聞いていた。しばらくは何も手につかない状態になる。家族も同僚たちもみないつもそうだった。通勤電車に乗っては漠然とした不安を感じ、人が多い場所は足早になっていた。

テロが起きるたびに「またか」という気持ちになり、同時にそう思ってしまうこと自体に絶望的な気分になる。社会が理性を失い、一気に感情的な状態になることは目に見えている。理解を超える事態に対し、人はなんとか理由を付けたくなるし、自分の感情を正当化しようと焦る。だから安易な言説が蔓延り、社会にまた亀裂が走る。毎回その収拾のつかない事態を思っては暗澹たる気分になった。

実際の生活面でも、お店に行くたびにバッグを開けろと言われ、今年の夏に行ったロラン・ギャロスでは空港並みの、あるいはそれ以上のボディーチェックを受けた。さらに子供達が幼稚園に入園し、親でさえなかなか簡単に幼稚園内に入れてもらえない状況に面食らい、日々の様々なところで、それぞれは小さいことかもしれないけれど、警戒という言葉と向き合わなければいけない生活だ。

しかし一方で毎日毎日恐怖を感じて生きているわけでもない。前と同じように映画館にも行くし買い物もするし、子供も預けている。

そしてある時、こんな非常事態にすら人は慣れてしまうのだ、とふと気づく。それが日常になってしまうのだ。

非常事態宣言下にある国家

実はこのような警戒態勢、緊張感というのは国政レベルの話でもある。フランスでは2015年の11月以降、「Etat d’urgence – 非常事態宣言」なるものが敷かれている。

「非常事態宣言」とは何か。

これは警察の権限強化であり、これにより犯罪者の摘発や犯人の逮捕を非常に危機的な状況下において速やかに行うことができる。そして社会の危機的状況から人々(民主主義)を守るという意図から、デモなどの集会を禁止することも可能になる。

この非常事態宣言下で行われるのは主に家宅捜索と危険人物の自宅監禁だ。内務省や知事が、これらを司法を通さずに実行ができ、家宅捜索に関しては時間帯の制限がなくなり、24時間実行できてしまう。

そもそもは1955年、アルジェリアの独立戦争が始まった年の4月に成立した法律に基づく。戒厳令というものも存在するが、これを布告してしまった場合は権限が軍部に移行される。それを避け、警察の権限下に止めるために生まれた法律がこれ。歴史的な観点から考えてもかなりの国家レベルの非常事態において生まれたものだとわかる。

フランスの首相、マニュエル・ヴァルスは15日、BBCのインタビューの中で、1月に無効になるフランスの「非常事態宣言」について5回目の延長をする意向を明らかにした。2015年の11月にフランスのパリでのテロ後に発令された「非常事態宣言」は、たびたび延長をしており、前回は7月に6か月の延長をしたところ。

要するに国家の危機的状況、例外状況が1年以上も続いている、というのが今のフランスなのだ。

非常事態宣言と民主主義

また、テロが続くような非常事態の社会においてはこれは当たり前の措置のように思われるかもしれないけれど、実はとても複雑なことを意味する。警察の権限を拡大するということや集会を禁じることができてしまうということはつまり、民主主義の度合いが一時的に危機的な状態に陥るということでもあるからだ。これは「対テロ政策だ」、ということで進めるとある一定の納得を得ることはできるのだが、実は対テロ、という名の下で社会全体が、そして関係のない一般市民が影響を受ける、あるいは被害を被ることもある措置なのだ。

民主主義を守るために一時的に民主主義のレベルが下がることを受け入れざるをえない状況といえる。

フランスの人権団体代表のフランソワーズ・ドュモンは今年6月に採択されたUrvoas法(対テロ法の一つ)に対し、『これは我々の民主主義が危機に陥っていると言える事態だ。なぜならば立法・行政・司法の三権分立が、行政権のみを残してバランスを崩してしまったから。』という。

2016年は労働法案に反対する人々が新しい活動(Nuit debout)を生み出したり、環境団体が空港建設に反対し、土地を陣取る大規模で長期間のデモを行ったりした年でもあった(この運動はまだ終結していない)。実際に、労働法案がらみでデモが多発した時期、「非常事態宣言」を理由に逮捕者が大量に出たことなどから、一部の市民が反発をしている。また暴力的な運動になる「恐れがある」、といった理由で禁止されたこともあった。その他にも間違えて家宅捜索をされて被害を被った人々。突然ファーストフード店に入ってきた警官らに脅された一般市民、店を荒らされた人たち…。一般市民がこの「非常事態宣言」によって自由を暴力的に踏みにじられることもあるのだから物事は複雑だ。

この4月の時点で、家宅捜索の52%が、そして自宅監禁は全体の65%が非常事態宣言が敷かれた後のわずか数週間で実行済みだったという報告がある。また、非常事態宣言の延長に関しては2016年はサッカーのユーロ杯のような大規模イベントが理由にされてきたが、実際には安全性を確保するための措置は非常事態宣言がなくてもされるわけで、延長の正当な理由にはならないという(https://www.mediapart.fr/journal/france/200416/le-gouvernement-saccroche-letat-durgence)。

非常事態が日常になること

これは政治的にも利用されることだ。例えば特に右派ではこの非常事態宣言を憲法に取り入れるべきだと主張する人もいる。しかしながらそれは危険も伴う。憲法専門家のOlivier Beaudによるとその危険性の一つ目は、例外的に警察に与えられる執行権が乱用される恐れ。もう一つはたびたび延長を繰り返すことでそれが「通常」となってしまう恐れ。

常にテロという危険と隣り合わせであるという悲しい事実とそれに対抗するための措置の間で揺れるフランス社会。この非常事態宣言が大統領選の間は敷かれ続ける可能性が高い。これが通常に戻るのはいつなのだろうか。

社会がいざ、という時に、民主主義が一部限定されてしまっていることに人々が気づく瞬間がある。それは不穏な情勢を理由に、当たり前になってしまっていいことなのだろうか。このような社会では本当は何を優先させるべきなのか、そして何が問題の根本解決へ向かう道なのか。

既に予備選挙が始まっている2017年の大統領選がフランス社会の傾向を示す一つの指標になるだろう。

M

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