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パリ、テロの源流を郊外サンドニに探る ―パリ同時多発テロを振り返る(1) - 風樹茂

 昨年のフランス同時多発テロの首謀者モロッコ系ベルギー人・アブデルハミド・アバウドが潜み、警官と激しい銃撃戦を繰り広げたパリ郊外サンドニはフランスの栄光に囲まれている。だが、普通のパリジャンは治安が悪いといって訪れることはない。そんな街に潜んでみた。

学術、王族、サッカーの栄光に埋もれる街


サンドニ ここもパリ郊外? もの凄い活気が

 私のパリの定宿があるのは、バスチューユ広場から歩いて数分の距離、世界テロ戦争の第二幕を切った「シャルリー・エブド」社のオフィスは目の前だ。そこから地下鉄に乗り、3度乗り換えてサンドニの大学駅に着く。気持ちのよい郊外で、ノーベル賞受賞者を多く輩出しているパリ大学がある(サンドニは哲学・芸術関連)。

 卒業者には、人類史にきら星となって輝く巨人が数限りない。ヴィクトル・ユーゴー、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、ノーマン・メイラー、クロード・レヴィ=ストロース、キュリー夫人など。変わったところでは、シリアやイラクのバース党創始者といわれるシリア人ミシェル・アフラク(哲学者・社会学者)がいる。周囲は緑が多く瀟洒な一軒屋が続く。

 ひとつ駅を戻ってみる。美しいステンドグラスに飾られたサンドニ・バジリカ大聖堂がある。地下には10世紀から1789年までの王族が埋葬され、ルイ16世とマリー・アントワネットの遺骨も数奇な運命を経たあとで最後はここに納まった。

 そこから数分歩くと、巨大なスタッド・ドゥ・フランスの姿が迫ってくる。1998年ワールドカップにフランスがブラジルを3-0で下し、初優勝した栄光の球場である。アルジェリアの少数民族ベルベル人の両親の元に生まれたジダンが2得点をあげる大活躍。私が訪れる一週間前にはユーロ決勝ポルトガルVSドイツが行われた。また、昨年11月13日にパリ同時多発テロで狙われ、周囲で爆発があった場所でもある。


狙われた栄光のスタッド・フランス

 球場から踵を返し、15分ほど歩いて、ジタンの父親がアルジェリアから移民し最初に住んだ街サンドニの商店街へと入った。


安い、美味い

大晦日のアメ横

 そこは別世界。パリ市内のどこにもない街だ。大晦日の上野のアメ横、かつての大阪ジャンジャン横丁や赤羽の商店街を上回る盛況だ。週末ということもあるが買い物客であふれ返っている。マグレブ系アラブ人、アフリカ系黒人、中国人、ユダヤ人、アジア人、どこの国か分からない人と雑多だ。物価はパリの半分。衣類が安い。若者が多い。ものすごいエネルギーに満ち溢れ、日本の高度成長期1950年~60年代の労働者の街、西成や山谷のようでもある。古いパリとは違い、何か新しいものを生みそうな予感がある。絵画、小説、詩、映画―もっとも、それが可能なのは才能のあるわずかな人間だが。


パリのシリア難民、おじさん、日本難民?

 サンドニ駅前の広場の屋台で焼き鳥を食べ、煙草を一本買いした。一本買いできるのは通常途上国だけだ。屋台の八百屋で北新宿に住んでいたことがあるバングラディシュ人からマンゴを買った。「日本人は優しかったけどここの住人はちょっとな」という。

 市電も走っている。2つの路線に乗ってみた。

 どちらも路線の左右に綺麗な団地が並び、時折「Sushi」の看板も見え、整然とした郊外である。統計では相対的貧困率は日本16%、フランス7.9%と、日本のほうが格差は2倍と広がっている。貧困地域と揶揄されているが、週休5ドル~10ドルの産油最貧国ベネズエラから来ると、まったく裕福である。貧困はやっぱり比較の問題なのだ。バジリカ大聖堂の前のカフェで休むと、警察のヘリコプターが上空をしきりに偵察している。

安ホテルでシリア人難民家族といっしょになる


ホテルの主人

 2週間後、サンドニ駅近くの安宿に泊まった。宿の主人は子供の頃親といっしょにヨットで日本に立ち寄ったことがあるフランス人で、「あなたのようにこの街の社会問題を考えている客は初めてだよ」と感激したのか、それとも日本人難民とでも思ったのか、一泊半額の13ユーロに負けてくれた。超安い。

 「サンドニはフランスの未来を暗示しているよ。ここには37カ国の人間がいる。自国の人間がいるから、集まってくるんだよ。ここには可能性がある。でも、フランス人はわからない。フランス人は身分や所得に差があれば話もしないから。フランスの未来は不透明だ」

 格安なのに長期滞在用の部屋には、シャワーがあり、冷蔵庫、湯沸し、電気ヒーター、食器までそろっている。ただしエアコンはなく、扇風機だけでは7月末の夏の暑さは耐え難い。

 ホテルの外へ出ると、ひさしの作る影でシリア人たちがたむろしている。5家族が宿泊しているのだ。地中海沖のアサド政権の拠点ラタキア、反体制派の拠点の一つイドリブ、破壊つくされたホムスなどから逃れたフランス語を話す人々だった。ホテルの主人はいう。

 「彼らは午前4時までホテルの前でだべっているんだよ。一昨日には結婚式で大騒ぎさ。通りで、ほら、あれ、ワッ、ワッ、ワッ って叫んで、夜中の12時ころに戻ってきたよ。習慣とか違って迷惑だけど、戦争で追い出された人たちだから、ぼくは受け入れているんだ」

 ホテルの掃除夫は、60代のスリランカと30代後半のウガンダからきている男だった。彼らは私を見ながらで悪ふざけをする。

 スリランカ「こいつはすげぇ、金持ちなんだよ」

 ウガンダ「あほ、金があったら、こんなとこにいるもんけ。おめぇこそ、金持っているだろう」

 スリランカ「おれはこの街に35年もいるんだぞ、ばかこけ!」

世界一の観光都市パリが背負う宿命

 翌日、パリ市内へ戻るのに、サンドニ駅から高速郊外鉄道(RER)を使った。地下鉄だと、しだいに黒い肌の人間が増えていく、あるいは白い肌の人間が減っていく。その変化はゆるりとしている。RERは、たった5分でパリ市内の北駅に着く。


サンドニ駅

 駅を降りると、愕然とした。別世界だった。言葉を失うようなショックだ。構内は、メタリックに燦々と輝き、美しい商店にはブランド品が並び、白い肌のパリジャンと世界の旅行者が歩いている。みな幸せそう。大学を出て、大企業に勤め、明日の食の心配などない連中だ。難民などになる可能性はゼロ。


パリ北駅

 ふっと思い出したのは、黒沢明監督の「天国と地獄」だ。スラムに住む主人公が裕福な家の子供を誘拐しようとする作品である。子どもの住む邸宅はスラムを睥睨する岡の上に立つ。犯人の家から目と鼻だ。死刑を待つ犯人は牢獄の中で「夏暑く、冬寒い部屋から見上げているうちに憎悪が沸いてきた。その憎悪を愉しみに生きてきた」と述べる。貧富が隣り合わせにあることこそが、格差を感じる源泉になる。

 なぜか、言いようのない妙な気分になって地下鉄にふらりと乗り、どこかでふらりと降り、強い日射しに煽られた夢遊病者のように、いつの間にかヴァンドーム広場に迷い込んだ。ナポレオン像がパリを睥睨している塔は、ディオール、ミキモト、ショーメ、パテック・フィリップ、ヘレンド、シャネル、カルティエ、ヴァンクリーフ&アーペルなど世界20のブランド店に囲まれている。ショーウィンドーでは、宝飾品、時計、食器などが燦然と輝いている。ココ・シャネルの定宿ホテルリッツもある。私の泊まったサンドニのホテルの100倍の値段だ。眼の眩むような格差だ。フランスには『21世紀の資本』の著者トマ・ピケティが生まれる必然性がある。

 パリでもっとも美しいと称される広場で私は茫然と立ち竦み、涙が溢れ出そうになった。そして腹の底からメラメラと激しい憎悪が沸いてきた。職業がらバブル崩壊後の日本で私はホームレスとともに上野公園、代々木公園に宿泊し、山谷、西成のドヤ街に留まったことがある。だがあのとき、これほどの憎悪を感じたことはない。

 すなわち、サンドニの住民の多くは、サッカーの栄光にも、学問の栄光にも、フランスの貴族の血にも程遠く、埋没した地点で生まれ、暮らす。人生の栄光は、歩いてすぐそばにあるが、現実は遥か彼方で手に届かない。誰もがヴィクトル・ユーゴーにもジダンにもなれるわけでもない。ましてやフランス王家の血は遠い。世の中、自分の分を知って生きる人間ばかりではない。

 シャルリエドブを襲ったフランス人のクアシ兄弟も、同時多発テロを主導しサンドニで警察との銃撃戦で殺されたアブデルアミド・アバウドも、この種の憎悪に身を焦がしたに違いない。それをISや他の組織が利用した。宗教は無関係だ。犯行を単に潤色するだけの道具に過ぎない。

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