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「盛り土」「地下空間」「汚染物質」――豊洲市場問題とは何だったのか

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豊洲新市場のパース画像(提供:東京中央卸売市場)

 11月7日に築地から移転されるはずだった豊洲市場。汚染物質に対する安全性の検証の必要性から小池百合子都知事の移転延期決定後、「盛り土」「地下空間」など計画と異なる工事の実態が明るみになり、小池都知事の判断が注目を集めています。

 見えにくくなった豊洲市場問題の論点を建築という観点から、若山滋氏(建築家・名古屋工業大学名誉教授)が整理します。

 トランプ氏とクリントン氏の選挙戦は、嫌われ者どうし、史上最悪の大統領戦と言われ、アメリカを二分する接戦を演じたのだが、小池都知事の選挙戦は圧勝であった。結局、日本でもアメリカでも、人々は「変化」を選択したのであり、その余震がまだ続いている。

 圧勝の余勢を買って、新知事が就任後最初に問題としたのが、築地市場の豊洲移転である。いくつかの論点が浮かび上がったが、センセーショナルに報じられたのは盛り土問題であった。今更、という印象もあるが「あれは一体何だったのか、建築の専門家として説明してほしい」という声も強いので、正直な印象を述べてみたい。

盛り土……十分な建築的知識はあったか

 その話を聞いて、初めは何が問題なのかよく理解できなかった。

 すでに竣工した建築の下に、しかるべき盛り土が行なわれていない、というが、われわれの頭の中には、その程度の土は掘り返して工事するものという考えがある。木造住宅や軽量の鉄骨造は、盛り土の上に載せる感覚であるが、規模の大きい鉄筋コンクリート造では、地下空間と基礎構造が一体化され、最下部にはほとんど人の入らない水槽、配管、メンテナンス・スペースなどが設けられることも多い。そして地盤の悪いところでは、ボーリング調査によって地耐力の出る支持層まで杭を打って構造体を支えるのである。冷凍など市場特有の設備に加え、防災や情報の設備も多くなり、最近の建築はパイプ類が増えており、これが地下に集中する。東京の地下は、地上と同様に都市化が進んでいると言うべきであろう。

 盛り土を決定した専門家会議のメンバーは、マスコミのインタビューを受けて、それが行われていないことに憤慨していたが、果たしてその会議に、十分な建築的知識があったかどうか。

「構造力学」と「汚染物質」2つの安全問題の指摘

 そして二つの安全問題が指摘された。
 構造力学的な問題と汚染物質の問題である。

 構造力学に関しては、そこに土がないから、地震などの外力に対して危険ではないかという、いかにも素人的な詮索が行われた。専門家へのインタビューも、報道側の意図が先んじてか、その専門家が不適切だからか、あまり要領をえなかった。私は建築構造が専門ではないが、周囲にいる構造専門家でこれを危険視する人はほとんどいなかった。すぐれて力学的な問題なので、ここで建物の層数、自重(じじゅう)、安全率などを論じても、一般読者の理解を得ることは難しいだろう。この建築設計者の構造技術は高いので、今後の検討によって、問題のないことが証明されることを期待している。

汚染物資に対するコンクリートの遮蔽性は高い

 汚染物質に関しては、それがどの程度危険なのかの検証もまたずに騒ぎ報じられた。

 ベンゼン、ヒ素、シアン化合物などの濃度とその危険性に関しては、専門外なので確たることは言えないが、地下の溜り水に食品としての安全基準を適用するような報道には疑問を感じざるを得なかった。

 問題はコンクリート・スラブの遮蔽性、つまり危険物質がコンクリートの床を透過する危険性であるが、これについてはほとんど論じられていない。コンクリートの遮蔽性は高い。親しくしているコンクリート工学の専門家、特にその遮蔽性については日本でもトップの学者と話をしたが「何を問題にしているのか分からない」。つまりマスコミが騒いでいるような危険性は感じられないという答えであった。また、地下空間に水が溜まるのはよくあることであり、排水処理はそれほど困難なことではない。

きわめて技術力の高い組織による設計

 これは必ずしも理解を得られないかもしれないが、われわれには設計者に対する信頼もあることを告白しなければならない。この建築の設計者は、きわめて技術力の高い組織であり、メディアが指摘するような単純なミスはほとんど考えられないのである。建築界は裾野が広い。高度な技術をもつ組織と、そうでもない組織と、よく指摘される劣悪な組織とがあって、その差が大きいのだ。一般の人と話していて、われわれと認識が異なると感じるのは、その点である。

 「信頼」という言葉を使うといい加減なようだが、技術というものも、実は人間と組織の信頼の体系の上に乗っている。専門的になり高度になればなるほどそういう傾向がある。もちろんその信頼が崩れるときは、大きな危機となる。福島原発事故はそういう事故であり、例の小保方問題にも似たところがあった。今、高度な科学技術の専門家とその組織に対する不信感は、これまでになく高まっている。

建築関係の不祥事が招いた不信感

 つまりマスメディアの報道にも、無理もないところがあるのだ。このところ建築界には、構造設計書に十分な鉄筋を入れなかった耐震強度偽装いわゆる姉歯事件、またマンション工事で十分な長さの杭を打たなかったために建物が傾いた杭打ちデータ偽装事件など、これまでの単純な手抜き工事とは質の異なる、考えられないような不祥事が続いている。またオリンピックがらみで、新国立競技場の設計やり直しとエンブレムの盗用問題も、建築とデザインの専門家に対する不信感というかたちで影響している。

 必要なことは、個々人のモラルとチェック機構の整備であるとともに、何を信頼し何を疑うかという大局的な判断である。社会の公器たる新聞やテレビの影響は大きい。マスコミ関係者も、そこで発言する専門家も、厳しく追及すべきことと、闇雲に不安を煽るべきではないことを、慎重に判断してほしい。昔のジャーナリズムは、そこがしっかりしていたような気がする。

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