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TPPのISD条項をめぐってまかり通る「霊感商法」

TPP(環太平洋経済連携協定)が国会で審議されています。私は政党間の駆け引きや対決といった側面については関心がありません。私はTPPを推進すべきだと考えます。今回、これまで重商主義者のような発言を繰り返してきたトランプ氏が次期大統領と決まったため、自由な貿易を守ることがますます大切になってくるからです。トランプ氏のこれまでの発言から判断すると、日米貿易摩擦以上の混乱があるいは生まれないとも限りません。だからこそできるだけ関税を低くして自由な貿易を実現することや、内外無差別といって国内外の企業に対して平等に扱うことを求めているTPPはますます大切になります。

しかし以前から大変気になっていることは、この問題を議論するときに「霊感商法」的論法を悪用している人が多いことです。

よくご存知のように、「霊感商法」とは、ニセ霊能者が「あなたは霊に憑依されている。その憑依霊を供養しなければ、大変な不幸が起こる」などと不安をあおり、「除霊のため」などといって、原価をはるかに超えた価格で開運印鑑、法具、壺などを売りつける商法のことです。

憑依霊がついていないことを証明することは実質的に不可能です。なぜなら、もし彼に取りついている憑依霊がいるのならばそれを捕まえてくれば、簡単に存在を証明できるのですが、非存在の証明は難しい。たとえば、論理的に考えていないと推測されるとしても、霊能者は納得しようとしません。「なぜいないと断言できるのか?私には見えるのに。」というのがそうした者の常套句です。そして、「ニセ霊能者」はわれわれの身の回りのささいな不幸を取り上げて、「これこそ祟りだ」と煽り立て、知らぬ間にわれわれを催眠術にかけ、目に見えぬ恐怖で操ろうとするのです。

TPPについてもこうした反証不可能な「霊感商法」がまかり通っています。「TPPに参加すればこんなに悪いことがおきるぞ」という「お告げ」にもいろいろなものがあります。ここでは貿易の自由化で影響を受けることが予想されるさまざまな圧力団体が「霊能者」の役割を演じています。国民皆保険の解体、食品安全、ラチェット条項、外国人労働者の無秩序な流入に対するおどろおどろしい警告。書店に行けば扇情的なタイトルの反TPP本が平積みになっています。

その中でも、ここではISD条項(国家対投資家の紛争処理条項。別名、ISDS条項)に絞って取り上げます。このISD条項はInvestor(投資家)対State(国家)の紛争解決に関する条項、つまり企業や投資家が国家を訴えることができるという条項で、投資家や企業が相手国に不平等な扱いを受けたときなどに相手国をその企業が訴えることができるというものです。日本政府も、法的制度が整わない発展途上国に対して投資や貿易をおこなう際にはぜひ必要だと考えている制度です。

例をあげれば、わが国の企業が発展途上国に進出をしたいと思っても、過剰な技術移転を要求されたり、事前の説明と異なる税金をかけられたりしたのではまともに営業できません。そうしたことが起きないようにするのがTPPによる規制です。

ところが、TPPに反対する皆さんは、ISD条項がTPPに導入された場合、わが国政府が一方的にカーギル社、モンサント社など巨大な外資系企業から訴えられ、不利益をこうむってしまうだろう。だからこれは「治外法権だ」とか、「不平等条約だ」などとしています。はたしてこのTPP反対派の主張は正しいのでしょうか?

まず、最も大切なことは、ISD条項はTPPではじめてわが国に導入されるものではないということです。

わが国では既に30近い国々と投資協定などを締結していますが、ISD条項は、先方がその採用を拒否したフィリピンを対象とする協定以外にはすべて含まれています。しかし、わが国政府が訴えられた例は過去に一例もありません

米国とは未締結ですが、過去にタバコメーカーのフィリップモリス社が香港とオーストラリア間の投資協定を使ってオーストラリアを訴えたように、米国企業が締結相手国で営業していればわが国を訴えることが可能です。が、それでもまだ1件もわが国は訴えられていないのです。

投資家が国家を訴えた訴訟については、少し前のデータですが、2010年末までに全世界で390件あり、トップは、対アルゼンチンの51件、続いて対メキシコ、チェコ、エクアドル、カナダ、ベネズエラと続きます。対米国の訴訟は対ウクライナと並んで14件で同率7位。くどいようですが対日本はゼロです。上位には北米を除き発展途上国がずらりと並びますが、この状況をみれば、ISD条項導入はわが国企業が法律の整わない発展途上国で活動する上で有益なものとなるであろうことは誰もが予想できることです。

米韓FTAでISD条項を「米国が韓国に押しつけた」とする人もいますが、当然米国政府も韓国企業から訴訟の対象となりえます。では米国は、反対派が言うように韓国企業に対して「治外法権」を認めたのでしょうか?考えられません。さらに、韓国もほぼ全てのEPA・投資協定でISD制度を入れる努力をしていることも忘れてはならないポイントです。

TPP反対派が、ISD条項が治外法権に他ならないものであることを示すためによく例に挙げているのが、カナダ連邦政府を米国化学企業の現地子会社が訴えた事案です。この子会社はメチルマンガン化合物(MMT)を製造していました。1997年加連邦政府がMMTの流通を禁ずる新法を作ったところ、米企業がそれにより甚大な被害をこうむったとして2億5100万ドルの支払いを求めて加連邦政府を訴えました。

この件は、同時並行でカナダ・アルバータ州が、新法が国内通商協定(AIT)に違反するとして専門委員会に提訴し、委員会での検討の結果、新法は国内通商協定に違反すると認定されました。また、MMT自体については流通を完全に禁止する必要のあるような危険な化学物質ではないことも明らかになりました。この専門委員会の判断をカナダ連邦政府は受け入れ、翌年法律を廃止することになりました。それに伴い連邦政府は米社に仲裁費用と遺失利益として和解金1300万ドルを支払いました。

これで明らかなように、カナダが連邦制という特殊な政体を採っていることから生じた政府の失策により、禁止すべきでない化学物質の流通を十分な検討もなしに誤って禁止したことが原因であり、ここから化学物質に対して十分な検討をせず規制を課すべきではないという教訓を引き出すなら分かりますが、TPP反対派の主張しているような「カナダ国内で禁止されている有害な化学物質を強制的に輸入させられ、かつ法外な和解金をむしり取られた」という表現はミスリーディングであることはいうまでもありません。この例は、むしろ逆に投資先国(この場合はカナダ)のあやまった規制からわが国の企業を守る上でISD条項が大変有効であるということを示しているわけです。

過去に米国には日本製品を狙い撃ちしようとしたスーパー301条と呼ばれる法律がありました。このような法律が、例えば日本車に対して制裁と称して、販売方法や税金の扱いで不当な規制を行ったとき、ISD条項があれば、トヨタ、日産などの日本車メーカーはアメリカ政府を訴えることができることになります。スーパー301条はあまりにも保護貿易的な法律ですから、訴訟でも日本車メーカーが有利でしょう。

このようにISD条項はわが国企業にとってメリットはあっても、デメリットは少ないものです。貿易の自由化でこれまで独占してきた不当な利益を失いたくない圧力団体という「ニセ霊能者」による「霊感商法」には引っかからないようにしなければなりません。

トランプ政権ではTPPを推進しないという報道があります。しかし、トランプ氏は徐々に現実化していると考えており、近い将来実質的にTPP推進に舵を切りなおすことだろうと予想します。先進国である米国にとっても貿易の自由化のメリットに加えて、アジアでの貿易のルールを中国に先んじて作るという対中国外交の観点からのメリットも大きいからです。

わが国も、先の大戦前、ABCD包囲網により物資の輸入を抑えられてしまったことが国策を誤った開戦の大きな原因となりました。ニセ霊能者の攘夷論に惑わされ、この歴史の大きな教訓を忘れてはなりません。

(今回のブログでは2011年11月4日のブログ「TPP:ISD条項は治外法権か?」の文章を一部流用しました。)

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