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トランプ・リスクを通して明らかになった、コメンテーターと投資家の違い

トランプ候補が勝利することを予想していましたか。

米国大統領選挙について報じるテレビの情報番組のほとんどは、コメンテーターに対するこうした質問からスタートしている。そして返ってくる回答は全て「予想できなかった」というもの。

その理由として専門家達が挙げていたのは「ほとんどの世論調査でクリントン氏有利といわれていた」ということ。何のことはない、専門家と称される方々は、世論調査の結果を鵜呑みにしていただけのこと。全員の予想が外れればリスクとはならない気楽な稼業だからなせる業ともいえる。

しかし、投資や資産運用となるとそうはいかない。世論調査結果と異なる結果が出たからといって、損失を出してもいいというわけではないからだ。

気を付けなければならないことは、証券会社のエコノミストといった肩書を持つ多くの人は、投資や資産運用業務に携わっている人間ではなく、セールスをサポートする営業畑の人間だということ。

それを端的に表したのが、メディアに頻繁に登場するD総研チーフエコノミストのコメント。

大統領選挙直前には、「トランプ氏が大統領になると、おそらく市場が大混乱をして、一時的には、株価が暴落する。それから、円高が進行して、世界中の市場が大きく動揺する可能性が出て来る」というコメントを出していた。

しかし、トランプ大統領誕生決定後にNY株式市場が最高値を更新し、ドル円も107円近いところまで円安・ドル高が進んで来たことに対して、今度は「トランプ大統領が掲げた減税、インフラ投資、金融規制緩和などが米国経済にプラスとの見方が広がった」というコメントを出していた。

減税、インフラ投資、金融規制緩和などの政策は、大統領選挙中からトランプ候補が主張してきた経済政策である。もし、こうした政策が米国経済にプラスに働くと考えていたのであれば、選挙前から「トランプ大統領が大統領になったら株価は上昇する」とコメントしていなければおかしな話。

結局のところ、専門家と称される人達は誰もトランプ候補が主張していた政策などろくに見ずに「クリントン候補優勢」と言っていたということ。

トランプ候補の経済政策をろくに見もせずに、世論調査と異なった結果が出たことについて「トランプ候補を支持したのは貧しい白人達」「究極のポピュリズム(大衆迎合主義)」と、有権者達が候補者の政策を理解せずに投票した結果だと批判するのは全くのお門違い。米国の有権者をバカにするものだ。候補者の政策をろくに見もしなかった点では、同じ穴の狢でしかない。

メディアでのトランプ大統領誕生に関する議論を通して改めて感じたことは、評論家やコメンテーターと資産運用の人間との間には思考プロセスに大きな違いがあるということである。

コメンテーター達にとって、トランプ氏とクリントン氏のどちらが大統領になるかという予想が最大の関心事であったかもしれないが、資産運用に携わる人間にとってどちらが大統領になるかという予想の正確性などは、実際にはほとんど重要ではない。それは、必ずしも予想によって投資行動を決めているわけではないからだ。

筆者も各社の世論調査結果は継続的に確認をしてきた。しかしそれは、どちらが勝つかという予想をするためではない。どちらが勝つ可能性が高いと感じて市場が動いているのか、ということを確認するためだ。

私的メール問題など紆余曲折はあったが、選挙期間中おしなべてクリントン候補優勢という見方が主流派だった。したがって、深刻な「トランプ・リスク」は指摘され続けていたが、多くの投資家は指摘されるリスクの大きさに比較してほとんど備えをしてこなかったといえる。

それは、「トランプ・リスク」が顕在化する可能性を限りなくゼロに近いと覆い込んでいたことと、「トランプ・リスク=株価下落」だという固定観念を抱いていたからだ。

限りなく可能性がゼロに近い「トランプ・リスク」を考慮し、コストをかけて「株価下落」に備えるのは割に合わないからだ。

今回市場参加者の多くは、資産運用上幾つか避けられたミスを重ねてしまった。

それは、「トランプ・リスク」が顕在化する可能性をほとんどゼロだと思い込んでしまったことと、「トランプ・リスク=株安」だと決めつけてしまったことだ。

もし、「トランプ・リスク」が顕在化する可能性を30%でも感じていれば、トランプ候補の主張する経済政策にもっと目を向けたはずである。

そして、資産運用業務に必要な知識と常識を持っていれば、トランプ候補が主張する経済政策が米国株式市場にプラス、債券市場にマイナスに作用する可能性を感じとることが出来たはずである。このことは11月9日に東洋経済オンラインに掲載された拙コラム「トランプ当選で米国株は上昇の可能性もある」で紹介したこと。

もし、「トランプ・リスク」が限りなくゼロに近いというミスを犯したとしても、「トランプ・リスク=株安」という誤った固定観念を持っていなければ、「トランプ・リスク」が現実になる可能性が高まるにつれて株式を売り急ぐという誤った行動に走らずに済んだはずだ。

市場の原則の一つは、市場がリスクを織り込めば織り込むほど、そのリスクが顕在化した際の影響は小さくなる、というもの。反対に言えば、市場が期待を織り込めば織り込むほど、その期待が実現した場合のリターンは限定的になるということ。

今回のケースで言えば、「クリントン大統領=株高」という固定観念を持った市場がクリントン大統領誕生の可能性を高く見積もれば見積もるほど、クリントン大統領誕生が現実になった場合の株価上昇幅は限定的になり、「トランプ・リスク=株安」という固定観念を持った人が「トランプ・リスク」を高く見積もれば見積もるほど、トランプ大統領誕生が現実になった場合の株価下落は限定的なものになるということ。こうしたことは、10月24日のコラム「上がり目には限界がある」でも指摘したこと。

冷静になって振り返ってみれば、今回は、クリントン大統領が現実のものになれば市場がそれを好感して上昇する可能性が高いと同時に、株式市場にプラスとなる経済政策を唱えるトランプ大統領誕生となれば、景気拡大期待から株価が上昇する可能性があったということ。

つまり、大統領選挙の結果がどちらに転んでも、事前に言われていたほど株価下落リスクは大きくなかったということ。

したがって、「トランプ・リスク」が顕在化する可能性をほぼゼロと見積もって、株価下落に備えなかったことは、行動自体としては間違ってはいなかったということになる。

問題だったのは、「トランプ・リスク=株安」という固定観念を持っていたことだ。

「トランプ・リスク」が顕在化した際、市場が株価大幅下落という誤った反応を示したことが、NY株式市場が史上最高値を更新し、日経平均株価も大統領選挙前の水準を回復した大きな原動力になった。したがって、多くの市場参加者が「トランプ・リスク=株価上昇」という見通しを持っていたら、これほど強いマーケットにはならなかったともいえる。

市場を大きく動かす原動力は投資家の恐怖である。一般的に市場がエコノミスト達の指摘するような理屈に従って動いている時は、市場は大きく変動しないものである。

「トランプ氏が大統領になると、おそらく市場が大混乱をして、一時的には、株価が暴落する。それから、円高が進行して、世界中の市場が大きく動揺する可能性が出て来る」というコメントを出していた著名なエコノミストが、「トランプ大統領が掲げた減税、インフラ投資、金融規制緩和などが米国経済にプラスとの見方が広がった」というように宗旨替えをしたことを考えると、米国株式市場の動きは今後穏やかなものになっていくはずである。

今回の「トランプ・リスク」が示した教訓は、投資や資産運用において重要なことは、「正しく予想する」ことではなく「固定観念」を持たないことだ、ということだ。

※当記事は、11月12日(土)に有料コンテンツで公開したものです。

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