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富士フイルムの事業転換は、本当に“華麗な転身”なのか。 - 多田稔(中小企業診断士)

11月10日付の『日経テクノロジーオンライン』に、富士フイルムの副社長兼CTO(最高技術責任者)である戸田雄三氏のインタビューが載っています。そのリード文には、以下のような文章があります。
「デジタルカメラが普及したことで、富士フイルムの売り上げのほとんどを占めていた写真フィルムの需要は激減した。(中略)こうした中で富士フイルムは、コア技術の使い方や適用分野をシフトさせることで、華麗な転身をしてみせた。医療機器や高機能材料により、同社の業績は好調だ。」(「『事業転換』成功の秘訣 富士フイルムCTO」日経テクノロジーオンライン 2016/11/10付)

富士フイルムといえば、この記事にあるように、既存事業の斜陽化をいち早く見越して新事業への業態転換に成功した会社として、経済メディアなどがよく取り上げる企業です。

「写真フィルム事業で蓄積した技術やノウハウを、医療・素材・化粧品といった新規事業に活かした」というストーリーは分かりやすく、ビジネスに携わる者にとって多くの示唆に富んでいます。私も、もちろんこの事業転換は見事で素晴らしいと思います。

しかし、一方では、「華麗な転身」などという表現には少し違和感を覚えるのも事実です。今回はこの違和感の理由を書いてみたいと思います。

■富士フイルムの稼ぎ頭は医療でも素材でも化粧品でもない。

まず、厳然たる事実として、現在の富士フイルムの売上シェアのトップは、医療事業でも素材事業でも化粧品事業でもありません。

同社(富士フイルムホールディングス株式会社)の有価証券報告書から直近の業績を事業セグメント別に見てみましょう。最も売上を上げているのはドキュメントソリューション事業で、全売上高の48%を占めています。一方、医療・素材・化粧品といった事業が含まれるインフォメーションソリューション事業が占める割合は38.5%で、両者には約10ポイントの開きがあります。

それでは、最大の売上を上げるドキュメントソリューション事業とは何をしているところなのでしょうか? これは、オフィス用複写機・複合機の製造販売とそれに伴うサービス、コピー用紙や消耗品の販売をしている事業です。

「え? 会社のコピー機?」と思われた方も多いのではないでしょうか。実は、富士フイルムは事務機製造販売大手の富士ゼロックスの親会社になります。イギリス企業との合弁で作った富士ゼロックスの株を買い増す形で、2001年に連結子会社化しました。

医療や化粧品事業が“華麗なる転身”ともてはやされる陰で、富士フイルムの屋台骨を支えてきたのは、失礼ながら比較的地味なコピー機を売る仕事だったのです。

■事務機事業が起こした変化。

次に、事務機関連事業が中心になることで、富士フイルムの財務にどのような変化が起こったのか見てみましょう。

富士ゼロックスを連結子会社化した2001年と今年度の中間決算の数字を比べてみます。売上高は1兆1,700億円から1兆1,200億円へ約4%ダウン、営業利益は890億円から634億円へ約29%ダウンしています。

600億円を超える営業黒字を半期で叩き出すのですから、経営は好調という見方で良いと思います。しかし、“華麗なる転身”というイメージの割には、数字が伸びていないことも事実です。現時点は、写真フィルム事業の落ち込みと、事務機や医療・化粧品などの新事業の伸びがちょうど相殺されている段階、と見ることができます。

むしろ、変化が大きいのは貸借対照表の方です。現金や売上債権など換金性の高い資産である流動資産の額は、この15年間で3,000億円余り増加しています。一方、支払期間の短い負債である流動負債の額は1,200億円ほど減っています。つまり、それだけ「使えるお金」が増えているのです。

この財務構造の強化が、富士フイルムのM&Aに対する最近の積極姿勢に反映されていることは確かでしょう。そして、このキャッシュ・リッチな状況を作り出すのに最も貢献したのが、事務機事業であると考えられます。

事務機事業は、複写機の販売に加え、メンテナンスやトナー交換、その他消耗品の販売など、長期間にわたって定期的にお金が入ってくるビジネスです。しかもユーザーはそれぞれ違うタイミングで発注をかけてくれるので、ほとんど“日銭”感覚でキャッシュフローを考えることができます。

■そして、現場のリペアマンに思いを馳せる。

つまり、フィルム事業が斜陽化するピンチを救ったのも、これから花形となる医療・素材などの新規事業を支えているのも、実はあまり目立たない事務機事業だと考えられます。

普段、中小企業を支援する立場から現場に赴くことが多い身としては、経営者の経営判断だけではなく、それを支えている現場の頑張りも認めて欲しいと思ってしまいます。

華やかな事業転換や派手なM&Aも、それが実現する陰には、今日も客に怒られながら用紙詰まりを直している現場のリペアマンがいるのです。

【参考記事】
■PCデポ高額請求問題の背景を財務面から読み解く。(多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49372274-20160823.html
■伊藤忠商事が中国で病院経営に乗り出した理由。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49594165-20160920.html
■マイナス金利下でもローソンが銀行をやる理由。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49724245-20161008.html
■シン・ゴジラでビルを破壊された三菱地所のBCPを勝手に考える。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49222132-20160802.html
■『さんまのまんま』終了で考える、テレビ局の苦境と明石家さんまのこれから。 (多田稔 中小企業診断士)
http://sharescafe.net/49277606-20160810.html


多田稔 中小企業診断士 多田稔中小企業診断士事務所代表

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