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「トランプ大統領」誕生で我々の暮らしはどう変わる?

経済評論家 加谷珪一 撮影=大沢尚芳

保護主義、孤立主義の言動が目立つ「暴言王」ドナルド・トランプ氏。彼が米国大統領になったら我々の暮らしはどうなるか。ベストセラー『お金持ちの教科書』の著者がシミュレートした。

TPPからの撤退はある?

米共和党の大統領候補に指名されてからも暴言癖が収まらず、なにかと物議をかもしているドナルド・トランプ氏。しかし政策面では、指名受諾にあたってそれなりの譲歩をしていることがわかる。

大統領選挙における事実上の公約となる党綱領では、これまでトランプ氏が主張してきた過激な内容がほとんど骨抜きにされ、現実的な路線に修正された(表参照)。


トランプ候補が掲げる公約と日本への影響

とはいえ、トランプ氏が従来の候補者と全く異なる主張をしてきたのは事実であり、それが同氏に対する強い支持にもつながっている。現実に大統領に就任することになった場合、最初の半年間が勝負ともいわれる。就任直後にインパクトのある政策を打ち出してくる可能性は高く、備えが必要である状況に変わりはない。

トランプ氏は当初、TPP(環太平洋パートナーシップ)協定やNAFTA(北米自由貿易協定)について否定的な見解を示していた。しかし、実際に採択された党綱領では「国益に反する貿易協定には反対する」という曖昧な言い回しに修正された。

現在の米国ではメキシコなしに生活することなど不可能である。米国人は水のようにビールを飲むが、その多くはメキシコ産だ。米国人が安価にビールを大量消費できるのは、外国であることを意識せずにメキシコと貿易できるNAFTAが存在しているからであり、トランプ氏もこうした現実を受け入れたものと思われる。

ただTPPについては、オバマ政権末期に合意されたことを問題視する内容が綱領に盛り込まれた。米国がTPPから完全撤退するのかまではわからないが、何らかの修正が加えられる可能性は高い。関税撤廃スケジュールや、米国企業の日本進出条件などをめぐって日本側が不利になる要求が飛び出してくるかもしれない。TPPの影響を受けやすい業種で働いている人は要注意である。

実現するか、1兆ドルの大投資

トランプ氏はたびたび為替についても言及している。ドル高が米国の労働者を苦しめていると発言しており、トランプ氏が大統領になった場合、急激な円高が進むことを懸念する声が高まっている。

綱領では中国の為替操作について言及しており、人民元の対ドルレートについては政治的な交渉が行われる可能性が高なってきた。

もっとも実務レベルでは為替政策はそれほど大きな効果は得られないというのがコンセンサスになっており、ニクソン・ショック(1971年)やプラザ合意(85年)に代表されるような極端なドル安政策は採用されにくいだろう。だが、現実にドル安政策が行われなくても市場心理から円高が進む可能性もあるので注意が必要だ。

仮に円高が進んだ場合、どの程度の水準で収まるのかは、トランプ氏が提唱するインフラ投資の規模によって変わってくる。

トランプ氏は、従来の共和党の路線とは異なる大規模なインフラ投資を主張している(自著によればその規模は1兆ドル)。もし実現すれば、こうした大規模な公共事業は、世界恐慌時に民主党のルーズベルト大統領が行ったニューディール政策以来のものとなる。

ただ共和党内でも、近年のGDP(国内総生産)成長率の鈍化を受け、公共事業を強化すべきという声が出てきている。党綱領にも50年代にアイゼンハワー大統領が行った高速道路網建設の話が盛り込まれており、インフラ投資については現実味を帯びてきた。

米国が大規模なインフラ投資に乗り出した場合、労働者層の所得が増加することで消費にはプラスの影響となる。国債発行が増加するので金利は上昇する可能性が高く、長く続いた低金利から脱却するきっかけとなるかもしれない。金利の上昇はドル高要因となり、これが極端な円高ドル安を緩和することになるだろう。

米国が大規模なインフラ投資に乗り出した場合、労働者層の所得が増加することで消費にはプラスの影響となる。国債発行が増加するので金利は上昇する可能性が高く、長く続いた低金利から脱却するきっかけとなるかもしれない。金利の上昇はドル高要因となり、これが極端な円高ドル安を緩和することになるだろう。

変化の時期は投資の好機!

ただトランプ氏は、米国の労働者層を保護するという立場から、日本メーカーや中国メーカーに対しては敵対的なスタンスだ。TPPの批准といったタイミングで何らかの政治的圧力をかけてくる可能性は否定できない。

トランプ氏の頭の中は、ジャパンバッシングが激しかった80年代で止まっていると揶揄する識者もいるが、もしそうなのだとすると、当時と同様、現実的な解決策として浮上してくるのは、現地生産の強化ということになるだろう。

トヨタはかつてのジャパンバッシングの経験から、米国への直接投資を積極的に進めてきた。全販売台数のうち33%が北米市場向けとなっており、生産台数についても全体の23%が北米だ。一方、富士重工は全販売台数の66%が北米向けだが、生産は日本国内が中心で、生産台数に占める北米の割合は25%にすぎない。マツダも同様に北米向けの販売は多いが生産は国内中心だ。現地生産シフトをさらに進めるということになると、富士重工やマツダのように国内生産比率が高い企業は、生産ラインの一部を米国に移してしまう可能性がある。関連する業種で働いている人には、配置転換などのリスクが生じるかもしれない。

ただ、こうした動きも悪いことばかりではない。米国は先進国でほとんど唯一、人口が増加している国であり、シェールガス革命によってエネルギーをほぼ100%自給できる見通しである。米国は今後数十年間、世界経済の影響を大きく受けずに消費を拡大できるポテンシャルを持っていることになる。

トランプ氏が大統領になったことで、日本企業に対する圧力が高まるのだとするなら、それは日本企業が米国進出を加速させるチャンスと捉えるべきである。例えば、米国に大規模投資を行っている東レのような企業は、長期にわたって安定的な経営を維持できるはずだ。

変化が起こるタイミングはリスクでもあるが、株式や為替など投資を始めるよい機会でもある。変化を冷静に見極めるしたたかさがあれば、トランプ政権の誕生も過度に怖がる必要はない。
経済評論家 加谷珪一
仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業。日経BP社、野村証券系投資ファンド運用会社を経て独立。個人投資家としても知られる。『お金持ちの教科書』『お金は「歴史」で儲けなさい』など著書多数。

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