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パリのミルフイユと韓国の韓進破綻 - パスカル・ヤン (著述家)

 亡くなって7年以上経つだろうか、カトリーヌ・ドヌーヴや名優フィリップ・ノワレと、パリのブラスリーLIPPで隣になった。軽く挨拶して一言二言話したが、サインをもらえる雰囲気ではなく、そういう場所でもない。セレブの日常なのだ。LIPPはサンジェルマン・デプレの名店で、ありとあらゆる有名人がやってくる。一見さんは奥席には行けない。フィリップ・ノワレはナポレオン・ミルフイユをぱくついたが、ほとんど残したと記憶している。彼の『ニューシネマパラダイス』や『イル・ポスティーノ』をよく覚えている。その後数週間で訃報を聞いた。既に体が悪く好物の巨大ミルフイユをやっと一口食べたのかも知れない。

 最近東京で同様のものを食べた。今はなきマキシムドパリ東京の名物でもあったようだが、現在ソニービルのパブで似たものが食せる。そもそも、1800年当初のパリの菓子レシピー集に登場するのでナポレオンの好物というのは、史実であろう。何がどうしたのかわからないが、正しくはミル・フイユすなわち千枚の葉という薄焼きのパイ菓子を日本では、千の娘と発音している。

 専門家がしたり顔で、「ミルは粉ひき小屋でして、フィーユはフランス語の娘です。したがって、粉にまみれた娘でありますので、こうしてカスタードクリームとパイに粉がかかって」との説明を聞いたことがある。道理でパリよりおいしいものが日本には沢山ある。なんせ粉屋の娘ですから。

韓国の韓進(HANJIN)の破綻

 そんなマキシムやLIPPの名物を食べながらソニービルのパブで新聞を読んでいると、韓国の韓進(HANJIN)の破綻の記事が出ていた。年間に日本の8倍も鉄をつくってしまった中国が、減速しているので致し方のないことであろう。そもそも、なぜ急にゼロ近辺から日本の8倍まで鉄鋼生産を増やしてしまったのか不思議だ。日本の生産量が異常で、高炉会社が5社もあり世界の製鉄工場であった。その後の鉄冷えで当方は再編が進んだが、日本の8倍とは尋常ではないサイズだろう。当時ブラジルやオーストラリアから船を仕立てて原材料を運んだ結果、船会社も好景気に沸いた。

 不定期船の運賃はバルチック指数でわかるが、動きはきわめて荒い。10倍上昇後9割下落も当然のように起きるようだ。10倍だというので舟を作るが完成する頃には新造船の山ができて、船荷がない状態にもなる。その逆もあるので各種の憶測や怪情報が渦巻く。

 そんな世界で生き残る我が日本郵船は見上げたものだ。街で時々郵船ビルというのを見るが、むべなるかな。これらがなければ変動が激しくて生きて行けない。しかし、誰も新造船を作っていないときに、スエズ運河の封鎖などの事件があると、とんでもない大きな利益も出るのであろう。

 中国経済の減速をもろに受けた韓進の苦悩は大きい。同根の大韓航空が全面支援すれば良さそうに見えるが、ナッツリターンが尾を引いているのだろうか。一方で先に悪化していた同業の現代商船は、一応難を逃れたと伝え聞いた。ともかく、世界中の港にHANJINコンテナを積んだ船が何隻も沖待ちしているさまは、壮観とさえいえるだろう。その一方で、世界経済の拡大と共に、過去貿易額は当然のように拡大し続けていたが、この頃様子がおかしい。

 IMFが3カ月に一回世界経済について詳細なレポートを出しているが、今回も十月初旬に発表された。見たところ、番狂わせもなく、世界は順調に年率3%強で拡大しているようだ。逆に3%以下の数字だと世界不況になる。新興国という育ち盛りを多く抱えた世界経済は、3%以上の成長がないと大変厳しいことになる。

世界貿易額はなぜ減少しているのか

 では世界貿易額はなぜ減少しているのだろうか。にわかに保護主義となり内向きになっているからだろうか。それとも、原油の価格が低迷していたからだろうか。天まで伸びる木がないように世界経済の発展がとまり、定常経済に移行する予兆なのだろうか。

 そんなつまらないことを考えながら、ナポレオン・ミルフイユをぱくついた瞬間のあることを思い出した。

 1970年代のオイルショックまでは世界一のレストランはパリのマキシムであった。オイルショックで豊かになったアラビアの王族名士たちが世界一を求めてマキシムにやってきてもワインは飲めない。コカコーラを飲んだ。そんなこんなでミシュランがマキシムの星を落とすと決めたのを聞いて、掲載そのものを拒否したと聞いたことがある。

 それ以前は世界一位なので、有象無象も含めてマキシムは賑わったことであろう。世界オイルメジャーの一角、BPの元社長が傭船担当のヘッドだったころ、海運王のオナシスとの年間価格交渉はレストラン・マキシムで行われたと本人から聞いた。最後の詰めの頃になると、オナシスはやおらサングラスをかけたそうだ。まぶたの動きで満足不満足を悟られないようにとのことだ。そんなマキシムはソニービルの地下に東京店があった。ソニービルも建替えで消えるそうだ。フィリップ・ノワレがコンテナ状に残したミルフイユを思い出した。この業界主流のコンテナ荷主との厳しい価格競争は今も続く。韓進はどうなるのだろう。

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