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「3人の親を持つ赤ちゃん」が変える未来 魔法の不妊治療


「3人の親を持つ赤ちゃん」を抱くザン医師 ©New Hope Fertility Center

10月13、14日にニューヨークで開催されたART(Assisted Reproductive Technology:補助生殖医療)のシンポジウム。世界中の生殖医療の専門医や、研究者たちが集まるこの会合で注目されたのがニューヨークの不妊治療専門クリニック、ニューホープ・ファーティリティーセンターの ジョン・ザン医師が発表した「3人の親を持つ赤ちゃん(Three Parent Baby)」である。「3人の親」と言っても、産みの母親と育ての母親がいる…というパターンではなく、「母親の卵子+別の女性の卵子+父親の精子」から誕生した、つまり3人の遺伝子を合わせ持つ赤ちゃんのことである。


ART 補助生殖医療シンポジウム ©井上麻衣子

この赤ちゃんを出産したのはヨルダン人の母親。彼女は、細胞小器官の一つであるミトコンドリアの遺伝子に欠陥がおきるミトコンドリア病(注1)を持っていた。そのため、結婚後20年の間に、子どもたち2人を幼くして亡くし、さらに4回の流産を繰り返してきた。このまま何人出産しても同じ結果になるのではと悲嘆にくれていた彼女を救ったのがジョン・ザン医師だった。

ザン医師は遺伝子疾患を持たない健康な女性の卵子から、DNAを含む細胞核を取り除き、代わりに母親の細胞核を移植。母親は今年4月に無事出産、現在、生後6ヶ月の男の子はすくすくと健康に育っているという。卵子、およびミトコンドリア内の遺伝子は、第3者の女性(ドナー)のものだが、それ以外の99%の遺伝子は母親の細胞核から移植されているため、男の子は99%、両親からの遺伝子を引き継いでいることになる。

遺伝病に苦しむカップルを助けた医師の快挙について最初に報じたのは、昨年、世界で初めて、この技術の使用を法律で許可したイギリス。New Scientistという科学誌が「世界初!3人の親を持つ赤ちゃん誕生」という見出しで大々的に報じた。


シンポジウムで話すザン医師 ©井上麻衣子

その後、全米のメディアの報道が続いたのだが、 2国間メディアの空気感には大きく差があった。というのも実はこの「3人の親を持つ 赤ちゃん」というのは、手順などに多少の違いはあるものの、 似たような手法で、すでにアメリカでは90年代に試験的に実施されていたのだ。しかし、倫理的問題などから、禁止となった過去がある。そのため、今回、ザン医師は 規制のゆるいメキシコに出向いて施術を行っており、国内では彼に対する批判の声は多い。

一方、この話題に飛びついたのは女性をターゲットにしたメディアである。女性向けデジタルメディアのジェゼベル(JEZEBEL)では、遺伝病を持った女性だけでなく、「35歳以上の不妊治療がうまくいかず苦しんでいる女性たちにとって、ジョン・ザン医師の技術はエキサイティング」だと、絶賛。また、「同性愛者たちにとっても、同性同士両方の遺伝子を子孫を残すことが可能になる日も近いのでは」と期待を寄せている。

アメリカでは、卵子提供者を募集する広告がちまたにあふれ、まるで献血に行ったかのように、「きょうは卵子を提供してきた」とブログに書く女性がいるほどである。「自身の卵子が劣化しているのなら、体外受精を繰り返すより、他人の卵子を使った方が早い」という合理的な考え方をしているとも言える。しかし、若い女性の健康的な卵子を使い、自分の遺伝子を残すことが実際な選択肢としてあるのであれば、挑戦したい女性も多いはずである。

では実際にどれほど現実的なのか?ザン医師に話を聞いた。

Q 今回の「3人の親を持つ赤ちゃん」の技術で体外受精の成功率はどう変わりますか?

A ザン医師「例えば、43歳から48歳の女性の場合、1回の体外受精で出産にいたる割合は1%です。しかしこの技術を使えば、成功率を22〜30%にまであげることが可能だと私は予測しています。1回あたりこの割合ですから、数回繰り返すことで、全員が妊娠すると思っています。」

Q 具体的にはいつ頃に実現可能ですか?

A ザン医師「まだいつ実現するかは言えませんが、これから多くの臨床テストを行います。そして科学的に危険のない方法であるという証拠を提示したいと思っています。」

Q 不妊治療での使用については倫理上の問題があるという声も多いですが、それについてはどう考えていますか?

A ザン医師「文化が違えば、第3者から提供された卵子を使った体外受精自体にも倫理的に問題がある国もあります。私は、母親が自分の遺伝子を残す技術の方が、100%他人の卵子を使うより倫理に叶うと思っています」

卵子の劣化にはあらがえず、体外受精で失敗を繰り返してきた多くの不妊治療患者たちにとって、若い卵子を使い、自分の遺伝子を残すというのはまるで魔法のような出来事である。


赤ちゃん(イメージ) ©井上麻衣子

また、高齢化が進む日本にとっては、価値のある技術のようにも思えるのだが、会合に参加していた日本の不妊治療の権威、加藤レディースクリニックの加藤恵一院長は、「病気に苦しんでいた患者に施術した今回の例とは違い、何歳になっても不妊治療が可能になることを許可するというのは倫理的に問題がある」として、今後日本でこの技術が採用されることがあるとは考えにくいとした。

また様々な国際的会合に参加し、最先端医療について学び続けているという 木場公園クリニックの吉田淳医師も、「十分な議論なしに、進めるのは問題」とし、日本での実施について慎重な考えを示した。

去年1人っ子政策から2人っ子政策に移行した中国から参加した蘇州私立病院のメン・キン・シャ医師は「中国では高齢になってから2人目が持てることになり、治療をがんばっている女性も多く、興味を持つ人はいると思います。でも、卵子自体の提供も、治療中の患者から患者への無料提供しか許されていないため、提供例が極めて少なく、このような治療法は実現的ではない」と話した。

ブラジルから参加したフリオ・ボゲット医師は「体外受精も最初はいろんな問題を乗り越えてここまで来た。宗教上の問題などはあるが、時間をかけて、安全性が確保され、倫理的問題についても議論を重ねた上で実施できれば、患者のためになると期待している」とした。

ジョン・ザン医師は今月19日、ユタ州ソルトレイクシティーで開催される米国生殖医学会(ASRM : the American Society for Reproductive Medicine)で正式にこの手法について発表予定である。また、今回の会合では、ウクライナの医師が、ジョン・ザン医師とほぼ同様の手法を行い(中核を取り除くタイミングが異なる)、来年初旬には2人の赤ちゃんが産まれることを発表した。すでにイギリスでは去年、この手法を使った移植が世界初、法律で許可され、来年には第1号のベビーが産まれることが明らかにされるなど、安全性への疑問符つきながら、今後さらに「3人の親を持つ赤ちゃん」の数は増えることが予測されている。

(注1)ミトコンドリア病 ミトコンドリアは全身の細胞の中にありエネルギーを産生するはたらきを持っている。そのミトコンドリアのはたらきが低下して起きる病気。
症状は、けいれん、脳卒中、精神症状、発達の遅れなどの脳の症状、物が見えにくい、音が聞こえないなどの感覚器の症状、運動ができない、疲れやすいなど。中でも、比較的エネルギーを多く必要とする神経、筋、心臓などの臓器の症状が現れやすい。(難病情報センターより)


(ジャーナリスト 井上麻衣子)

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