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麻疹流行から考える、副反応より怖いワクチンの「リスク」 (9)ワクチン - 漆原次郎

 今年の夏から秋にかけて、麻疹(はしか)ウイルスの感染が拡大した。国立感染症研究所の報告では、2016年の麻疹報告数は9月25日までで計138件。とくに8・9月で報告数推移は急上昇を見せた。だが、9月後半からは感染は沈静化に向かい、同29日には大阪府が、33人に上った関西空港での麻疹集団感染について「終息」を発表している。

 今回は大規模な流行には至らなかった。だが、私たちは常に麻疹をふくむさまざまな感染症のリスクに晒されており、そのリスクがゼロになることはまずありえない。現代の医療をもってしても、人類がこれまで「撲滅」できた感染症は天然痘だけだ。ほかの感染症に対しては、より制圧レベルの低い「排除」や「制御」を目指しているのが実状だ。

 麻疹対策として、「取り得る唯一の方法はワクチン接種による予防である」(同研究所)という。ワクチンとは、感染症予防のために各種の病原体からつくった抗原のこと。接種することで免疫を得られるため、その感染症を免れることができる。

 ワクチン接種が感染症対策に効果的と言われながら、日本はワクチン接種の「後進国」とも言われてきた。厚生労働省や国立感染症研究所によると、2010年度以降、第1期(1歳児)では95%以上の高い接種率を保っているが、それでも根づよくはびこるのが、「(ワクチン接種は)百害あって一利なし」「なぜこんな副反応が出るの」「知られざる“ワクチン”の罪」といったネガティブな話だ。

 あらためて「ワクチン接種がもたらすもの」について考えてみたい。そう思い、国立国際医療研究センターを訪ねた。「感染症対策専門職」という肩書をもつ堀成美氏に話を聞くためだ。感染症対策に関する情報の収集や発信を仕事のひとつとしており、日本と世界の予防接種事情に詳しい。

「2回接種」を済ませていない世代


堀成美氏。看護師、感染症対策専門職、日本性感染症学会認定士。民間病院、公立病院の感染症科勤務を経て、国立感染症研究所実地疫学専門家コースの研修を受け2009年に修了。聖路加国際大学で助教(看護教育学/感染症看護)を務める。2013年より国際感染症センター国際感染症対策室に勤務(感染症対策専門職)。一般向けには、講演やツイッターなどで感染症対策についての啓発活動を行っている。Twitter:@narumita

 「たしかに麻疹はワクチンのおかげで怖いものではなくなってきた感があります。しかし、感染症の怖さを忘れて、『予防接種なんて要らないのでは』と思ってしまうことが怖い。それこそがワクチンの“副作用”なのです」と、堀氏は話す。

 予防接種をしている人の率が高いほど、その感染症が拡大するリスクは低くなる。逆に、率が低いほど、ウイルス感染の連鎖を止められない人が社会に多くいることになるから、感染症拡大のリスクは高くなる。 

 「今回の麻疹についても、マスメディアが騒いだのでたいへんな問題に見えたかもしれません。でも、私たちからすれば、よく抑えられているなという感じです。ワクチン接種率の高さが効いているのでしょう。けれども、現状のレベルで満足してはいけません」

 堀氏は、ワクチン接種をめぐる、感染拡大を引き起こしかねない問題点を複数、挙げる。

 ひとつは「2回接種」を済ませていない世代があることだ。1回より2回ワクチンを接種するほうが、確実に感染予防の効果は高まると堀氏は言う。「1回接種した人の5%ぐらいは免疫が付かないのです。また、なんらかの理由で1回目の機会に接種しそこねたという人もいます」。

 現在20歳代後半以降の世代では、麻疹ワクチンや麻疹風疹混合ワクチンを「2回接種」した人の率は急激に落ちる。9年前の2007年に麻疹が高校生や大学生のあいだで流行したのもこの世代に1回のみの接種者が多かったのが要因と見られている。

 自分が過去に何回ワクチンを接種したのかは母子手帳を見るなどすればわかるが、「接種したかどうかわからないとき、回数が不明な場合はそのまま接種することで早期に免疫を付けることができる。流行期でなければ血液検査をして確認してからでもいい」と堀氏は話す。

まれにしか起こらない副反応でも
実際のリスクより高い印象を与えてしまいかねない

 わが子にワクチンを接種させまいとする親など「反ワクチン派」が各国におり、高い接種率を実現する上で課題となっている。日本でも少数ではあるがこのような活動が展開されており、それを見て不安や疑問を持つ保護者が一定数いることも、高い接種率を実現するうえでは課題となる。「おもに、ワクチン接種で副反応が出るのがいや、と言う人たちです」と堀氏は言う。

 厚生労働省によると、麻疹予防接種の副反応として、接種から2週間以内に発熱を認める人は接種を受けた人のうち13パーセント、1週間前後で発しんを認める人の率は数パーセント、アレルギー反応としてじんま疹を認める人の率は約3パーセント、発熱に伴うけいれんについては約0.3パーセント、脳炎・脳症については100万~150万人に1人以下、率にして0.0000006〜0.000001パーセントという。

 重篤な症状の副反応ほどリスクは微小となるが、それでも「反ワクチン派」が生じるのは、マスメディアの伝え方に問題があるからと堀氏は考える。

 「残念ながら一定数の赤ちゃんは、原因がわからずに死亡します。解剖をして原因が窒息や心臓の問題とわかることもある。けれども、その赤ちゃんがワクチン接種1週間後に死んだとすると、そのことをメディアはワクチン接種『で』というニュアンスで伝えることがある。恐怖は記事になりやすい」

 マスメディアにとって、まれにしか起こらない問題のニュース価値は高い。逆に、社会全体でうまくいっているような物事はニュースにならない。社会に出るのは、ワクチン接種が感染予防に奏功しているといった記事でなく、副反応で障害が起きたといった記事だ。実際のリスクより高いリスクの印象をあたえかねない。

 「ほかのみんなが接種してくれるなら、わが子には接種させませんという保護者が増えると、ウイルスが入ってきたときの制御がしづらくなります」

世界で進む予防接種の義務化

 日本の予防接種法では、人から人にうつる感染症や、重症化のおそれのある感染症に対し、国民は「予防接種を受けるように努めなければならない」としている。これは「努力義務」とよばれる。1994年までは「義務接種」だったが、予防接種被害の集団訴訟で国に損害賠償の支払いを命ずる判決が下されたことを受け、「努力義務」にレベルダウンした経緯がある。

 一方、海外では予防接種を義務としたり、なかば強権的に接種を課すところもある。米カリフォルニア州では2016年7月から、保護者の宗教や信条を理由とした児童・生徒への予防接種の免除が廃止され、健康上の理由を除き接種は義務となった。またオーストラリアでは2016年から、ポリオや破傷風などの予防接種を拒否した家族に児童手当を原則的に支給しない制度を開始させた。予防接種の義務化は世界で進んでいる。

 日本でワクチン接種を再び義務化しようとすれば、拒否や反対を示す人も現れるのではないか。予防接種にかぎったことではないが、行政に対する市民の信頼感があまりないからだ。

 堀氏は、ワクチン接種を受けさせる立場の側に目をやり、「コミュニケーションが足りない。人びとから信頼されるコミュニケーションがなければならない」と指摘する。

 「公衆衛生の制度の整った国では、病気にならないよう皆で予防をがんばるというのが原則的な考え方。だが、日本には、人びとにそれをやろうとする気にさせるような情報がありません。お母さんたちの言葉を借りると、『子どもたちを守るために予防接種は大事だ、ワクチンを接種しようと訴えかけるような行政の情報がない。どのホームページもイケてない』のです」

 海外では、たとえばカナダ政府が「予防接種のベネフィット(Benefits of Immunization)」というサイトで、ワクチン接種により各種感染症がどれだけ押さえ込めているかを視覚化した図を掲げている。「予防接種でどれだけの命が守られているかという、副反応のリスクに対するカウンターの情報があれば、人々はメリットやリスクを具体的に考えることができます」(堀氏)。

 医療従事者が市民とコミュニケーションをとることの必要性も堀氏は言う。「私たち専門家は、生活や人生に感染症がどう影響をあたえるかということをストーリー性をもって伝えるようなことをまだできていない」。

 米国では、医学博士などが科学諮問委員として名を連ねた「ワクチンの声(Voice for Vaccines)」という団体がある。予防接種の必要性を訴える親たちが運営するプロジェクトであり、ウェブサイトでは医師や親たちが顔写真つきで、感染症の悲惨さやワクチン接種の大切さを、個人の体験を踏まえた“物語”として伝えている。

 「どうすれば感染症の恐ろしさを人びとに忘れないようにしてもらえるか。それに向けて努力していかなければならない。ワクチン接種が大切なものであると市民との間でコンセンサスを得ていくことが必要です」と堀氏は言う。

 社会にあるリスクの情報を行政、専門家、そして市民などが共有しあうことを「リスクコミュニケーション」という。その手法にはまだまだ工夫を考える余地がある。
◎今回のまとめ◎
・麻疹の感染予防をするための唯一の方法はワクチンの接種。接種率を高めることが感染拡大を防ぐ。
・予防接種の利点の大きさから考えると小さいといえる副反応の危険性ばかりをマスメディアがとりあげがち。人びとのメリットとデメリットの比較をむずかしくさせる。
・ワクチン接種率をさらに高めるため、行政や専門家は市民に信頼してもらえるようなコミュニケーションのとり方を工夫すべき。

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