記事

すたれないで欲しい紙媒体のニュース報道

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.384 13 October 2016
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

アメリカ、カナダの報道機関、約2000社が加盟する「米国新聞協会(Newspaper Association of America-NAA)」が、9月7日から名称を「ニュース・メディア連合(News Media Alliance)」に変更したという。NAAは、南北戦争の報道などによってアメリカ社会での存在感を高めた新聞発行者たちが、業界の自主運営などを目的に1887年に設立した伝統ある組織だ。最盛期には約2500の報道機関が加盟していたが、最近は加盟社の減少が続いている。

数は減ったが加盟する会社のほとんどは、新聞発行を主体業務とする一般には新聞社と呼ばれる企業だ。そうした組織の集合体の名から「新聞」の文字が外れるのは、加盟する報道機関の中に情報配信の媒体手段を紙からインターネットやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に移す会社が増えてきたことにある。

政治問題を主題に扱う近代型の新聞が熟成した地は、文句なくアメリカだ。戦後しばらくしてテレビにその座を奪われるまで、アメリカの新聞は米国内だけでなく、世界のオピニオン・リーダーだった。しかし、近年、テレビに続いてインターネットメディアも急速に成長、紙を媒体とする新聞の衰退は著しい。1990年に6232万部あった全米の新聞発行部数は、2013年には4071万部(朝夕刊合計、NAA調べ)まで落ち込み、減少傾向は今も続いている。

こうした実情にアメリカの新聞経営者たちは、媒体を紙だけでなく電子版に移すなど経営努力を続けてきた。「ニューヨーク・タイムズ」は、全発行部数187万部(2013年5月)のうち、6割以上が電子版購読になっている。アメリカ全土の新聞発行部数を見ても、電子版は19・3%(2012年、メディア公査連盟調査)に達している。2011年の同じ調査では、紙媒体が85・8%、電子版が14・2%だったことを見ても、アメリカの新聞の紙離れ、電子版化は急ピッチに進んでいるのだ。

北米の新聞の変貌は、媒体だけに留まらない。若者たちのニュース・ソースが、フェイスブックなどSNSに変わっているため、報道機関も対応を迫られている。2015年5月のフェイスブック発表によると、ミレニアル世代の60%がフェイスブックから政治ニュースを得ており、こうした変化に合わせて、「ニューヨーク・タイムズ」は、2年前からフェイスブックに記事を直接提供し始めた。記事を読みたい人は、同社のウエブサイトを経由しなくても、スマホなどで読める。アメリカでは多くの新興ネットメディアが勢いを増しており、他の新聞社もSNSにニュースを提供することに前向きだという。一方、ニュース発信側もSNSを重視、オバマ政権は「ユーチューブ」などへの投稿には熱心だが、伝統ある「ホワイトハウス記者会」との会見は減っている

こうした現状を鑑みると、報道機関の連合体の名称から「新聞」の名が消えるのは、妥当な措置ということになる。だが、時代遅れのアナログ人間であり、新聞記者としてジャーナリズムを学んだ私などは、素直に受け入れられないわだかまりが心に残る。「新聞」の名が消えることに、どうしても感傷的になってしまうのだ。

駆け出し記者の頃、事件現場に駆けつける時は、必ず腕に「PRESS」の文字が入った腕章を巻いた。当時、「PRESS」の文字が入った腕章は、黄門さまの「葵のご紋」並みの威力があった。腕章をしていれば、非常線を越えての取材も許可されたものだ。また、記者のたまり場でもある記者クラブは、多くの国で「プレス・クラブ」とか「プレス・ギャラリー」と呼ばれている。PRESSには「印刷」という意味があり、それが紙に印刷する新聞の換喩になった。新聞が代表的な報道体で「新聞イコール報道」であった時代、PRESSが報道機関全体を表す言葉として使われたのだ。時代の流れで新聞が報道機関を代表するものでなくなった今、PRESSという報道機関の別称も、間もなく新たなものに変わってゆくのだろう。

元新聞記者の負け犬の遠吠えに聞こえるかもしれないが、私は報道における新聞の重要性は、今も変わっていないと思っている。閲覧回数が経営に大きく影響するネットメディアは、読者の感情にアピールする記事や見出しを掲載したがる傾向があり、ニュースの質の低下が否めない。また、自分に都合のよい部分だけを選択して読めるネットメディアは、多様な意見に接する機会が減少する。その結果、現代社会のトラブルの病巣にもなっている独善的人間の増殖を招きかねない。紙に印刷された多岐に及ぶ記事を広角的にじっくり読んで、ニュースの真実を探ることは、情報が氾濫する現代社会において事象を正しく理解するかけがえのない手段だ。

新聞、テレビが十分に発達する前にいきなりSNSの時代が到来した途上国では、もっと深刻な問題が待ち受けている。政府がSNSを通して自分たちに都合のよい情報だけを国民に直接届けるようになると、多様な情報の入手手段を持たない国民は、政府の情報操作に簡単に乗せられる危険が高まる。こうした憂慮すべき事態を避けるため、ネットメディアの時代が来た今こそ、途上国に良質の新聞が育成され、生き続けることが求められるだろう。

佐渡になびく草木のように、21世紀の報道機関はディジタルになびいている。だが、2013年から紙媒体の発行をやめた米週刊誌「ニューズウィーク」は、今年になって紙媒体の発刊を再開した。紙によるニュース提供の重要性を再確認したからだという。うれしい話だ。

あわせて読みたい

「ジャーナリズム」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    板尾不倫騒動 ラブホ=SEXは古い

    メディアゴン

  2. 2

    日本が核禁止条約に署名しない訳

    河野太郎

  3. 3

    「レコ大」私物化のドン実名告発

    文春オンライン

  4. 4

    女性もセックスレスで不倫傾向か

    AbemaTIMES

  5. 5

    貴ノ岩叩きで手の平返すマスコミ

    キャリコネニュース

  6. 6

    名古屋は地元離れぬ下層民の楽園

    SeaSkyWind

  7. 7

    韓国教育絶賛する内田樹氏に困惑

    木走正水(きばしりまさみず)

  8. 8

    タカタ破綻も会長夫人は豪遊生活

    文春オンライン

  9. 9

    地方公務員の副業解禁はおかしい

    永江一石

  10. 10

    月9「民衆の敵」入札汚職を解説

    おときた駿(東京都議会議員/北区選出)

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。