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例えば安楽死に関する議論。「命の尊厳が大事」は正論でも、そんな"正解主義"で教えるだけでは若者の思考は止まってしまう -「賢人論。」第25回(中編)藤原和博氏

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「賢人論。」第25回(中編)藤原和博さん「例えば安楽死に関する議論。「命の尊厳が大事」は正論でも、そんな“正解主義”で教えるだけでは若者の思考は止まってしまう」

前編「医療・介護は、今以上に国民が負担せざるを得なくなるのに、それを政治家が言い出さないのは絶対におかしい」で、現状の日本の社会保障体制が抱える問題に強い危機感を表した藤原先生。今回は、そんな現状を、そして未来を支える若者を育てる教育者としての考えがメインテーマ。スマホを使っての授業など、革新的なアイデアを教育の現場に持ち込む藤原先生の真意はどこに?

取材・文/猪俣ゆみ子(編集部) 撮影/中井秀彦

バブル崩壊以降の社会では正解がなくなっていくのに、まだ、正解を当てるのが得意な情報処理力の高い子を増産している

みんなの介護 前編「医療・介護は、今以上に国民が負担せざるを得なくなるのに、それを政治家が言い出さないのは絶対におかしい」では、若者は高齢者に支えてもらう傾向が強まっていくと伺いました。中編では少し話題を変えて、将来の日本を背負って立つ若い世代に向けたお話を伺っていきたいと思います。

藤原 これは多くの場所で話をしてきたことですが、日本では1997年に成長社会が終わった。その年に何が起こったかというと、北海道拓殖銀行と山一証券が倒産して、その翌年にバブルが崩壊して成熟社会に入っていきました。成熟社会とは正解のない社会で、すべてのものが多様化・複雑化して変化が激しくなります。実は、私はちょうどその年にロンドン、パリから戻ってきて、40歳で会社を辞めてフェロー(特定の専門分野で業務委託の契約を交わす)という形で働くことになりました。

みんなの介護 先生が帰国されたのがちょうど、成長社会が終わった年だったんですね。

藤原 成長社会から成熟社会に入るときですね。とりわけ成熟社会とはどういう社会で、どういうことを身につけないとズレてしまうのか、ということをずっと書籍や講演などで布教してきました。成熟社会の本質を伝道する伝道師のような感じですね。

成長社会では、あるモデルが存在していました。例えば、日本には“アメリカンライフスタイル”のようなモデルがあって、我々はそれを追いかけていた。モデルが存在する社会では正解がたくさん用意されていますから、正解に向かって早く正確に処理していく“情報処理力”が身についていれば、サラリーマンあるいは公務員として成功したと思うんです。そのような正解がある時代から、98年以降はどんどん正解のない時代に移行しています。すでに10数年たっていますが、2020年代中にはもっと成熟社会が進行すると思います。

みんなの介護 2020年には東京五輪が控えていますね。

藤原 その2020年が大きな時代の変わり目になると思うんですね。アテネ五輪後のギリシャ、北京五輪のあとの中国を見てもわかるように、オリンピックは国の一大行事だからどうしても過剰投資が行われて、先進国にとってはリターンが少ない。2020年代中に経済がかなり沈むことが成熟社会を加速させるんじゃないかと。

成熟社会という「正解」がどんどんなくなっていく社会へ突入しているのに、今の日本では、まだ、正解を当てるのが得意な情報処理力が高い子を増産している。本当は、みんな一緒に正解を当てようとするんじゃなくて、それぞれ一人一人の“希少性”を磨いていかなければならないのです。成熟社会では経済が従来ほどは伸びていきません。社会が多様化して複雑化していけば、一人ひとりがバラバラになっていくのは当たり前の話です。“みんな一緒”の社会から、それぞれがバラバラになっていきます。

イギリス、フランスという約100年前に成熟社会に入った社会を90年代に見たときに思ったのは、そういう社会では何が大事かというと、正解をただ早く正確に当てるのではなくて、正解がない中でも一つひとつのケースで“納得解”を出していくことなんです。納得解とは私がそう呼んでいるんだけれど、自分が納得し、かつ関わる他者が納得できる解のことです。頭を柔らかくして試行錯誤しながら、納得解を作り出す力が大事になってきます。

みんなの介護 正解を早く出すことを求められた社会が終わり、今後は物事を発想する力が求められているんですね。

藤原 頭を柔らかくして納得解を紡ぎ出す力のことを“情報編集力”と呼んでいます。これまで求められていた情報処理力がまったく不要というわけではなく、情報編集力だけでいい、ということでもありません。今の日本は情報処理力と情報編集力のバランスで見ると、教育制度においては、おそらく97%対3%の割合になってしまっています。

「賢人論。」第25回(前編)藤原和博さん「小学校の教育目標は、だいたいが“みんな一緒に、仲良く元気良く”。そんな教育を受けた子どもはよく考えられる大人にはなれない」

これからは“みんな一緒”という価値観から脱するときの寂しさに耐えられる子を育てなければいけない

藤原 小学校も中学校も今はほぼ、正解を早く出すことを鍛える教育になっています。本当は、教育における情報処理力と情報編集力のバランスは7対3くらいが適切だと思います。どうも、最近の国の政策を見ていても、2020年代中に情報編集力の比重を3割くらいまでにもっていこうとしてるんじゃないかな。

保育園や幼稚園では比較的自由にさせていますよね。おままごとのようなロールプレイングゲームもやる。そういった正解が一つではない遊びをさせているのに、小学校に入って3年生くらいからガラリと変わって「正解主義」になってしまうのです。

とは言っても、情報処理力側の基礎学力も相変わらず大事です。ディベートするにしても、下調べのときに多くの情報から必要な知識を得て、その中で優先順位を決めていく処理能力が必要なんですね。だから、高校で情報処理力側:情報編集力側=5:5くらいの割合にできればいいかな。そして大学では100%情報編集力側へシフトして、正解が一つのことはやらない。そうすると社会全体として7対3くらいのバランスになるでしょう。

みんなの介護 情報処理力を身につける教育は維持しつつ、情報編集力を鍛える要素を増やしていく、ということですね。

藤原 さらにつけ加えるならば、情報処理力というのは、部屋に閉じ込めて「自分一人でカンニングせずに、何時までにどれだけやりなさい」という話じゃないですか。多様で複雑な成熟社会では正解がないわけだから、本当だったら、誰と組んでもいいんだよね。誰かに聞いちゃうと学校のテストの論理ではカンニングになってしまうんだけれど、今は協働性というもののほうが大事で、知っている人に聞いたり共に考えたりして問題解決にあたることが求められるんです。あるいは、ネットを通じてブレストを行い、自分の脳を拡張して、人の知恵や技術をつなげるのもいい。自分とは違う見方があるかもしれない、といった複眼思考が大事なんです。一人でウーンと悩んでいるのは前時代のやり方。

小学校の教育目標はだいたい“みんな一緒に、仲良く元気良く”なんですよね。最近の流行りは、これに「よく考える子」というのを取ってつけたように加えている。私が疑問なのは、みんな一緒に仲良く元気よくワーッて騒ぐ子が、どうしてよく考えられるようになるのか。不思議でしょうがないですよ。よく考える子って、オタク系だったり大人しかったり、いじめられがちだったり、図書館に逃げたり。必ずしも群れるタイプじゃない。これからは、みんな一緒のほうに行けば行くほど、本来その子が持っている価値が薄くなる時代ですから。

希少性のあること、価値あることを追求していくと、パッと後ろを振り返ったときに誰もついてこない可能性もある。そういう寂しさに耐えられる子を育てなければいけないのに、義務教育全体のコンセプトがまだそこまではいっていないんです。

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