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「長時間働いたけど大丈夫だった」が、強者の論理になることを心配する。

一昨日に書いた、『「自分はこれだけたくさん働いた」と言うのは、もうやめよう。』という記事について補足を書いておきます。

過労が原因で自殺に追い込まれる場合、労働時間だけが原因ではありません。それは同記事にも既に書いています。

しかし「自分だってたくさん働いたけれど周囲にフォローされた」という声も、あちらこちらでたくさん目にしました。だから、「労働時間だけに目を奪われずに、職場として助け合うことが大切」という考え方は正しいと思います。

それでも、まず「長時間労働自体が問題」ということは改めて訴えたいと考えます。

理由は3つです。

まず、1つ目。「長時間働いたけど平気」という人はもちろんいます。一方で標準的な労働時間の人に比べて、「長時間労働で心身が蝕まれる」ということもたくさんあります。さまざまなケースから、長時間労働は人を追い詰める可能性を高めることはわかってます。

また職場全体の労働時間が長くなれば、互いを助け合う余力が低下するでしょう。

労働時間が長くなることは危険性を高めるのだから、そうしたことは早めに除去するのが当然だと考えます。

2つ目は、そうした「経験談」がネットなどで独り歩きすることで、何らかの「空気」になるリスクが高まっていると思うからです。直接聞く時には、より具体的な話として、いわば「注釈つき」で理解できますが、いまの時代では空気だけが先行します

もう1つの理由は、「強者の論理」で議論が進むことへの危惧があるからです。

「長時間働いても大丈夫だった」という経験はその人固有のものです。もちろん個人的経験を語るのは自由でしょうが、そうした声が輪のように重なり、それが空気のようになっていくことを心配しているのです。

強い人は、長い時間働き、また言葉や主張も強いと感じます。しかし、世の中には弱い人もいます。仕事は断れずに、何かあっても言い出せない。そういう人にとって「自分はこれだけたくさん働いた」という言葉は、どのように作用するのでしょうか?

「他人のことは気にしなくてもいい」という人もいます。でも「気にしない人」というのも、また強い人だと思うのです。

「周囲の空気を感じて、自分の考えを貫けない」という人はたくさんいると思います。そうした思いがあるので、敢えて「自分はたくさん働いた」と言うこと自体を考え直してみようと考えました。

「働いて、不幸になる」そんな人を少しでも減るようになればと思っています。

【追記】なお、特定企業を「ブラック」扱いするような議論は、不毛であるばかりか、問題の本質を見えなくするマイナス面の方が大きいと考えます。すべての職場で「起こり得るリスク」として考える機会を奪うからです。

※前回も紹介しましたが、これらの本には大切な示唆があるように思います。

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