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「働き方改革」の本義

「百年以内に、経済的な問題は解決するか、解決に近づいていると思う。いかにして日々の生活を確保するために働くかという問題は、これまでの人類にとっての最重要課題であった。だが、もし百年後にこの問題が解決されたら、人類は誕生以来の目的を奪われることになる。」 ~ ケインズ「孫の世代の経済的可能性」(1930年)から抜粋・意訳 

政権への期待がしぼまないようにすること、別の表現をすれば、国民が飽きないように「花火」を打ち上げ続けることは、内閣の安定的運営上、極めて重要であることは論を待たない。頭では確かに分かる。

とはいえ、昨年10月の内閣改造時に唐突に出てきた「一億総活躍」が、ようやく1年経つかどうか、というタイミングで打ち出された今回の「働き方改革」には、正直、「また?、今度は何?」という感想を持った方も少なくないのではないか。

中身が不分明なまま、先月(8月)の内閣改造で「働き方改革担当」の大臣が設けられ、今月(9月)に入って、「働き方改革実現推進室」が内閣官房に設置され、外部有識者などで構成される「働き方改革実現会議」が開かれた。今後、「働き方改革実行計画」が練られて発表されるという。

異例なことに、官房副長官が直々に「働き方改革実現推進室長」になり、政権の相当な「気合」は感じる。ただ、中身は、一方で長時間労働の是正が標榜され、一方で、長時間労働を促進しかねない脱時間給的な「高度プロフェッショナル制度」の導入も取り沙汰されるなど、まだ不透明だ。

企業側も、政府の動きを横目に、後者、すなわち「ホワイトカラー・エグゼンプション」的な動きを取るところもあれば(「残業代ゼロ」などと揶揄されてもいる)、逆に約5800人の全従業員を対象とした週休3日制導入の検討が報じられたヤフー・ジャパンのように、前者の時短的動きを見せているところもある。

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さて、ここまで読み返して、何となくネガティブな筆致にも見えるので、敢えて、誤解なきよう強調しておくが、私は、「働き方改革」自体は、今後の日本を考える上で、極めて重要なテーマであると考えている。

国民の人気取りという現実的文脈もあって、今のところ、「働き方改革」は、「長時間労働の是正」といった「勤務時間軽減」を色濃く出している印象を受けるが、いずれにしても、企業や政府で「働き方」が議論され、制度が企画・設計されていくことは望ましいに決まっている。

ただ、強く訴えたいことは、表面的な「働き方の変革」にとどまらず、その向こう側、すなわち次世代の「働き方」ということそのものについて、その本義を掘り下げて考えることがとても大事なのではないか、ということである。

確かに、安倍政権が「一億総活躍」や「働き方改革」を本格的に取り上げるまで、「男性の長時間労働を是正して家事に向ける時間を増やし、結果、子育てや介護に追われる女性の負担を少しでも減らして、彼女らが企業で働けるようにする」ことは、道義的に「良いこと」であり「確かに大切」ではあっても、「とはいえ、実現は無理でしょ」と、現実にはマイナー・イッシューであった。

そして、例えばそうした一般男性の長時間労働是正が、単なる「善行促進」というレベルから、「労働生産性の向上」(アウトプットを時間で割って導出するので、アウトプットをあまり減らさずに分母の時間が大きく減れば生産性は向上)につながるという文脈と結びついた時、さらに、特に政権が強調する「同一労働、同一賃金」などの賃上げその他、デフレ脱却に向けた経済政策と融合した時、重要政策の中心に躍り出て、マイナーだった「働き方改革」がアベノミクス延命の「切り札」と化したことは、とても重要なことだ。

「無駄な残業等を減らすこと(長時間労働の是正)」は、特にサービス産業等における生産性の低さが際立つ我が国において、また、人口減少社会に突入して国内総生産(GDP)が増えにくい現状にあって、浮いた時間の有効活用を通じて一人当たりのGDPの向上につながりうることから、デフレ下での経済活性策として極めて有効であるとも言える。テクニカルには、諸課題を一斉に解決する「センターピン」であるかもしれない。

でも、それだけでの議論で良いのか。「働き方の本義」とは、そんなものなのだろうか。

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言うまでもなく、「働き方」は、本来、「無駄な残業は止めよう」とか「家事に追われる女性を楽にしよう」とか、一歩進んでの「成長戦略に結び付けよう」というレベルで議論が終わるものではないと思う。右に列挙したことは、「そんなことは、当たり前」というレベルであり、ある意味、議論の余地がない。ポパー流に言えば「反論可能性」がない。

現代社会は激変しており、例えば、「AI(人工知能)の発達などにより、今後10~20年以内に自動化されてしまう可能性が75%ある職業についている日本の雇用者は全体の約半分」という研究(オックスフォード大と野村総研の共同研究)もあるが、かなりの高度な職種も含め、今後の仕事・働き方は一変するであろう。

また、昨年末からストレスチェック制度が導入されたが、職場での働き方への悩みなどから、現代社会では、メンタルの不調をきたす人が激増している。現在は、空前のベンチャー企業やソーシャルセクターブームであると言えるが、安定的な収入や大組織を選ばずに、生きがい・やりがいを求めて、スタートアップ企業やNPOに職を求める人も少なくない。

冒頭で引用したケインズは、世界大恐慌の翌年という恐るべきタイミングに(1930年)、『孫の世代の経済的可能性』という論考を発表し、「多くの人が伝統的な仕事や職を奪われ、圧倒的に多くの人々は何もすることがない状態となり、その状態に耐え切れず、精神を病んでしまうのではないか」という心配をしている。

そして、「天地創造以来はじめて、人類は、経済的問題というよりは、科学の力で、今後に獲得できるはずの時間を如何に使って、懸命に、快適に、裕福にくらしていくべきか、という本質的な永遠の課題に直面することになる」と結論づけてもいる。

もちろん、現代は、まだ、世の中は貧困に満ちており、休む間もなく長時間労働を強いられている人が少なくない。ただ、クリエイティブにリーダーシップを発揮して、如何に人生を豊かに彩るか。人生の中核にある「働く」ということに関して、「何を軸とし、何のために」ということをどう意識し、体現し続けるのか。こうした課題は、かつてより鋭く我々に迫ってきていることは間違いない。

こうした本質的な、働き方の本義に迫る議論が、有識者会議等で展開されることを願ってやまない。

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