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長谷川豊氏の暴言を超えて行こう

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フリーアナウンサーの長谷川豊氏が「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!今のシステムは日本を亡ぼすだけだ!!」(*1)という題名のブログ記事を書いて批判を受けている問題。

最初に聞いたとたんに「ああ、長谷川豊氏だし」と思うとともに「ちょっととんでもないところに放火しちゃったなぁ」と思った。なぜなら、透析患者の数は少ないとは言えず、この物言いは多くの人を敵に回すだろうと考えたからだ。

僕自身は透析患者ではないし、身内にもいない。しかし、街を歩けば透析患者を送り迎えするワゴン車を見ることがよくあるし、透析センターを設置する病院もよく見かける。透析患者が全国で何人いるかは詳しくは知らなくとも(*2)、多くの人が透析患者だったり、その家族だったりすることは、そうした経験を踏まえれば簡単に予測できることだ。長谷川豊氏はきっと街をちゃんと歩いたこともなければ、透析患者やその家族と知り合うような幅広い人間関係も持っていないから、このような安易な文章を書くことができたのだろう。

長谷川豊氏は多くの批判に対して「自堕落な患者だけに言っている」とか「誤解を受けている」などとして、自身の発言を正当なものだと考えているようだが、多くの人が批判するとおり「自堕落な患者」と「自己責任でない患者」を区分けすることは不可能である。同じ食生活を送っていても、その人の体質で結果は大きく異なる。そのいいわけが全くいいわけになっていないことは言うまでもないし、未だに自堕落な患者云々という話は決して撤回していない。

最近の日本では、このような安易な「選択と集中」を大声で繰り出す人物を「リアリスト」などと呼んで褒め称える状況があった。しかし、今回の問題はそうした暴言をリアリズムであるかのように持ち上げることが、どれだけ多くの人にとって不利益であるかということを、明確に表したと言える。

最初に発表した文章の中で長谷川豊氏は「8割9割の患者は食生活と生活習慣が原因であり、自業自得である」と主張している。(*1)

仮に長谷川豊氏の言うとおりに8割の自己責任の透析患者を排除したとして、残りの2割の透析患者が、これまでの8割分の医療費を得て、より最善の医療を受けられるようになるかどうかを考えてみよう。

まず、8割の透析患者が減ったことにより起こることは「8割の透析施設が無くなる」ということが考えられる。病院だって経営であり、需要が無ければ供給もない。需要が8割無くなるのだから、供給も8割減だ。つまり、単純に考えれば、全国4300箇所以上にある施設は860箇所以下になるのである。

この数だけを見れば十分に思えるかもしれないが、人口密度が高い地域はともかく、低い地域ではより多くの施設が成り立たなくなる。これまでは近いところにあった人工透析センターが山を越えた隣町や都道府県庁所在地にしか無くなってしまうという事態も起こりえる。

また、町中で見かける送迎車は、送迎を行うのに十分な患者数がいるからこそ効率化されて成り立っている。利用者の数が減れば、送迎車は人数を埋めるために遠回りになり、送迎の時間が延びるだろう。中には患者数が少なすぎたり、透析患者の住む場所が離れすぎて、送迎車を出せなくなるということも考えられる。患者さんは透析の後にひどく体調が悪くなるということだから、そんな患者さんに電車やバスに乗って帰ることを余儀なくさせることが最善の医療ではないことはいうまでも無いだろう。もちろん家族の送り迎えなども、一人暮らしの人は無理だし、送り迎えだけでも家族にとっては相当な負担である。

家庭で簡易的な透析を行う腹膜透析でも月に1、2回、病院で行う血液透析なら週に2、3回の通院が必要ということで、単純に考えただけでも、患者の8割がいなくなれば、残り2割の患者の医療環境も大きく悪化すると言える。

そして何より、もっと根本的な問題は「卑怯者がいるのではないか」という考え方自体が、透析患者を危機に陥れるということだ。患者の8割が助成の対象から外され、2割の患者は「やったー!俺たちの医療は安泰だ!!」と喜ぶだろうか? いや、残りの2割の人たちも自分が医療の場からいつ放り出されてもおかしくないという状況に戦々恐々とするしかないだろう。

また、今回の言論は「殺せ」という文脈において行われている。長谷川豊氏は「キツメのスラング(崩し言葉)」(*3)などと主張するが、そのことが透析患者やその家族に対する脅しとして成立することに全く気づいていない。もちろん、長谷川豊氏が透析患者を殺すとは思わないが、医療費削減という今の日本社会においては是とされる論理において「殺せ」という文脈を肯定することは、透析患者を「医療費の無駄遣いをしている患者群という悪者」に仕立て上げることを意味する。

その「悪者」を始末するために、相模原の障害者施設で連続殺傷事件を起こした容疑者のように、透析センターを襲う個人が出るかもしれない。国や行政が、かつてナチスが行った4T作戦とは言わないが、透析患者などに対する偏見を高め、自己責任とするような宣伝を行うかもしれない。また長谷川豊氏はそもそもこの意見を「医師への取材によるもの」としている。ということは、患者を診療している医師の中に患者に対して「自己責任なのだから死ね」と思っている人がいる可能性すらある。

日本の少なくない障害者や、また健康を害している人たちが、こうした医療を取り巻く悪意の中で、排除とその結果としての死という不安を抱きながら治療を受け続けなければならないというのは、当人やその家族はもちろん、いずれ健康を失って行くであろう、今はまだ健康と言える自分たちにとっても、非常につらいことなのである。

お笑い芸人、ブラックマヨネーズの吉田敬氏は「長谷川豊氏に悪意がないのは、読んだら分かる」とし、批判する人たちに対して「誰かに頼まれて批判をしているのか」という長谷川豊氏を擁護し、批判者を腐す趣旨のツイートをした。(*4)

しかし今回、多くの人が長谷川豊氏を徹底的に批判しているのは、決して誰かに頼まれているからでもない。また長谷川豊氏を叩くことが楽しいからではない。長谷川豊氏を批判する多くの人たちは「私たちは、安易に自己責任論を振り回し、他人に死ねと言う人を支持しない。だから安心して欲しい」ということを、当の透析患者や、また相模原の障害者殺傷事件に続く障害者批判でショックを受けている人たち、そして健康に不安を抱く人たちに対して、一生懸命に伝えているだけなのである。

今回、テレビ大阪や読売テレビといったマスメディアが、長谷川豊氏を降板させたことは、大いに支持したい。いくら個人が安心して欲しいと伝えても、長谷川豊氏のような人物がマスメディアという多くの人の目に付く場所で高笑いを続ける限り、私たちのメッセージは気休めにしかならない。実際に私たちのメッセージが気休めではなく、本当に多くの人が十分な医療を受けられる環境を望んでいるのだと正しく理解されるために、長谷川豊氏や、安易に彼を支持する人たちは一刻も早く表舞台から姿を消して欲しいと、僕は願っている。

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