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花束は「生者」に送られている~宇多田ヒカルと母 - 田中俊英

■死者という他者はいつまでも生きている

僕は祖母を20代で亡くし、父を30代なかばで亡くした。

叔父も不幸な事故のようなもので亡くし、ほかに何人か親しい友人が死んだ。

また、詳しくは書けないが、支援の仕事でかかわってきた若者も、数人が旅立ってしまっている。

その全部の葬儀に出席したわけではないものの、出席した通夜・葬儀ではいつも棺の中に眠る個人たちを見てきた。故人たちは棺桶のなかで「花束」に囲まれ、鼻には綿で詰め物をされてはいるが、いずれも微笑的なものを浮かべている。

女性は「薄化粧」を施されている。

それらの死の一つひとつを、僕は今も時々思い出す。死の知らせを聞いたときは、予想通りの出来事であったり、あまりに唐突な知らせで時間が止まってしまったような感覚を抱いたこともあった。

ただそれらの死から年月が経ってくると、それらの出来事の一つひとつに徐々に意味が付け加わり始める。

また、死んでしまった人々は明らかに僕の心のなかではまだ死んでおらず、ある種の「他者」として日々語りかけてくる。特に50才を超えて早朝目覚めるようになってくると、プルーストが『失われた時を求めて』のなかで亡き恋人を思い続けて回想にふけったように、それら死者の声が僕に毎朝語りかけ、ある種の発見へと導く。

僕にとって、その発見の具体化が実はこのYahoo!記事だったりするのだが、それだけ死者という他者はいつまでも生きている。いわば、死者は常に生きている者に語りかける。

■「花束を君に」の作者

宇多田ヒカルの新譜が、全米iTunesにランクインしたそうだ(宇多田ヒカルも驚いた!新アルバムが初登場で全米iTunesアルバムランキング6位を記録&称賛の声)。「人間活動」の間に母の藤圭子を失ってしまった宇多田はそれでも、『エヴァQ』の主題歌「桜流し」を歌い(同曲は東日本大震災という出来事と被害者に捧げられた歌だが、死者全般への弔いの歌でもある)、NHK朝のドラマの主題歌(「花束を君に」)を歌い、母の死を相対化した。

その作品たちは見事で、「オートマティック」から始まった宇多田の作品史は完ぺきに塗り変わったと僕は思っている。

ここはアート論を書く場所ではないから深入りはしない。が、30才そこそこの若者(宇多田)が母を亡くした時、母である「君」に対して花束を捧げるということの意味は考えてしまう。

「花束を君に」の歌詞のなかに出てくる「薄化粧」は明らかに死に化粧のことだと思うが、その死に化粧を施された母を見ながら(藤圭子の死のあり方から実際に顔を見ることができたかどうかはわからない)、宇多田は「花束を君に」と思った。母に花を捧げたい、たむけたいと思ったようだ。

亡くなった身近な人に対して、お礼か応答かはわからないが、それまで受けてきたさまざまな思いを込めて「花束」を捧げる。具体的には棺の中の、その顔の付近に一つひとつ置いていくのかもしれないし、花という象徴を心の中に住み続けている母のイメージに対して貼り付けたのかもしれない。

いずれにしろ、「花束を君に」の作者は、死んでいった母に対して花を捧げる。

■花束は、「君に」ではなく、現実の生者に捧げられている

と、この歌に関して、あるいは宇多田の亡き母に対する思いとして、僕もずっと思ってきた。が、冒頭にも書いたように、死者は常に生者を見守っている。死者が死者として残された生者の中に定着すればするほど、不思議なことにその存在はある種の実態をもった存在として、我々生者のなかに宿るようになる。

死者は死者でありながら、ある種の生者として、現実の生者である我々の横にいる。死者でありながら生者以上の大きな存在感を持ち、あえていうと、生者である我々を常に励ます。

僕の祖母や父は、その思い出とともに僕を複雑な心境にさせながらも、励ます。町の集会場の駐車場で自ら炎の中の死を選んだ叔父も、人懐っこい笑みを浮かべて僕に語りかける。死んでしまった高校時代の友人も、好きな山下達郎のレコードをかけながら、恥ずかしそうに僕を見る。不幸にも亡くなった若者たちも、そこではにかんでいる。

花束は、「君に」ではなく、僕に、あるいは現実の生者である我々に捧げられている。生きている我々、生者である僕らを死者は花束になって励ましている。

つまり、花束を君にの「君」は、死んでしまった人ではなく、生きている我々に捧げられているように僕には思えるのだ。宇多田は、亡き藤圭子から励まされ、我々は死んでしまった人々に毎日支援されている。

そんなことを考えてしまうほど、最近の宇多田はある意味別次元に行ってしまった。全米iTunesベストテン入り、おめでとうございます。★

※Yahoo!ニュースからの転載

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