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義母の老人ホーム探しも夫(太田光)はノータッチ。全部、私が一人でやりました(笑) - 「賢人論。」第3回太田光代氏(中編)

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特別インタビュー「賢人論。」第3回(中編)太田光代さんは「近所の老人ホームだから時間ができたらフラッと会いにいけるというメリットは大きい」と語る

いずれは介護問題が自分に来ることはわかっていた、という太田光代氏。しかし自身の母親が熱中症で倒れてしまったことから同居を開始、その後、夫である太田光さんの母が骨折で要介護になってしまたっという。つまり、「2人の母親の介護」が短期間で振りかかることになってしまったのだ。想定外の時期と状況で降りかかってきた“介護”多忙な中、はたしてどのように夫婦で「選択」を行ったのか?自身が経験した介護問題について、その経緯から伺ってゆく。

3度も熱中症で倒れた母…一人暮らしを続けさせるのは無理だと思った

みんなの介護 お母様と同居するきっかけは?

太田 2013年の夏に熱中症で倒れたことが最終的な原因でした。でも実は母は毎年倒れていて、これで3回目だったんですね。

みんなの介護 3回も熱中症で倒れたんですか!?

太田 そうなんです(笑)。熱中症になった理由は、老人によくある典型的な「クーラーをつけてない」というもの。ご近所の方から連絡をいただいて、一人にさせておくわけにはいかないし、毎年倒れた後は私の家に来ていたんですよ。もともと、いずれは母を引き取るつもりでいましたから、10年前から母用の部屋は作ってあったんです。だから「いつでも来てください」って言ってたんですけど…お話してるように母と私は性格が合わないものですから、しばらく過ごすとその後自分の家に帰ってしまうんです。ただ、3回目でしたからね。もうワガママは言わせない、という“三度目の正直”でした。

みんなの介護 そこで同居が始まったわけですが、そうすると今度は光さんのお母様の介護問題が勃発したと。

太田 私ももともと「介護をどうするか」というのはそこまでちゃんと考えてなかったんですよ。ただ、年齢的にうちの母のほうが義母よりも歳上なので、うちの母の介護が先に来るだろうな、とは思っていました。でもそんな矢先、義母が骨折をして入院してしまったんですね。義母は数年前にもともと大腿骨骨折をしていていたんですが、この時は大丈夫だった方の大腿骨を折ってしまった。なのでリハビリがなかなか進まないし、もう家には帰せないな、ということになったんです。

夫(太田光)に義母の意思を確認するように言っても、「わかった」ばかりで一向に話が進まなくて

みんなの介護 光さんのお父様は2013年に亡くなられて、お義母様は一人暮らしをされていたんですよね。

太田 そうなんです。正直、その時私は「2人とも引き取ってもいい」と思ってたんですよ。私は普段仕事で家にいませんし、嫁姑問題もないと思ってますし…もともと義母はさばさばしていて、実の母親よりも好きなくらいでしたから(笑)。でも、大事なのはまずは義母自身がどうしたいか、ということ。そしてそれを聞くのは私ではなく、実の息子である夫のほうがいいだろうな、と思ったんです。既に私の母は家に居るわけですから。

でも「聞いてくれ」と夫に頼んでも「わかった、わかった」って言うだけで一向に聞いてくれない。時間は過ぎていくんですけど、入院していられるタイムリミットは迫ってくるわけです。

みんなの介護 医療機関ですし、ずっと入院したまま、というわけにはいかないですよね。

太田 太田にとっては、それもわからなかったんでしょうね。そこで仕方なく、夫の父方のご親戚と、義母方の親戚に相談をしました。「私としては一緒に住んで欲しいけれど、お義母さんはどう思っているだろうか?」と。そうしたら、親戚の皆さんに「絶対にやめたほうがいい」と声を揃えて言われたんです。なぜなら「嫁と姑」なら喧嘩しながらでもなんとかやっていけるだろう。でも「姑と姑」だと、それまでまったく違う生活をしてきた同士が家で2人でいることになる。絶対にうまくいかないよ、と。

みんなの介護 確かに、よほど上手くいかないかぎり難しい状況になる可能性がありますね。

太田 話していく中で思いあたったのが、母の性格です。前編(「母との仲は悪かった。母に反発する自分も嫌で、高校から家を出たんです」)でお話したように、母は「私はなんにもできないの」という性格。しかし義母はシャキシャキしてる方なので、ヘタしたらうちの母の面倒を義母がみることになるのではと。しかもうちの母のほうが年上ですし…それはありうるし、絶対に嫌でした。

特別インタビュー「賢人論。」第3回(中編)太田光代さんは「人間関係を新しく構築していける新規オープンの施設に入居できたのはラッキーだった」と語る

義母の老人ホーム探しも夫(太田光)はノータッチ。全部、私が一人でやりました(笑)

みんなの介護 かといって、お義母さんに自分から話を切り出すわけにいかない、と。その状況を打開したきっかけは何だったんでしょう?

太田 そうこうしている間に、義母が主治医の先生に伝言を託したんですよ。「光に任せているといつまでたっても埒が明かないし『光代さんに一任します』と言っていただけますか。そして、光代さんがどこかいいと思う施設を探してもらえますか?」と。主治医の先生も「さすがお義母さん、息子さんのことをよくわかってらっしゃいます」と言ってましたね(笑)。

みんなの介護 その言葉を聞いた時、光さんの反応はどうだったんですか?

太田 夫はここまでの言葉と判断を聞いてようやく、「なんか施設探してほしいって言ってるけどどうなの?」と義母に確認に行ってましたね。疲れるんですよ、もう(笑)。

みんなの介護 そこで施設探しをスタートしたとのことですが、具体的にはどのように行っていたんですか?

太田 主治医の先生がいくつか資料を取り寄せてくださって、まずはそれらを見て回りました。スタートしたのが2014年の1月だったんですが、まず条件としては「自宅から近いこと」が第一でしたね。もともと義母は埼玉に住んでいたので、遠くてなかなか会いに行けなかったというのもありましたから。それで4~5軒検討していた段階で、その年の2月に入居スタートという新しい施設がたまたま近くに見つかったんです。

新しい施設だと人間関係の面でも心配は少ないですし、建物もきれい。施設の規模もそんなに大きくなくて、40部屋くらいなんですね。自宅からも自転車で通える距離。これはいいな、義母が気に入ってくれれば…と思いました。

みんなの介護 施設は最初から有料老人ホームを想定されていたんでしょうか?

太田 そうですね。もう、退院のタイムリミットがありましたし、私も夫も仕事がある。特養に入居申請をして順番待ちをしている時間がなかったので…結果的に義母も「ここでいい」と言ってくれてホッとしました。

みんなの介護 ホームの下見はご夫婦で回られたんですか?

太田 そこも私ですね(笑)。でも向こうは仕事がありますし、収録で身動きとれないことが多いので。私は社長業と言っても比較的動けますし、ホームも見学時間が決まっていますから。ただ、最終的に決める時は2人で見て決めました。

これからはどんどん施設自体が足りなくなっていくんでしょうけど、当時は入居時はまだ新しい施設が「増えていく」時期だったということ。また、杉並区で探したんですが、杉並区自体がそういった施設が比較的増えている場所ではあるんですね。そういう意味では幸運だったかもしれません。

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