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「証拠漁り」か「証拠隠し」か~袴田事件に見る証拠リスト開示をめぐる攻防 - 小石勝朗

 刑事裁被告や弁護人は、検察が持つ証拠にどんなものがあるのか、その全容を知ることはできない。検察は有罪の立証につながる証拠しか出さないから、被告にとっては圧倒的に不利である。被告や弁護人が「こちらに有利な、こんな証拠があるはずだ」と開示を求めても、検察に「ない」と言われてしまえば、それ以上、追及する術はなかった。

 しかし、後を絶たない冤罪事件を見ていると、検察の「証拠隠し」が常態化しているのではないか、という疑念は晴れない。そもそも社会正義の実現のために公権力を行使して集めた証拠なのだから、公平に取り扱うのが原則に違いない。たしかに、個別には関係者のプライバシーを侵したり隠滅工作をされたりする可能性があるかもしれないけれど、少なくとも検察がどんな証拠を持っているかを示すリスト(表題の一覧表)くらいは被告側に渡せるはずだ。

 ということで、5月に成立した改正刑事訴訟法には、争点や証拠を絞り込む公判前整理手続きなどの段階で被告や弁護人が請求すれば、検察は保管するすべての証拠のリストを交付しなければならない、との規定が盛り込まれた。12月までに施行される。盗聴拡大や司法取引の導入などで批判を浴びている今回の刑事司法改革だが、これについては一歩前進と評価して良い。

 被告や弁護人にとっては、リストをもとに、公判で自らに有利になりそうな証拠の開示を求められるようになる。もちろん、それを開示するかどうかは検察や裁判所の判断にはなるが、今よりは公平な裁判を受けられそうだ。検察や警察にとっても、証拠をオープンにすれば捜査や立証の正当性を裏づけることにつながるだろう。

 ところで、この証拠リスト交付制度は通常の刑事裁判が対象である。有罪が確定した人が冤罪だと訴えて裁判のやり直しを求める「再審請求」への適用は、明文化されていない。

 しかし、再審を請求している、あるいは請求しようとしている事件ほど、無罪主張に説得力があるかどうかを検証するために、改めて証拠を精査する必要性は高いはずだ。それに、再審請求は事件発生から時間が経ってから行われることが多く、関係者のプライバシーを侵害したり捜査妨害につながったりする可能性は少ない。今回導入される証拠リスト交付制度を、再審請求に生かすことができないだろうか。

 こうした観点も併せる形で、再審請求審で証拠リストを開示するかどうかが争われているのが「袴田事件」(1966年)である。死刑が確定した元プロボクサー袴田巖さん(80歳)は2年前に静岡地裁で再審開始決定を受けて釈放されたが、検察が即時抗告したために審理は東京高裁で続いている。証拠リスト開示をめぐって、袴田さんの弁護団と検察はそれぞれどんな主張を展開しているのか。その攻防の様子を見ていこう。

 検察に対して証拠リストを開示するよう勧告してほしいと、弁護団が即時抗告審で高裁に申し立てたのは、2015年6月だった。

 弁護団は申立書で、それまでの審理で開示請求する証拠を具体的に特定するために、確定記録やその後に入手した証拠などをもとにして「必要以上の労力と時間」を費やしてきたと主張。検察がいったん「存在しない」と回答しながら後になって「見つかった」と言って出してきた証拠があった経緯も指摘しながら、証拠リストの開示は「適正・円滑な審理のためにも必要性がきわめて高い」と強調した。

 ちなみに、後で見つかった証拠とは、犯行着衣とされた「5点の衣類」を発見直後に撮影したカラー写真のネガを指す。検察は静岡地裁の審理で2度にわたり「存在しない」と回答していたが、地裁の再審開始決定から間もなくして「警察にあった」と申告。しかも弁護団にその事実を告げる前に、自らに有利な新証拠とするべくネガを学者の鑑定に出していた。

 さらに弁護団は同9月、物的証拠のリスト(領置票)に絞って、検察に開示を命令するよう高裁に申し立てた。

 しかし検察は、領置票の開示を拒否する。弁護団から証拠が十分に特定されない形で開示請求がされた場合でも検察は適切に対応しているから、開示請求のために証拠リストが不可欠というわけではない、と反論。弁護団はリスト開示が必要な理由を具体的に述べていないとして、領置票の開示請求を「証拠漁り的な目的」と批判した。

 これに対して弁護団は「どのような証拠があるか知らなければ、必要な証拠物すべての開示請求などできるはずがない」「リストであれば、プライバシー侵害などの弊害もない」と主張。弁護人が依頼者に有利な証拠を収集することを「『証拠漁り』と言うのであれば、重要な弁護活動そのものであり、非難される理由はない」と断じたうえで、検察が再審請求審になるまで自らに都合の悪い証拠の存在を明らかにしていなかった例を挙げて、領置票の開示拒否は「証拠隠し」に通じると咎めた。

 ここで言う検察が隠していた証拠とは、5点の衣類のズボンのタグに関する製造業者の証言のこと。ズボンは袴田さんには小さくてはけなかったが、検察はタグに記された「B」の文字がサイズを示しており、ズボンは犯行後に味噌に浸かって縮んだと主張し、死刑判決の拠り所の一つになった。製造業者の調書には「B」はズボンの色を表すと記載されていたが、検察はもとの裁判に出さなかった。

 続いて弁護団は今年6月、改めて証拠リストの開示を検察に勧告するよう、高裁に申し立てる。改正刑訴法に盛り込まれた証拠リスト交付制度は「証拠開示を充実させて被告の防御権を尽くさせようとしたもの」で、「当然、この理は再審請求審にもあてはまる」との論理を展開。もとの裁判の時点で公判前整理手続きが導入されていれば証拠リストが弁護団に交付されていたとみられることも、開示請求の理由に挙げた。

 が、検察は、やはりリスト開示を拒否する。9月1日に高裁に提出した意見書で「理由がなく、必要性もない」と述べた。

 関係者によると、検察は意見書で、改正刑訴法に盛り込まれた証拠リスト交付制度は、公判前整理手続きでの証拠開示を円滑・迅速に進めるのが目的と捉えたうえで、「再審請求審と通常の刑事裁判とでは審理構造が根本的に違う」として再審請求への適用を否定した。また、審理に必要性や関連性のある証拠は検察に不利なものでも開示してきたとして、リスト交付の必要性を認めないと主張しているという。

 さらに検察は、弁護団の「証拠管理」のあり方にも疑問を投げかけている。問題視しているのは、警察での袴田さんの取り調べの様子を録音したテープの音声が、テレビ番組で2度にわたり放映されたこと。録音テープは検察が高裁で証拠開示したもので、1回目の放映後に弁護団が「慎重に取り扱う」と約束していながら2回目の放映がなされ、「資料協力:袴田事件弁護団」とのテロップまで流れたと指摘しているそうだ。刑訴法で禁止された「開示証拠の目的外使用」に当たると示唆したいらしい。

 これに対して、弁護団は9月15日の検察、高裁との三者協議で反論書を提出した。

 再審請求は通常の刑事裁判とは異なるとの検察の主張には「再審請求審においても、証拠リストの開示が、弊害もなく円滑・迅速な証拠開示に有効」との見解を改めて表明。必要性がないとの理由に対しても「弁護人が証拠開示を請求するに当たって実質的な支障があるとしてリスト交付を求めているのに、検察官が『支障がない』と拒むこと自体、不合理かつ不当」と批判した。

 録音テープのテレビ放映については「遺憾」としながらも、「放映によってプライバシー侵害など関係者の権利侵害の問題は生じなかった」との見方を示し、テレビ放映によって「検察が証拠開示に対して消極的になる理由はない」と立論した。

 こうした主張の応酬を受けて、高裁は11月の次回三者協議で、リスト開示請求に対して何らかの判断を示すとみられている。弁護団によると、高裁はこれまで領置票について「事実上の開示勧告」をしており、7月の三者協議でも検察に「検討してほしい」と開示を促したという。ただ、ここに来て検察は「テレビ放映問題」を前面に打ち出して強く抵抗しているそうで、高裁がどんな判断をするか予断を許さないようだ。

 再審請求審での証拠リストの開示に法的な規定はないが、逆に言えば裁判所の裁量で開示を求めたり促したりすることはできる。たとえば、狭山事件(1963年)の再審請求審では、昨年1月に検察が物的証拠のリストを弁護団に開示している。279点が記されており、うち44点は弁護団が存在を知らなかったものだという。開示されたリストに供述調書や捜査報告書は含まれていないが、物的証拠だけのリストでも意味は大きいのだ。

 袴田事件の特殊な事情を勘案する必要もある。

 静岡地裁の再審開始決定が警察による「証拠捏造」の可能性に言及するなど、5点の衣類をはじめ、死刑判決の支えになった証拠には不審な点が数多い。さらに前述したように、ズボンのタグやカラー写真のネガといった証拠の扱われ方や開示に至る経緯にも、不自然さは否めない。

 検察がほかにも袴田さんに有利な証拠を隠しているのではないか、という疑念を持たれるのが当然の状況なのだ。「隠している証拠はない」と言うのならばなおのこと、検察は証拠リストを積極的に開示すべきだろう。

 たしかに、録音テープのテレビ放映については、弁護団の脇の甘さを批判されても仕方のない面があるとは思う。ただ、放映は一義的にはマスコミの問題で、取材・報道の自由や取材源秘匿との兼ね合いもある。証拠の目的外使用に当たるかどうかと、証拠リストの開示が必要かどうかとは、分けて考えるべきだ。

 死刑判決の正当性がここまで崩れてしまった事件なのだから、今からでも真相解明を少しでも進めるために、検察にはぜひ、自主的に証拠リストを開示してほしい。拒むのであれば、裁判所は開示勧告、あるいは開示命令という強い姿勢で、検察に対応を促してほしい。それが社会正義にかなうに違いない。

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