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法廷技術の世界へようこそ。

「法廷技術」という言葉は、(特に法曹界以外の皆さんにとっては)耳慣れない言葉かと思います。

我々の業界で「法廷技術」という言葉が意味するのは、裁判員裁判における公判活動(冒頭陳述や最終弁論、尋問、異議)における(弁護人の)スキルをさす場合がほとんどだといってよいでしょう。

裁判員裁判が日本で導入されることになり、それまで書面中心だった日本の刑事裁判は、一般の方が、法廷で弁護人や検察官の主張立証内容を理解し、心証を形成できることを目指す「法廷中心」の裁判に変わることとなりました(なったはずです!!)。
刑事裁判は「法曹だけ」がわかればよかったものから、「法曹じゃない人」もわかるように変わらねばなりませんでした。

そこで、一般人が刑事裁判に参加する陪審制度を古くから採用しているアメリカ合衆国の法廷技術を日本の刑事裁判でも普及させようということになりました。日弁連はプロジェクトチームを作り(その後委員会に昇格)、各弁護士会や日弁連で全国から弁護士を集めて、実演型の研修を行うようになりました(この経緯、かなり省略しています)。

この法廷技術のスキルで一番のポイントは、極めてざっくりいうと、「メモを持たない」「シンプルな言葉・表現」と思います。
例えば冒頭陳述や最終弁論などでは、弁護人の事件の見立て・あるべき結論を事実認定する裁判官と裁判員に対して「説得」しなければなりません。
説得するには、その人の目を見て語りかけなければなりません。メモを見ながらやっていては始まらないわけです。
また、耳で聞いてすぐにわからない言葉や言い回しを使っては、すぐに理解してもらえません。理解してもらえないのですから、共感してもらえるはずもないのです。ですから、難しい専門用語や言い回し、複文的表現を使わず、シンプルに伝えていくことが必要になります。

尋問でも同じことです。
メモを見ながら尋問をしては、メモにばかり気を取られて証人や被告人の話を聞かずに結果として頓珍漢な質問をしたり、必要な答えを言わせようとするがために、かなり無理筋な質問をしてしまうということになります。
難しい言い回しや言葉を使えば、証人や被告人に質問の意図が伝わらず、お門違いな答えが返ってきてしまう危険性もあるわけです。

法廷技術の教えには様々なルールがありますが、テラバヤシ個人としては、スキルのなかで一番大切なのはこの2つだろう、そう考えています。

法廷技術の教えは小手先のスキルに尽きるものではありません。様々なスキルを支える根本には「依頼者の利益を守る(自分たちの主張に対して裁判官や裁判員に共感してもらう)」、「法廷にいるすべての人に敬意を払う」、「フェアな姿勢で法廷に臨む」などといったポリシーが存在しています。

テラバヤシは、実は、先に紹介した日弁連の法廷技術を普及させる活動を行う委員会に所属しております。こんなご立派なことを言っていてなんですが、怠惰な私は、委員会に所属している割にスキルが向上している様子はさっぱりありません。ですが、これまでお話しした法廷技術の教えは、基本的には正しい(注:細部に渡ると委員会内部でも見解が割れたりします)と考えています。

悲しいことに、この技術には、「アメリカ人向けの大仰なプレゼンスタイルに過ぎず、日本人や日本の裁判には向かない」という根強い反発があります。そして、「裁判員裁判」だけのための得意な技術であると考えている弁護士も少なくありません。裁判官の中にも、強い反感をお持ちの方が少なからずいるようです。

しかし、テラバヤシとしては、法廷技術の考え方(特に尋問について)は、裁判員裁判だけに特化したものでもなければ、刑事裁判だけのものでもなく、民事事件や家事事件(離婚など)の法廷活動についても当たり前にあてはまるものだと考えています。

まず、根本的なポリシーのうち「依頼者の利益を守る」「フェアな姿勢で法廷に臨む」というのが刑事裁判以外の場面でも当然必要とされるのは、誰でもわかることだと思います。
しかし、民事事件や家事事件の法廷で、何より忘れてならないのは「法廷にいるすべての人に敬意を払う」ということではないでしょうか。

民事事件や家事事件において、尋問が行われるのは原告と被告の二者であることが圧倒的に多いといえます。とすると、刑事裁判における「被告人と目撃者」「被告人と被害者」という関係にもまして、ガチンコで利害が対立する者が同席して順に尋問を行うことになるわけです。

「法廷にいるすべての人に敬意を払う」という意識を持たないと、自分の依頼者の反対当事者(原告から依頼を受けているのであれ被告、ということですが)に対して、威圧的・侮辱的な姿勢で尋問をしてしまうことになります。
具体的には、うそを言っているだろうと決めつけたり、相手方当事者の回答を歪曲してとらえて次の質問をしたり、ひどい弁護士に至っては、相手方当事者が座っている証言台のすぐ近くに立って、上から当事者を見下ろして尋問を続けたりします。

また、「法廷にいるすべての人に敬意を払う」という意識を持たないと、なにか書面や物を見せながら尋問をしている最中に裁判官や書記官にお尻を向けて、尋問している様子を見えなくするという失態を犯しがちになります。つい先日もこんな場面に出くわしました。

これが自分の失敗だけなら別に構わないでしょう。
しかし、こういう振る舞いは、弁護士本人やその主張に対する信頼を失墜させます。最終的には、依頼者の利益が守れなくなってしまうわけです。

スキルという点でも「メモを持たずに」「シンプルに」が重要であることは間違いありません。
原告や被告は、法律の知識がない一般の人です。テレビで見てる裁判所の証言台の前なんかに座って極度に緊張しています。
当事者がどんな精神状態なのかを把握して、その状態に合わせて話しやすいように尋問を行う、何を聞いているのかすぐに理解してもらう。そのためにはやはり、当事者に目線を向けながら、シンプルに行うことが一番なのです(とはいえ、このテラバヤシも、民事家事の法廷で完全にメモなしで尋問をやり遂げることはいまだできていないことをこの場において自白しておきます。ですが、メモにかぶりつきにはならずに、一問ごとに依頼者と目線を合わせることは忘れないようにしています…という苦しい言い訳)。

最近は、一般の方が法廷で裁判を傍聴することが増え、刑事裁判だけでなく、家事事件や民事事件の尋問にも当事者と関係のない皆さんがちらほらと傍聴にいらしています。
メモにかぶりつきで当事者の顔も見ずに尋問をしている弁護士、批判めいた口調で相手方当事者に尋問している弁護士、相手方当事者と言い合いになっている弁護士などを見かけた方も少なくないのではないかと思います。

「尋問が苦手だ」と感じている弁護士も、実のところ少なくないようです。
「私は尋問が大好きだ」なんて言う弁護士、テラバヤシの周りでは、先ほどお話しした日弁連の法廷技術の委員会のメンバーくらいしかいません(法廷技術のオタクの集団といっても過言ではありませんので)。

「苦手意識」を持っている人の多くは、その苦手意識の理由を戦略的な部分に求めたり、自分のキャラクターに求めがちですが、実際のところは、「心構え」や「スキル」を持たないというところに負うのではないかと思います。
私も「尋問大得意」とはまだ到底言えませんが、法廷技術の研修を何度も受けたり、果ては講師なんぞをするようになって、心構えやスキルが身に着いていくとともに、徐々に苦手意識が払しょくされ、尋問の準備で「これを引き出すにはどう聞くのが効果的か」と考えるのが、楽しくなってきたほどですから…

なので、裁判員裁判なんてやらないよという弁護士も、法廷技術の研修を受ければいいのに、なんて思ったりしています。
志やスキルが高い弁護士がハイレベルな尋問を繰り広げる法廷は、刑事でも民事でも離婚でも、そりゃ迫力があって、裁判官が居眠りするなんてこともなくなるでしょうから。

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