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無関心、無関係に助けられている「改革」路線

 今回の司法改革「路線」は、結果として国民の無関心に助けられているのではないか、と思うときがあります。何を言いたいかといえば、改革の結果に対して、国民は自らにかかわる問題として厳しい眼を向けることがなく、推進論者が責任を追及されることもなくて済んでいる、ということです。

 これはある意味、司法にとっては皮肉な結果ともいえるかもしれません。無関心を生み出しているのは、いうまでもなくむしろ推進論者が乗り越えたかった縁遠さであるということもいえるからです。弁護士が過剰に増えようが、法科大学院制度が失敗しようが、そして、それがどういうずさんな見込みや利害打算が絡んでいようが、「私たちには直接かかわりない」「かかわらないで済むはず」と、距離を置いてみることができる。「かかわりがない」という認識が先に立てば、当然、批判的捉え方は後方に押しやられます。

 常道とはいえ、推進するときは、それこそ「こんなに変わる」「こんなにかかわりがある」と国民にアプローチした「改革」が、雲行きがあやしくなれば、「変わらない」「かかわりがない」という国民の認識で批判を浴びない、助けられるなどということがあっていいのでしょうか。「市民のため」と豪語したはずの弁護士会はどうなのでしょか。この結果に対して、本当に「市民のため」ということを優先した姿勢といえるのでしょうか。

 「かかわりがない」という認識が薄く広がっているのならば、あくまで国民にかかわる「失敗」は伝えず、その向こうに必ずややってくるメリットを言い続けることもまた、たやすくなるように思います。

 「国民にかかわる決定的な実害を、社会が認識するまで、改革『路線』はとまらないのではないか」

 こう語る弁護士がいました。弁護士が増え、その経済環境を激変させ、それとあいまって強制プロセスである法科大学院制度の負担とともに、まるごと法曹界に人材が来なくなり、結果、将来的に弁護士という存在そのものが変質する。生存をかけた弁護士たちが、結果、生きるために「自治」を自滅に追い込むかもしれない。人権擁護としても、サービス業としても、弱者はさらに救われない。数は増えても、身近でも、使いやすくもなく、安心もできない。淘汰による良質化もなければ、低額化もなく、それどころか、独立した弁護士という資格さえも消えていく――。

 そのくらいになって、ようやく「かかわりがない」と考えてきた層も含めて、「これはどうしたことか」「何か意味があったの?」と本気で気づくのではないか、と。もちろん、そのころには、すべて手遅れであり、もちろん責任追及などという話にもならない、と。

 「年収200万円弁護士、依頼を求めて町から町へ」。こんなネット上の記事が最近、話題になりました(「日刊SPA!」9月6日)。紹介されているのは、中部地方の田舎町で開業する55歳の弁護士の話。30歳で司法試験合格後、バブル期に登録し、年収1000万円超のイソ弁時代をおくった彼が独立開業後、仕事を求めて過疎地をさまようことになったという話です。

 最近、また多くなってきた感がある弁護士の経済的窮状にスポットを当てた記事ですが、こだわりたいのは、この記事が一体何の意味があるのか、ということです。こうした記事の多くは、以前も書いたように、エリート「没落」の好奇の目に支えられているといえますが、こうした状態に陥った原因について、全く言及していないこの記事は、その典型といえます(「弁護士『没落』記事の効果」)。

 弁護士増員政策にかかわる点への言及がないこの記事では、数が増えても事件が増えない状況がこの弁護士の運命にかかわったという以上に、何も伝わるものがありません。仕事が続かないのは、「(彼の)気の利かない性格や会話の少なさが災いしてる」などという、「近しい人」の声をご丁寧にひけばなおさら、自己責任という読み取り方もしてしまいます。もちろん、個人にかかわるエピソードは、現象を象徴する一方で、「そんな人間ばかりでない」という例外視を生み出してもおかしくありません。

 まさに「かかわりがない」「関係ない」という社会の視線のなかで、それに向けられて書かれた記事といえます。「へーそうなんだ」という反応以上のものを、期待していないものといっていいかもしれません。もちろん、それ以上のことをこの記事に期待するのもおかしいという見方はできます。しかし、好奇の目に応えるだけで終わる弁護士が大変、法科大学院が大変、志望者が減って大変で終わるメディアの取り上げ方にも、改革「路線」は助けられているようにみえるのです。

 ただ、一方でこの記事は、「路線」に対して、一つだけ確実に有り難くない真逆の効果を生む可能性があるとはいえます。いかにも経済的価値がさがってしまった資格としての弁護士の姿は、確実に志望者をこの世界から遠ざけるからです。その「効果」がもたらす意味もまた、この記事から読みとられることはないはずです。弁護士の仕事の魅力を語れということがしきりと言われ、あたかも現実が語られることがネガティブ・キュンペーンであるかのような言い方も推進派から聞こえてきますが、そういう方々は、こうした現実について、どこかで社会の例外視の方を期待しているといえるかもしれません。うまくいっていない奴もいるけど、ほとんどはあなたのイメージ通り、経済的にもいまだエリートですよ、と。

 「助けられている」という言い方をしてきましたが、あくまでそれは「路線」を維持したい側にとっての話。司法改革が最終的に「市民のため」になるものであるべきというのであれば、これもまた真逆の効果を生み出すといわなければなりません。司法が身近になるメリットを実感できないまま、気が付けばデメリットだけが回ってくる。そんな「改革」だけはあってはなりません。

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