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日本はいつマルセーラを解き放つのか?――『サバイバー 池袋の路上から生還した人身取引被害者』 - 安田浩一 / ジャーナリスト

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1999年5月、コロンビア生まれのシングルマザー、マルセーラ・ロアイサは池袋で夜の街に立った。「ケリー」の名が与えられ、話せる日本語は「ニマンエン(2万円)」のみ。母国での苦しい生活から抜け出すためにエンターテイナーとして日本にやってきたが、その実態はヤクザと「手錠(マニージャ)」と呼ばれるコロンビア女性による管理売春だった――。

コロンビアでベストセラーとなった手記「ヤクザに囚われた女――人身取引被害者の物語」の日本語訳『サバイバー 池袋の路上から生還した人身取引被害者』から、ジャーナリストの安田浩一氏による著者独占インタビューを抄録する。(ころから編集部)

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「恐怖は消えない。イレズミのように」

「怖い」と彼女は言った。

おそるおそる、私の顔を覗き込む。小動物が天敵に囲まれたときのような怯えの表情が浮かんでいた。

話の接ぎ穂を失いたくない私は、「こわいですよね、わかります」とあいまいな相槌で応えるしかない。 後に続く言葉を探しあぐねる私を気の毒に思ったのだろう。

「ごめんなさい。あなたが悪いわけじゃないんです」

彼女は慌てて付け加えた。

米国西部の某都市──砂漠地帯の乾いた風が吹き込む小さなホテルの一室で、私はマルセーラ・ロアイサと会った。

本書の訳者でマルセーラと面識のある常盤未央子がいなければ、おそらくは相当にぎこちないインタビューとなっていたはずだ。緊張と怯えで固くなったマルセーラの心を解きほぐしたのは、常盤の明るい性格と優しい気遣いであったことは最初に記しておく。

マルセーラは続けた。

「日本人の男性を目の前にすると、どうしても昔の記憶がよみがえってしまうんです」

日本から逃げるようにしてコロンビアへ帰国した経緯については本書でも描かれている。「許してください」と繰り返す彼女の困ったような顔を目にしながら、彼女の心の中に刻印されているであろう日本の風景を、日本の男を、私は思った。

マルセーラは日本のヤクザに追われている。少なくとも彼女はそう思い込んでいる。当然のことだ。彼女を”取り引き”したのはヤクザであり、そして彼女は日本において”商品”であり続けることを拒否した。マルセーラの逃亡に外形上、どれだけの正当性があったとしても、ヤクザのビジネスを破壊したことには違いない。契約の不履行に暴力で応えるのが斯界の筋だ。年月が経とうとも、彼女が日本で目にした暴力の風景は消えることがない。

「過剰な恐怖心だと思われるかもしれません。恫喝と脅迫によって、私自身が洗脳されているのかもしれません。でも、そう思い込んでしまっている時点で、すでに彼ら(日本のヤクザ)のワナにはまっていることを意味するのだと思います」

マルセーラは「それが悔しい」のだと、泣きそうな顔で訴えた。

マルセーラの言によれば、実際に”報復”の犠牲となった者もいるのだという。同じペレイラ出身の女性だ。その女性もまた、日本から逃げて故郷に帰ってきた。ヤクザの暴力と搾取に耐えられなかったからだという。女性は帰国してから3週間後に死んだ。花の配達人を装ったヒットマンに、自宅の玄関で撃たれたのだ。地元では女性の死が「ヤクザの報復」だと信じられている。

真相は明らかとなっていない。いや、マルセーラにとって真相よりも重要なのは、同じ境遇の女性が殺されたという事実だけだ。人身取引は、有形無形の圧力によって成立している。その回路を断ち切るには、ときに銃弾を浴びる覚悟も必要だということを、教え込まれてきた。いまでも彼女は自宅のドアがノックされるたびに緊張を覚えざるを得ない。花束の中に隠された拳銃が自分に向けられる悪夢から逃れられないでいる。

「恐怖は一生、消えない。ヤクザのイレズミと同じです」

彫り込まれた種々の色彩を払い落とすかのように、マルセーラは自らの腕をさすった。

「わたしたちは奴隷ではない」

「いまでも、なぜもっと早く逃げなかったのかと聞いてくる人は少なくない。監視と暴力システムを知ってしまえば、逃げることがいかに困難なのか、誰でも理解できると思うのですが……」

そう、簡単なことではないのだ。「想像してもらうことのほうが少ないけど」とマルセーラは嘆いた。毎日、 10人の客を取り、10日ごとにマネージャーへ10万円を渡す。転廃業の自由も、自立もない世界。

「いつしか働くことの意味さえわからなくなってくる。これが私の人生なのだと思い込むことで、毎日をやり過ごしていました」

働くことの意味や誇りなど持ちようがなかったのだ。

仕事を終えてコンビニでおにぎりを買う。それをユンケルで流し込む。

「唯一、美味しいと思えた日本食。そして、唯一ホッとできる瞬間でもありました」

それは終業後に手作りの餃子を口にしたときだけが「まだ人間なんだと実感できた」と話した中国東北部出身の実習生の姿と重なる。この実習生(女性)は後に実習先の縫製工場を労働法違反で訴え、裁判で慰謝料を勝ち取った。勝訴した際、報道陣の前で広げた垂れ幕には「我們不是奴隸(私たちは奴隷ではない)」と記されていた。

その実習生も、仕事そのものを嫌ったわけではない。ささやかな希望と誇りをもって働くことができたかもしれないのに、日本側が取り決めたシステムがそれを許さなかった。

私がここであえて実習生を持ち出すのは、外国人セックスワーカーと実習生が、日本における人身取引の被害者として、国際的に認知されているからである。

米国務省は世界各国の人身取引に関する状況を調査した報告書を毎年公表している。報告書では日本の状況について「外国人女性への売春強要」と「外国人技能実習制度」がともに人身取引に等しい行為であると指摘。日本は主要先進国のなかでは最下層評価のロシアをやや上回る程度の評価認定を受けている。

もちろん、そもそも米国に他国を評価する資格があるのかといった疑問を感じる方も少なくはないだろう(私もそう感じてはいる)。また、たとえば本書においても、凄惨な暴力シーンなどほとんど書かれていないのだから、「人身取引」「人身売買」「奴隷的労働」といった定義づけに違和感を持つ向きもあるか もしれない。だが、直接的な暴力や、暴力を用いての束縛がなくとも、自由で自律的な意志を制限することだけで、広範囲に「人身取引」「奴隷的労働」として捉えることは、いまや世界の常識なのだ。

この点は従軍慰安婦問題をめぐる日本社会の一部の認識とも似通っている。「強制連行」や「軍関与」の有無だけを問題の焦点とするならば、被害当事者の苦痛が見えてこないばかりか、国際社会からの批判をかわすこともできないであろう。

ましてやマルセーラはヤクザのコントロール下に置かれていたのである。

「実際、『逆らったら娘の葬式にも出られなくなる』とヤクザに脅されていました。その恐怖が、私を仕 事に向かわせていただけなのかもしれません」

そうした恐怖は、ときに正常な思考や判断力さえ奪い取る。

本書の中にも、毛嫌いしているはずのヤクザの幹部に恋心を寄せるような記述が出てくる。この矛盾は、しかし、時間が経過してみれば「説明が付くもの」だとマルセーラは答えた。

「本当に好きだったのかと問われれば、多分好きだったのだと思う。誰かに守ってほしかったし、すがりたかった。恋している間は守ってもらえると思った」

絶望のなかにあっても、どんな暗闇のなかであっても、人はわずかな灯りを探すものだ。そこから逃れるために。苦痛を忘れるために。そして、生きていることを確認するために。汚泥に満ちたドブ川にも花は咲く。マルセーラは一輪の花に一瞬の夢を託したにすぎない。

兵士に恋した慰安婦がいたように。

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