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「女性ポンプ車機関員第1号」を鍛えた初出場の苦い経験 -東京消防庁 中村さやかさん

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稲泉 連=文  村山嘉昭=撮影 Hair&Make-up=YOSHIE

全国初の「女性ポンプ車機関員」となり、女性消防官の職域を広げてきた中村さん。激務を乗り越える原動力になっていたのは――。

防火服に身を包んで赤いはしご車の前に立つと、それまで柔和だった表情が別人のように引き締まる。その鋭い目には、彼女が一人の消防官として、長年にわたって後輩の範であろうとしてきた矜持(きょうじ)が感じられた。

現在、東京・世田谷消防署に勤務する中村さやかさんは、全国で「女性初」となる火災現場の仕事を続けてきた。


東京消防庁 世田谷消防署 防災安全課 消防司令補 中村さやかさん●1969年生まれ。93年、東京消防庁入庁。蒲田消防署に配属。95年12月、全国初の女性ポンプ車機関員となる。目黒署、町田署、狛江署、消防学校(教官)を経て、2011年より現職。>

入庁は1993年。翌年に女性労働基準規則が改正され、女性が深夜業務に就けるようになると、消防ポンプ車を運転する機関員をすぐさま希望した。

女子大に通っていた頃から、自動車同好会に入るほど車が好きだった。社会に役立ち、かつ自動車に触れられる就職先を考えた結果、選択したのが消防官という仕事だ。

「それに、私の実家の隣が消防団の車庫で、火の見櫓(やぐら)があったんです」と彼女は言う。

思えば、幼い頃の記憶に強く残っているのは、地域で火災があるたびに聞こえた防災無線のサイレンだった。

消防団員が車庫に集まり、ポンプ車で出場していくのをいつも窓から見ていた。そして住宅地図を広げ、車庫から誰もいなくなっても、無線から流れ続ける指令を聞いていたのだった。

「無線で聞こえてきた番地を地図の上で確認して、出火場所を探していたんです。自分が消防官になったとき、そういえば子どもの頃からそんなことをしていたな、と不思議な気持ちになったのを覚えています」

中村さんが入庁した当時は、女性の消防官は火災現場に立つことができなかった。災害出場できるのは、24時間の交替制勤務職員だが、94年の規則改正まで、女性の深夜業務が認められていなかったからだ。

ポンプ車やはしご車の機関員はもちろん、消防艇、消防ヘリの操縦士にも女性は一人もいなかった。

女性消防官が担当する業務は主に事務職で、防災訓練で消火器の使い方を指導したり、建物の検査や査察をするのが彼女たちの「現場」だった。つまり中村さんの世代は、その規則改正により選択の幅が広がった第1世代ということになる。

消火活動の要を担う機関員という仕事

【上】東京消防庁における機関スペシャリストの構成/機関スペシャリストは階級や経験年数に厳しい基準があり、女性は中村さんのみ。【下】仕事の必需品/水利などの位置を詳細に記した住宅地図。船舶免許や特殊車両の技能講習修了証も複数。

希望通り「女性初」のポンプ車の機関員になったとき、直属の上司からは厳しい口調でこう言われた。

「やるからには、決して途中で諦めずに続けなさい。今後は火災現場に立つ仕事を希望する女性が増えてくる。もし、君が辞めてしまえば、後進の道を塞ふさぐことになる。結婚しても出産しても続ける覚悟を持ちなさい」

ポンプ車の機関員とは、火災現場において重要な責務を担う仕事だ。ポンプ隊は主に4人体制で行動する。ポンプ隊の活動の指揮を執る隊長、火災家屋に突入し、ホースを伸ばして消火活動を担う隊員2人、そしてポンプ車を運転・操作する機関員である。機関員は、現場への最適・最速のルートを即時に判断すると同時に、「水利」と呼ばれる消火栓や防火水槽などから水を確保する責任を負っている。

また、ホースに水を送り込む水圧を調整するのも大切な仕事だ。水圧が高すぎるとホースが暴れて隊員が支えきれなくなり、弱すぎると消火能力が損なわれる。常に「最適」を保つ冷静さが求められる。機関員は、消火活動を後方で支える要なのである。

だが、機関員になって初めての出場は、中村さんにとって苦い思い出となった。そして、「あれが自分の原点になりました」と彼女は振り返る。

その日は、ある住宅街で火災があり、当時所属していた消防署から2台のポンプ車で出場した。

「初めての出場に、緊張でハンドルを握る手が震えました」

火災現場に近づいたとき、隊長の命令で十字路を曲がると、彼女の隊は後方から来るポンプ車との連携が取れなくなり、水利からの送水の中継が遅れた。担当するポンプ車に積まれた水は1t。放水開始から2分で空になってしまう量だ。2分以内に後方のポンプ車から送水がなければ、ホースを持って活動する隊員に命の危険が及ぶ。

「たとえ隊長の命令であっても、現場へ向かう道に責任を持つのは機関員の仕事。常に自分の頭で考えるべきだったんです。二度と同じ失敗をしないようにと、心に刻み込みましたね」


機関員のユニフォームを着て、はしご車の前に立つと表情がきりっと引き締まる。「後輩には、けっこう厳しいことも言いますね(笑)」

そのときの苦い経験は、機関員になって2度目の出場で早くも生かされることになる。

深夜、ある大倉庫で発生した火災は「第3出場」と呼ばれる大規模なものだった。中村さんのポンプ車は現場に最も早く駆けつけ、初動を担った。

そのとき、中村さんはポンプ車の放水準備を的確に行い、前回の失敗を挽回するような目覚ましい活躍を見せた。この消火活動は高く評価され、彼女は消防総監賞を受けている。

「無事に火を消し止め、すすで真っ黒になった隊員が疲れ切って戻ってくる。『お疲れさま』と言って車で彼らを迎えるときが一番ほっとします。その瞬間が、この仕事の大きなやりがいです」

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