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「ブルキニ騒動」が示す「ヨーロッパの空気」 - 大野ゆり子

 南仏の海岸で、今夏、女性の水着をめぐって熱く議論された「ブルキニ」着用問題。本来人前で肌をさらしてはならないイスラム教徒女性が全身を覆う水着「ブルキニ」は、「政治的な挑発」(サルコジ元大統領)なのか、「女性の奴隷化の象徴」(ヴァルス首相)なのか、それとも個性溢れるファッションなのか――。フランスの地方自治体が出したブルキニ禁止令は国務院(フランス行政裁判での最高裁)で無効とされたが、この問題が象徴する、「ホスト国」である西欧諸国がイスラム教徒にどこまで「同化」を要求するのか、というテーマは、長引くテロとの闘いで焦燥するヨーロッパで、今後、ますます白熱する勢いだ。

トラック突入テロがきっかけ

 ブルキニ禁止の直接のきっかけはもちろん、今年7月にニースで起き、多くの犠牲者を出したトラック突入テロ事件である。無防備な海水浴客の傍で、全身を覆ったイスラム教徒が居たら、何かを隠していてもわからない、という治安上の議論が根底にある。しかし、何より個人の自由を愛し、不必要に他人に干渉しないという、これまでのフランス人の価値観が、パリ同時テロ以降、テロとの闘いによって、「異分子に同化の覚悟があるか」を常に問う、「戦時中の価値観」に、明らかにシフトしたように思われる。
 空気の中に、数年前から変化の兆しはあった。ちょうど2年前、パリのオペラ座でヴェルディのオペラ「椿姫」の上演時、劇場中央の最前列の観客席に「ニカブ」と呼ばれる目以外を覆った衣装を着たイスラム女性が座っていた。舞台上からそれに気づいた合唱団員が、「顔を隠している観客の前では歌えない」と公演中に抗議。それを受けた劇場の担当者が、休憩中に観客に近づき、「公共の場ではニカブの着用が禁じられている」と説明、観客は1枚230ユーロ(約2万5千円)という、最高ランクのチケットを購入していたそうだが、払い戻しを求めることもなく、静かにその場を立ち去った。フランスでは2011年4月から公共の場で、ブルカやニカブといわれるイスラム女性の衣装の着用を禁止する法律が施行された。違反すると約150ユーロの罰金と、「市民教育」のプログラム参加が義務づけられている。

空気が変わった

 この時は、オペラ座の処置は賛否両論を巻き起こした。この観客は「フランス化」の教育が必要な移民ではなく、湾岸諸国からの裕福な「観光客」だった。「やりすぎではないか」「よりによって愛と寛容を歌うヴェルディの演目で観客を追い出すとは」「顔を隠すなというなら、オペラ『仮面舞踏会』はどうする」「年間3000万人のパリの観光客にまでフランスの“非宗教”の原則を押し付けるのか」――。そんな様々な意見が噴出した。
 しかし、昨年のパリ同時テロ直後から、明らかに空気は変わっている。その様子は、ちょうど私が1991年にユーゴスラビアから独立したクロアチアの首都ザグレブにいた頃を思い出させる。昨日まで友達として、普通に暮らしていたクロアチア在住のセルビア人に対して、「あなたはどちらの人なの? ここに居たいならクロアチア人だと宣言してちょうだい」とクロアチア人が覚悟を詰め寄る構図。それに酷似している。
 今年7月末、ノルマンディーの教会で神父の殺害事件が起きた後も、多くのイスラム教徒が「連帯」を表明してその教会に集まり、カトリックの追悼ミサに参加して神父の死を悼んだ。
 今後もヨーロッパに居るイスラム教徒は、ことあるごとに、自分の立ち位置についての態度表明を求められるようになるだろう。

半世紀前はビキニで罰金

 それにしても、ISのテロリストとイスラム女性の水着「ブルキニ」には、一体どういう関係があるのか。ブルキニ禁止賛成派には、好きな服装もできないイスラム女性を、これを機会に「解放する」という「自由の伝道師」のような声が少なくない。しかし私がドイツの大学に留学していたころ、同級生のトルコ人イスラム女性は、自分の意志でブルカを着用していた。「ブルカを着用さえすれば、行動を制限する必要がなく、男性のいる大学、職場でも自分のキャリアを追求して、女性でもチャンスをつかめるから」だという。政教分離しているトルコは、他のイスラム諸国とは少し事情が違うにしても、ブルカやヒジャブさえ着用していれば獲得できる女性の自由を、禁止することによってかえって奪う危険性もある。
 米ニューヨーク・タイムズ紙では、女性の水着と社会の変遷の歴史を振り返り、1957年にビキニを着た女性が、カトリック国イタリアで公序良俗に反すると罰金を取られている写真を掲載し、たった半世紀で、「公序良俗」の感じ方がどれほど変わってしまうかを、読者に提示した。
 これから半世紀後、高齢化する西欧ホスト国と、出生率の高いイスラム系移民の人口の間での、人口比率も変わっていく中で、この夏のブルキニ写真は、後世の目にどのように映るのだろうか。

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