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司法試験の結果と伝わらない現実

合格者が昨年より267人減少し1583人となった今年の司法試験の結果について報じた9月7日付け朝日新聞朝刊には、主見出しに「合格率横ばい22.95%」と打たれています。新聞の原則にのっとって、このことだけから判断すれば、司法試験の合格率が「横ばい」で、依然伸び悩んでいるというところに、最も高いニュースバリューを見出したととれなくありません。また、見方によっては、同紙にとってこの結果から最も注目しているポイントはここであるという認識にもとれますし、少なくともこの記事の読者の目線はそちらに誘導されるとも考えられます。

 とにかく合格率が上がってほしいという「願い」を持っている方々はともかく、「改革」の問題に向き合っている弁護士界の人間のなかには、この点にミスリード的なものを感じる方は少なくないと思います。ただ、さらに気になる表現が本文中にありました。

 「政府は昨年、合格者数を『毎年1500人以上』とする目標を掲げた。受験者数や法科大学院の志願者の減少が続く中、その目標値をわずかに上回った」

 昨年6月30日、政府の法曹養成制度改革推進会議の法曹人口の在り方についての結果とりまとめには、以下のような記述があります。
 「法曹養成制度の実情及び法曹を志望する者の減少その他の事情による影響をも併せ考えると、法曹の輩出規模が現行の法曹養成制度を実施する以前の司法試験合格者数である1,500人程度にまで縮小する事態も想定せざるを得ない。そればかりか、このまま何らの措置も講じなければ、司法試験合格者数が1,500人程度の規模を下回ることになりかねない」
 「当面、これより規模が縮小するとしても、1,500人程度は輩出されるよう、必要な取組を進め、更にはこれにとどまることなく、関係者各々が最善を尽くし、社会の法的需要に応えるために、今後もより多くの質の高い法曹が輩出され、活躍する状況になることを目指すべきである」
 これを見る限り、この「改革」を推進する側にとって、「1500人」は積極的な「目標値」ではありません。ずるずるとさがってくる合格者数をなんとかここでくいとめなければならないという最低死守ラインというべきものです(「司法試験合格『1500人』政府案から見えるもの」)。今回の結果は、かろうじて死守に成功はしたものの、そのラインが脅かされているというのに近く、「目標値をわずかに上回った」という積極的評価にとれる表現は、前記政府とりまとめの危機的認識を反映していないといわなければなりません。

 ただ、一方で日弁連にとって、この「1500人」はまさしく「目標値」だったはずです。3月の臨時総会では、早期に1500人とすることをうたう執行部案が、その先の1000人を可及的速やかに実現することを掲げた招集請求者案を退け、可決されており、それが確認されています(「3・11臨時総会からみた『改革』と日弁連」)。今回の1583人という数値の評価として、弁護士会内にはその「目標値」はほぼ実現されている(されつつある)という見方と、いまだ実現されていない方を強調する見方があります。さらに、前記案を掲げた執行部サイドには、(当然といえば当然ですが)早速これを「成果」として結び付ける見方もあると伝えられます。

 しかし、これも前記記事同様、「達成されたもの」とみるのには違和感があります。日弁連のこれに対するどういう働きかけが功を奏したかが不透明なのもさることながら、この結果が導き出された現実、「朝日」記事がさらっと流している受験者数と法科大学院志願者数の減少という要素を考えれば、そういう評価にはとてもならないはずなのです。しかも、この現象を導き出している弁護士の経済的状況に対して、そもそも「目標値」の「1500人」が何も達成しないことをほかならない弁護士が一番分かっているはず、ということも付け加えなければなりません。

 この法曹養成・法曹人口問題をめぐっては、以前から不思議楽観論があります。なにもしなくても志願者が減り、母数が減ることによって法科大学院修了者の司法試験合格率は上がり、なにもしなくても司法試験合格者は減り、弁護士の数もいずれ一定数に落ち着くとか。そのなかで、この「改革」の枠組みも変えず、法科大学院制度がなんとか持ちこたえる着地点がいずれ見出されるのではないか、とか。

 司法試験の選抜機能の維持も、法曹志願者の質も、さらにその「着地点」までに弁護士はどういう存在になってしまうのか、その実害も含め、それらを完全に無視して語られる楽観論。とりわけ、なにも達成に向っていないことを分かっているはずの弁護士会から、表向きこうした楽観論に立っているともとれる見方が聞こえてくることをみると、彼らにとって「目標値」のはずの「1500人」も、「社会的需要に応えるため」という、これまた現実と矛盾した目的を掲げ、制度護持という真の目的を隠蔽した、前記政府見解と実は共通の「最低死守ライン」というところに、その意味があったのではないか、ということを疑いたくなるのです。もちろん、「朝日」のミスリード的表現にしても、「合格率」が制度護持に結び付くという楽観論とつなげてみることもできます。

 立場を反映したともいえる楽観論のうえでではなく、もっと悲観論のうえで語られなければ、「改革」の現実とこれからは伝えられないという気持ちを強く持ちます。

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