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雨宮処凛氏でも陥ってしまう罠~NHK女子高校生「相対的貧困」番組問題考2

■マイノリティ当事者は「語れない」

マイノリティ当事者はなかなか自分からは「語れない」。

これはポスト・コロニアル哲学の分野で、その代表的哲学者G.スピヴァクは名著『サバルタンは語ることができるか』(みすず書房サバルタンは語ることができるか (みすずライブラリー))のなかで指摘している問題だ。

が、スピヴァクの文章は翻訳といっても難解であり、僕も50回以上は読んでいるものの、完全に理解したとは言いがたい。たぶんスピヴァクが言いたいことはスピヴァク自身(というか、この「当事者は語れない」というテーマに気づいたものすべて)にも表現しにくいことなのだ。

それは、当事者の「単独性」、その当事者が世界でただ1人の存在であり、当事者が送る何気ない日常にしてもその何気なさはその当事者だけの「単独性」を帯びていて、その日常生活のなかにある当事者性、マイノリティの苦しみを「表象」していくとき、どうしてもその世界で1人だけの単独性が「こぼれ落ちてしまう」からだ。

そして、そうした単独性の問題に加えて、そのマイノリティ問題を「代弁」する者の考え方が、その当事者の単独性を彩ってしまう。

たとえば、「代弁する者」が思想的に平等主義者で人権主義者だった場合、その平等と人権を守るというある種の「イデオロギー」を主張するために、目の前の当事者の単独性を「一般化」してしまう。

たとえば、「貧困とはこうだ」云々で定義付けし、その当事者は個人的失敗から貧困に陥ったわけではなく、社会や経済や政治の「力」の結果貧困状態となり、その当事者はそれら「力」の被害者なのだと設定する。

■「透明化」

その操作は同時に、貧困問題を一般問題として社会に提示するその人(たとえばジャーナリストや学者)を「透明な存在」として背景化する。

スピヴァクはこの「透明化」に激しく怒っており、『サバルタン~』では、世界的哲学者のM.フーコーとG.ドゥルーズを糾弾している。「脱構築」で有名なデリダ派でもあるスピヴァクは、基本的にポストモダン哲学のこの2人を敬愛しているはずなのだが、それでも激しくその「透明化」を指摘する。

同書は、この2人を批判するところから始まるくらい、この「知識人(ジャーナリストや批評家や学者や政治家)による透明化」を警戒しており、当事者問題を指摘するときの「指摘する人の立ち位置」や、透明人間となるその人の思想や、たとえ透明人間にまでならなくても自らの思想を展開するために目の前の単独的当事者を広く一般化してしまう危険性(たとえば「貧困とは~の人で社会から貧困者にさせられた者」等)に配慮している。

当然スピヴァク自身の立ち位置も問われ、研究書の範囲内で懸命の自己紹介もしている。

僕もスピヴァクを尊敬しており(阪大で生スピヴァクの講演を一度聞いたが、実にかっこいい人だった)、たとえば今回のように、時々は僕自身の立ち位置を当コラムでも書くようにしている。

■「当事者は塗り替えられる」

また同書では、最後のほうに出てくるエピソードとして、「当事者は塗り替えられる(これは僕の表現です)」現象も指摘する。

自殺した若いインド人女性のエピソードがとりあげられ、記録上のその女性は、インド社会での恋愛関係のトラブルから自殺することになったとされる。

が、スピヴァクが別ルートから入手した情報を元に推察していくと、その女性は反権力的運動の闘士だった可能性があるとされる。自殺した事実は間違いないものの、それは恋愛のもつれではなく、社会の最底辺(サバルタン)に置かれたその若い女性が社会運動に参加した結果、なんらかの挫折に陥り自殺してしまった、その可能性も否定できないとスピヴァクは指摘する。

が、記録上は、その若い女性の自殺は恋愛のトラブルとして「処理」される。女性として行なった運動の挫折ではなく、女性の自殺の原因として社会的に受け入れられやすい恋のもつれとして処理される。

この一連の社会的操作が、「サバルタンは語ることができない」という意味なのだと言外にスピヴァクは匂わせる。

当事者の単独的な当事者性は、その当事者を一般化し説明していく段階で広く薄められ(一般化と発信者の透明化)、社会に受け入れられやすい通俗的な表象に変換される。

■貧困者は嘘をついても構わない

今回のNHK女子高生「相対的貧困」番組問題においては、この当事者を代弁する者(たとえばNHKディレクターや大勢の2ちゃんねらーや雨宮処凛氏らジャーナリスト等)が、自らを「透明」にしながら(雨宮氏は一番良心的だが、自分への言及は自らの思想を訴えるための語りに読めてしまう→記事 マガジン92016年08月31日 12:28すべての貧困バッシングは、通訳すると「黙れ」ということ~「犠牲の累進性」という言葉で対抗しよう~の巻)それそれが主張したい「貧困」を語る。

これに加えて、「貧困者とはこういうもの」という一般化された表象に当事者が当てはめられる。貧困者はエアコンをもってはダメ、貧困者は外食は許されない、貧困者はアニメショップに行ってはダメ等。

いずれも、その当事者の単独的名称ではなく、いつのまにかそれぞれが想定する通俗的な「貧困者」イメージに置き換えられている。その結果、単独的なこの女子高校生の、世界で唯一の単独的問題が隠れてしまう。

おもしろいのは、この単独性の隠蔽化作用のなかでは妙な「規範性」が出現し、たとえば「貧困者は正直」「貧困者は清貧」等のイメージもくっつくということだ。

当然ながら、貧困と「嘘つき」は同じ地平では語れない。社会の諸制度が指定する基準に達していれば、時々ありきたりの嘘をつこうが関係ない(生活保護を得るため嘘をつくことは法的に許されないからこれは別次元の話)。

貧困の定義と、日常的普通の「嘘」は、まったく別レベルだ。罪のない日常的嘘は、生活保護だろうがなんだろうがついたって構わない。それはまったく別レベルの話なのだが、我々の概念操作のなかで、「貧困者は清貧であるべき」という規範の力が働く。

以上のように、マイノリティ当事者の問題を「代弁」していくとき、透明化、一般化、通俗化、規範化というさまざまな力が働く。これらは「哲学」の領域だから、哲学者に力のない日本ではあまり整理されることがないまま、当事者が責められる。★

※Yahoo!ニュースからの転載

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