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市民活動とあぶない正義 ~こども食堂でケンカする大人たち

若新雄純=文

正義と正義のケンカ

最近、「こども食堂」が全国的に広がっています。子どもの6人に一人が相対的に貧困状態と言われるなか、家庭で満足に食事を取れない子どもや、親が働きに出ているために一人で食事をしなければならない「弧食」の子どもたちが増えています。そういう子どもたちに対して、格安や無償で温かい食事を提供する社会奉仕的なサービスです。食材は、賞味期限の問題で廃棄間近の食材や各家庭で余った食材などを集め、市民団体がボランティアで運営していることが多いようです。

社会的課題に地域で取り組むのはいいことだと思いますが、こども食堂は「恵まれない子どもたちのために」といった「施し」の色がどうしても強くなりがちです。また、実際に現場の人たちの話を聞いてみると、仕事以外の自己表現の場として、「自分の正義を体現したい」というモチベーションで活動している人が結構多いようなのです。

すると、そこでしばしば、正義と正義のぶつかり合いによるケンカが起こっているようです。たとえば、どこまでを貧困と捉え、どこまで施しの対象にするのか、食事の値段をいくらに設定するか、といったことなどで激しく揉めるらしいのです。ある人は「無料で提供したい」と言い、ある人は「ワンコインくらいは払ってもらうべきだ」と主張する。メンバーそれぞれが持つ正義と正義の対立から、「お前の主張は偽善だ」といったような口論まで起きて、組織が分裂したり、同じような活動を近くで始めてライバルとして妨害しあうようなことまであるようです。

正義を盾にして、活動の本質をを見失う。これは、他の市民活動やボランティアなどでもよくあることかもしれません。

誰が食べてもいい「ゆるい食堂」

僕が公共事業をお手伝いしている福井県鯖江市でも、市民活動のひとつとしてこども食堂をやろうという話になりました。そして、地元のスーパーや生協、商店などから余った食材の提供をお願いしました。ただし僕たちは、「恵まれない子どもたちのために」といった弱者支援のような態度はやめようと決めました。


ゆるい食堂の様子

代わりに僕たちが重視したのは、まず、食堂には「誰が来てもいい」ということです。貧困対策に携わる市民団体とも連携はしていますが、対象者を限定せず、あらゆる市民を対象にしています。もちろん、本当に困っている子や、普段一人でさみしく食事している子にも来てほしい。ただ、誰でも気軽に来て食べられるし、お代わり自由で、わいわい騒いで好きなだけ食べられる。誰にでも開かれた場であり、そのなかで「食べる」という幸福をみんなで体験できるような場にしたいという思いから、「ゆるい食堂」と名づけました。つまり、基本的にはごはんをみんなで楽しく食べる、というだけの場所なのです。

「ゆるい食堂」のもう一つのこだわりは、「食事をつくる人も楽しむ」ということです。食事に困っている子どもたちのためとか、貧困をなくすためという大げさな正義を大上段に構えるのではなく、まずはつくり手自身が得意の料理の腕で提供してもらった食材を活かし、楽しみながら運営できる場を目指しました。そのような趣旨で声をかけたら、賛同するお母さんたちが毎回10人以上集まってくれました。

スーパーや商店から余った食材を提供してもらうため、当日にならなければどんな食材が集まるか分かりません。だからメニューも当日にならないと決められない。それでも、お母さんたちは忙しい毎日のなかで家族のために手際よくおいしい食事をつくるプロフェッショナルなので、そういう機転の利かせ方が得意です。当日やってみたら、約2時間の準備時間の中で10種類以上の充実したメニューができました。そして、会場に来てくれた100人近くの親子に対して、すべて無料で食事を提供できました。

まずは自分たちが楽しむこと


若新雄純(わかしん・ゆうじゅん)
人材・組織コンサルタント/慶應義塾大学特任講師
福井県若狭町生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程(政策・メディア)修了。専門は産業・組織心理学とコミュニケーション論。全員がニートで取締役の「NEET株式会社」や女子高生が自治体改革を担う「鯖江市役所JK課」、週休4日で月収15万円の「ゆるい就職」など、新しい働き方や組織づくりを模索・提案する実験的プロジェクトを多数企画・実施し、さまざまな企業の人材・組織開発コンサルティングなども行う。
若新ワールド
http://wakashin.com/


終わったあとに、食事をつくってくれたお母さんたちは、「毎週でもやりたい」と言ってくれました。食材の準備などが大変なので、隔月での実施を予定していますが、自分たちがなにかをつくって提供するという充実した体験ができたからこそ、お母さんたちはそのように言ってくれたのだと思います。

100人に食事が無償提供できても、社会的にはきわめて微力です。正義を掲げても、問題は簡単には解決しません。まずは何よりも、自分たちが「楽しい」と思って取り組めることが、こうした市民活動の裾野を広げていくためにとても大切なことだと思います。

最初から「施し」の色が強くなることに違和感があるのは、正義の意識が強くなると、自分たちの勝手な理想で市民同士の衝突やトラブルを引き起こし、市民活動を窮屈であぶないものにしてしまいかねないからです。市民のボランティアにできることは限られていて、結局は手の届く範囲にしかサービスを提供できません。本当に必要なものをあまねく広く提供するには、政府や自治体が税金を使って公共事業として展開する必要があります。

市民活動の意義は、公共社会との接続窓口であるということだと思っています。自分の正義を体現する場所でもなければ、その責任をとれるようなものでもありません。まずは、自分のライフスタイルの中に、楽しくて前向きな時間のひとつとして取り入れていくことができればいいのではないでしょうか。活動に参加する人たちが楽しければ、「だったら私もやりたい」という人が徐々に増えていって、それが各地に広がっていく。そうすればいつかは、新しい社会インフラのひとつになっていくかもしれません。

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