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性行為は愛と暴力どちらに基づくか

コンビニの成人コーナーに並ぶ雑誌と、リアルな性行為、そして少女マンガ。

私にとって、この3つの間には埋められない溝がある。

私は、夢見がちな子どもだった。

童話に出てくるような、みんなが優しくて、悪い人がいない世界が大好きだった。

今でも、残念なことにそれは変わっていない。

くまモンやひこにゃんには「中の人」がいて、時給制(安いことが多い)で働いていることは分かっているのに、それには目をつぶり、くまモンがやんちゃでいたずら好きな実在するクマの子と思い込んで、「くまモンかわいい…」とか言っているのだ(きもちわるい)。

また、「花とゆめ」で連載していた「ぼくの地球を守って」というマンガが好きだった。

あらすじは省くが、テーマの一つに「輪廻転生」がある。

主人公の二人は「前世は恋人どうし」。私はその「特別な絆」に憧れた。

たぶん、互いが互いのオンリーワンで、それを裏づける前世という運命(さだめ)が好きだったのだろう(あほだから)。

主人公の課題の一つに「前世の束縛から自由になること」があるが、最終的に二人は、前世の絆をも超えて、現世を生きる互いの意志で再びお互いを選びなおす。

ぼくの地球を守って 1 (白泉社文庫)

ぼくの地球を守って 1 (白泉社文庫)



他にも、「赤毛のアン」のアンとダイアナのように、互いが互いの一番の親友みたいな設定にめちゃくちゃ憧れた。

友情は、恋愛のように欲望(性欲)を介することなく、好意と信頼だけでつながることができる。

親友は、プラトニック関係の最高位であり、これは今も憧れたままだ。

さて、そんな私も、小学校高学年のときに性教育の授業を受けた。

生理のくだりは、「股から血が出る」ことが衝撃で覚えているが、性行為のくだりは全く覚えていない。

たぶん理解できなかったのだろう。

なにしろ、「赤ちゃんはコウノトリが運んでくる」と本気で思っていたのだから。

そして、「コンビニの成人コーナー的」な、男性が描く性行為に出あったのは、中学生のころだ。

それは、父の本棚にあった西村寿行だった。

西村氏は、バイオレンス小説をメインに幅広い作品を書く人気作家で、おもしろい小説も多い。

だから、批判したいのでも、表現の自由を狭めたいのでもない。

だが、私のような夢見がちな子どもの性教育の教材としては、最悪だった。

西村氏による行為の描写は独特だ。

男性の象徴、ここではその音読みから「だいこんさま」と呼ぼう。

西村氏の世界では、女性は皆、行為を拒んでいても「だいこんさま」を入れられた途端に豹変する。

入れられたら最後、「だいこんさま~」「だいこんさま~おめぐみを」と神のようにあがめたて、だいこんさまを求めるようになる。

「入れたもの勝ち」「だいこんさまこそ正義」の世界である。

西日がまぶしい部屋で、黒い喪服からのぞく真っ白な水蜜桃を、だいこんさまが背後から責め立てる話があった。

その女性は喪中で、亡き夫を心から愛していたのに、大嫌いな男性のだいこんさまで狂ってしまう。

だいこんさまの行為には、その女性である必然性はない。

だいこんさまの怒りがおさまれば、誰でもいいのだ。

さらに言うと、男性にすら、その男性である必然性はない。

人間ではなく、だいこんさまが主体なのだから。

そこにあるのは、暴力と支配とむき出しの欲望だけ。

夢見がちなお子さまだった私は、衝撃を受けた。

それまで行為の詳細を知らなかったのに、毎月血が出る部分にだいこんさまを入れられることが、コウノトリの真実とは。

しかも、それを行うと「だいこんさま~」と狂ってしまうらしい。

そしてその行為は、愛情ではなく暴力によって成立するらしい。

「互いが互いのオンリーワン」という必然性は、出る幕もないのだ。

少女マンガは、100%の愛(または虚構)で成りたっている。

コンビニの成人コーナーは、100%の暴力で成りたっている。

リアルな性行為は、何%かの愛と何%かの暴力、何%かのそれ以外で成りたっている。割合は、人によってちがう。

大人になってリアルを知った今も、私はこの3つの間の溝を埋められていないようだ。

実際、性行為は愛と暴力、どちらに多く基づいているのだろう?

愛がメインの性行為を体験できる人は、結婚できない男女が増えつつある今、おそらく少数派だろう。

恋人や配偶者がいても、必ずしも体験できるとは限らない。

私が思う「恋愛エリート」は、多くの人にモテる人ではなく、愛100%の性行為ができる特別な相手と出逢える人だ。

そしてそれは、普通のエリートになるよりも難しい。

対して、暴力がメインの性行為は、相手がいなくても、コンビニの成人コーナー的なもので疑似体験できる。

「入れたもの勝ち」「だいこんさまこそ正義」、つまり、最初が強姦でも和姦になれば無罪、和姦にできる性能を持つだいこんさまこそ正義、といった価値観も、ネットや事件でたびたび目にする。

えらい人でも普通の人でも、だいこんさまに振り回されて一生をダメにする人はたくさんいる。

「体験しやすさ」「思い込みやすさ」から言えば、愛<<<暴力であり、多数派はこちらなのかもしれない。

暴力に屈せず、性行為は100%愛に基づくべき、と言いたい。

でも、男性の衝動は分からない。

「私にとっての真実」「あなたにとっての真実」は、愛と暴力どちらに基づいているのだろうか?

*出てくる作品については、あえて、子どものころ私がうけた印象(つまり、子どもだった私にとっての真実)だけで書いているので、いろいろ違っていたらすみません

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