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吉田沙保里、勝ち続けるにはなぜ「悩まない力」が必要なのか?

レスリング選手 吉田沙保里 取材構成=山口雅之 写真=公文健太郎



アスリートはもちろん、ビジネスマンだって最後にものをいうのはメンタルの強さだと思います。今回は強いメンタルの獲得の仕方についてです。

メンタルを鍛えるのは環境と意志

メンタルの強さというのは、見た目に表れるものではないので、鍛えるのもまた難しいといえます。

私自身は、まあ強いほうじゃないでしょうか。そして、それは吉田家という環境のおかげです。

子どものころからずっと私は、父の目の届くところでレスリングをやってきました。学校が終われば走って帰ってきて自宅の道場で練習、週末は出稽古か大会。友だちみたいに、日曜日は遊びに行きたい、もっと自由な時間がほしいと思ったこともありますが、だからといってそれを父に訴えたことはありません。言ってもどうにもならないとわかっていたからです。

ウチはウチ、ヒトはヒト。吉田家には吉田家のルールがある。それが父の揺るぎない信念でした。

しかも、父はとてつもなく怖いので、父に「こうしろ」と言われたら、家族は「はい」と従うしかないのです。

いまでも忘れられない出来事があります。中学生のころ、全国大会を一カ月後に控え、気合いが入りすぎたのか、私は練習中に左手を脱臼骨折してしまいました。

緊急手術を受け、手首の折れた部分を三本のボルトで固定し、さらに全体をギプスで覆われたため、左手は動かすこともままなりません。

この状態では優勝どころか、戦うのも無理です。当然、大会は欠場だと思っていました。

ところが、そんな私に父はこう言ったのです。

「片手でも戦える」

私は耳を疑いましたが、父は平然としています。もちろん、反論の余地などあるはずもなく、これで強行出場が決まりました。

困ったのがギプスです。いくらなんでもギプスをしたまま試合はできません。しかし、手術をしたばかりの私の左手首からは、三本のボルトが肌を破って二センチも突き出ているので、ギプスを外すのは無理。

仕方がないので母と一緒に病院に行き、渋る担当医に親子で何度も頭を下げ、ボルトの突き出している部分を削ってもらいました。それで、試合当日はその部分をテーピングでぐるぐる巻きにして出場したのです。

といっても左手は折れたままですから、私にできるのは右手一本のタックルだけ。でも、父はそれで勝てるといいます。そして、本当に片手だけで戦って、優勝してしまいました。

こういう環境で育てば、それは嫌でもメンタルは強くなります。

だから、メンタルを鍛えたいなら、できるだけ厳しい環境に身を置くことです。

あとは、やっぱり自分の意識。

イチロー選手は高校に入学して野球部の寮に入るとき、寝る前の10分間は必ず素振りをすると決め、それを卒業まで1日も欠かさず続けたという話を聞いたことがあります。

素振りならやる気さえあれば誰だってできます。だけどそれを3年間続けるには、強靭な精神力が必要です。

イチロー選手だってきっと、今日は疲れているからさぼろうとか、1日休んでもどこかで取り返せるとかいう悪魔のささやきに負けそうになったことだってあると思います。

だけど、負けなかった。妥協しなかった。

そうやって自分で自分の心を鍛え、強靭なメンタルを獲得したからこそ、後に数々の栄光を手にするようになったのです。

苦しくても絶対に相手より先にギブアップしない、強い心の持ち主になる。絶対になってみせる。

そういう覚悟がなければ、いくら世界チャンピオンに教わっても、メンタルを強くすることはできません。

座右の書、ありません

他の競技の選手から、コンディショニングやトレーニング方法といった専門的なことを質問されることはわりとよくあります。

そういうときは別に隠す必要もないので、「私ならこうするよ」と、自分のことはだいたい何でも話しますが、どうしたらいいかアドバイスしてほしいと言われると、ちょっと困ってしまいます。

私のやり方は、あくまで私にとっての正解。それが他の人にも当てはまるかどうかはわからないからです。

そう「ウチはウチ、ヒトはヒト」です。

私はいつもそうなので、私のほうから他のアスリートの方に質問したり助言を求めたりすることもまずありません。

同じ理由で、他のアスリートの方が書いた、心の整え方みたいな本も読まない。読んだらきっといいことが書いてあるんだろうとは思います。でも、自分は自分です。書かれていることを真似しようとは思わないので、そうしたら読む必要ないじゃないですか。

それに、困ったときは全部ポジティブに考えればいいという究極のプラス思考だと、あまり悩むこともないし、根性とか忍耐とかはレスリングでじゅうぶん鍛えてあるので、いまさら本から学ぶこともないなって感じです。

もちろん、そういう本を読んで助けられたとか、ヒントが見つかったという人もいるでしょう。そういう人はそれでいいんじゃないでしょうか。

ただ、私は私。

これは一生変わらないと思います。

※このインタビューは『悩まない力』(吉田沙保里著)からの抜粋です。

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