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国民に終戦を伝えた「玉音放送」とは? 早稲田塾講師・坂東太郎の時事用語

 8月8日、天皇陛下の「お言葉」のビデオメッセージを「平成の玉音放送」と呼ぶ方もいました。1945年8月15日に流された昭和天皇のそれを彷彿させるという意味です。主権者であった当時の昭和天皇と「象徴」の今とでは体制や憲法が違うとはいえ、天皇の言葉の重みを改めて感じさせた出来事でもありました。

 今日は「終戦の日」。昭和天皇が国民に向けた玉音放送について、あらためて振り返ってみたいと思います。

堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ

 1941年12月に始まった太平洋戦争は45年になると敗色が覆いがたくなっていました。4月、海軍出身で天皇の側でお世話などをする侍従長の経験があった鈴木貫太郎が首相になると「終戦」「和平」が次第に現実的課題として浮上します。

 7月、日本と戦っていた連合国の米英中3国首脳によって日本が終戦できる条件などを決めた「ポツダム宣言」が出されました。連合国軍による占領、武装解除、戦争犯罪人の処罰、無条件降伏などを示しています。

 8月9日深夜から翌日にかけて昭和天皇も臨席した御前会議で、東郷茂徳外務大臣らが「皇室の確認」のみを条件に宣言受諾すべきと主張、他の条件も加えるべきであるという軍トップらと話し合いがつかず、鈴木首相は陛下の「思し召し」をあおぐと発言し、昭和天皇も東郷外相に同意すると答えて「天皇統治大権のみを条件」とする受諾がいったん決まりました。連合国側の回答が天皇の地位に関してあいまいであったのを受けて14日に再び御前会議が開かれ、昭和天皇の受諾意思が再び示されたため、同日、「終戦の詔書」として連合国側に通知しました。いわゆる「聖断」です。

 詔書を録音して天皇自らの声を日本放送協会(NHK)ラジオを通して国民に広く知らしめるというアイデアは下村宏情報局総裁の発案という説が有力です。天皇の肉声をじかに届けて理解を得、同時に徹底抗戦を叫ぶ一部の軍の動きを抑えるといった狙いがあったようです。内大臣(天皇の補佐役)であった木戸幸一の日記には11日にラジオ放送が「聖上の思召」であるという記載があります。

 録音は14日深夜から行われ、翌日正午に約5分間流されました。録音・放送状態が十分とはいえず、また漢語調の難しい表現であったため、国民が内容を直ちに理解できたかには疑問が残っていますが、その後の解説や口づてで「陛下の決断で戦争が終わった」という事実は同日中にはほぼ伝わったようです。

 内容をかいつまんで略記すると、

(1)ポツダム宣言を受諾した
(2)戦局は不利である
(3)さらに「殘虐ナル爆彈ヲ使用」(原爆投下)してきた
(4)このまま戦争を続ければ民族滅亡まで至りかねない
(5)戦争の死傷者や家族などつらい思いをした国民に対しては非常に心を痛めている
(6)今後の苦難は並大抵ではないが「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ」和平を選択した

といったあらましでした。

 有名な「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ」は木戸日記10日に天皇が木戸へ「勝ち目はもはやない。武装解除や戦争犯罪人の処罰は、その対象が忠誠を尽くした者と考えると実に忍びがたい」と語ったというところから推察できそうです。

 玉音放送の意味は、前述のように終戦を主権者である天皇自らの声で知らしめるという効果を期待していました。したがって15日は「ポツダム宣言受諾を国民が知った日」です。受諾そのものは前日の14日で、正式な休戦は9月2日の降伏文書調印となります。

●エピソード

 「玉音」の「玉」とは天皇そのものを指すので、天皇の肉声という意味があります。実は天皇の声を多くの一般国民が聞いたのは事実上、これが初めてでした。放送事故のような形で流れたのが一度だけあります。この「初めて」というのも国民の関心を大いに高め、結果として終戦の「聖断」は強烈に意識されていったようです。

 また多くの人が8月15日を「雲一つない晴天だった」と記憶しています。井上ひさしは自身の小説で、主人公が検証すべく気象庁を訪れて調べたら「東北地方と北海道の空は灰色だった」と分かったと記しています。終戦直後の当時の文言を読むと「新日本建設」「祖国再建」など、まるで新世界に乗り出すようなキャッチフレーズが目立ち、47年からは空前の出産ラッシュ(第一次ベビーブーム)が訪れました。「終戦=敗戦」という事実に悲しんだ国民も、やがて到来した平和のすばらしさに生きがいを見つけ、結果として日本人が戦争の終わりと認識する15日の天気まで「晴天」と記憶したのかもしれません。

 玉音放送後も納得しない一部の軍人が反乱を起こそうとしたり、自殺したりする出来事がありました。しかし多くは「承詔必謹」つまり「詔=終戦」の詔書を謹んで守るという概念で未然に抑えられました。

 ポツダム宣言受諾に反対して玉音放送の原盤を奪取しようという軍人の動きもありました。録音終了後の15日未明、皇居を守る近衛師団の第一師団長を殺して偽の師団長命令を出して皇居を占拠し、必死で録音盤を見つけようとしたのです。しかし不穏な空気をあらかじめ察していた玉音盤を預る徳川義寛侍従が巧妙に隠していたので、ついに発見できませんでした。近衛兵はやがて撤退します。他の反乱メンバーは自らのクーデターに参加すべく呼びかけたものの不発に終わり、最後には鎮圧されました。

 1915年8月1日、宮内庁は戦後70年の節目で「玉音放送」を録音したレコードの原盤(玉音盤)を初めて公開するとともにデジタル録音した音声も公開しました。マスコミでしばしば使われる音声はコピーで原盤の再生は長らくなされていませんでした。宮内庁のWEBサイト(http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taisenkankei/syusen/syusen.html)で聞くことができます。

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■坂東太郎(ばんどう・たろう) 毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師、日本ニュース時事能力検定協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を務める。著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。【早稲田塾公式サイト】(http://www.wasedajuku.com/)

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