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吉田沙保里「霊長類最強女子」をつくった吉田家のオキテ - 吉田沙保里独占インタビュー【3】

レスリング選手 吉田沙保里 取材構成=山口雅之 写真=公文健太郎

私がレスリングを始めたのは3歳のとき。そういう人はあまりいないと思いますが、なにしろ私は自宅にレスリング道場があるという環境に育ったので、それに疑問を感じることはありませんでした。

レスリングをやるのは吉田家に生まれた人間にとって当たり前のことなのです。

そんな私の考え方や生き方に最も強く影響を与えたのは、父栄勝です。たとえ学校の先生の言うことや、本に書いてあることと違っていても、吉田家では父の言葉が絶対でした。

いま思えばずいぶん理不尽なこともあったと思います。でも、やはり吉田家では父が正しい。これまで父に従って後悔したことは一度もありません。いまも、迷ったときは父ならどう言うだろうとよく考えます。

人に迷惑をかけるな

レスリングがすべて優先。それは吉田家では当たり前のことです。かといって、強くなるためだったらほかは関係ないと、周囲の人に迷惑をかけて平気な顔をしているような態度を、父は最も嫌いました。

「人に迷惑をかけるな」

父はいつも口ぐせのようにそう言っていました。

人間はひとりで生きているのではない、生かされているんだ、だからいつも感謝の気持ちを忘れず、誰かに迷惑をかけていないか絶えず気を配りなさい。そうはっきり説明されたわけではありませんが、たぶんそういうことを父は言いたかったのです。

実際、練習ができるのは一緒につきあってくれる監督や仲間がいるからだし、応援してくれる人がいるからもっとがんばろうという気持ちになれるのです。

その父は、2014年3月11日にくも膜下出血で亡くなりました。発症したのは高速道路上です。瞬間的に、バットで殴られたような強烈な頭痛に襲われたはずですが、父は最後の気力を振り絞ったのでしょう。中央分離帯にぶつかった車を路肩まで移動させ、そこでサイドブレーキをかけてから意識を失いました。

私にはわかります。高速道路の真ん中に車が停まっていたら、後続車はよけられないかもしれない。そうしたら第二第三の事故が起こって、多くの人を巻き込んでしまう。それだけは絶対に防がなければならないと、とっさに考え、行動に移したのです。

人に迷惑をかけるなよと、父は命をかけて私たち家族に教えてくれたのだと思っています。

ただ、私は性格が超ポジティブなので、もしかしたら自分でも気づかないうちに、周囲に迷惑をかけていることだってあるかもしれません。でも、迷惑をかけちゃいけないんだという気持ちだけは、どんなときも忘れないよう肝に銘じています。

私が目指す強さは、そういう気配りができる優しさを兼ね備えた強さ。そうなれたら父もきっと天国で喜んでくれるはずです。

ウチはウチ、ヒトはヒト

小さいころ、ピアノを習っている友だちがうらやましくて、私もやりたいと父にお願いしたことがありました。父の答えは「ピアノが弾けるようになっても、レスリングは強くならん」

ポケットベル(古くてすみません)がほしくて「友だちもみんな持ってるよ」と言ったときは、「友だちがなんだ、ウチはウチだ」と怒鳴られました。

二人の兄も私同様に小さいころからレスリング漬けでした。剣道や野球をやりたいと反発しても一切聞いてもらえなかったのは、私のピアノと一緒です。

子どもが小さいときは、その子にどんな可能性があるかわからないので、いろいろなことをやらせたほうがいいという考え方があることも、父だってもちろんわかっていたと思います。

でも、吉田家に生まれたら、やっぱりレスリングなのです。

ウチはウチ、ヒトはヒト。みんながやっていることが正解ではない、吉田家には吉田家のやり方がある。まったくぶれずに信念を貫いた父は、ある意味すごい人だと思います。

おかげで私は友だちと遊ぶ時間もなく、ひとすらレスリングに打ち込む青春時代を送りました。

でも、その結果「霊長類最強女子」という最高の勲章を手にすることができたのですから、父には感謝の気持ちしかありません。

吉田家に生まれてよかった。いまは心の底からそう思っています。

※このインタビューは『悩まない力』(吉田沙保里著)の内容に加筆修正を加えたものです。

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