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戦後の礎を作った方々の記録 ー「学徒勤労動員の日々―相模陸軍造兵廠と地下病院建設 」を読んでー 中泉拓也(関東学院大学 経済学部教授)

戦後70年という節目の年だった昨年に比べ、オリンピック開催中もあって、今年の終戦記念日は特別に取り上げられている印象はありません。しかしながら、5月のオバマ大統領の広島訪問、昨日(8月8日)の生前退位へのご意向を強く暗示された、天皇陛下のお気持ちの表明という歴史的な出来事が続いたことを振り返ると、今年も歴史的な年となることは間違いありません。

昨年、鈴木光男先生から頂いた「学徒勤労動員の日々―相模陸軍造兵廠と地下病院建設」の書評を執筆し、戦後70年の節目の年に、津田大介さんのメルマガ「メディアの現場」2015.12.25(vol.194)に【特別寄稿】として掲載させていただきました。

学徒勤労動員の記録を後世に残したいという思いは今年も変わりません。終戦記念日が近づいてきた折、改めて学徒勤労動員という今の常識では考えられない戦時中の中高生の工場動員の記録について紹介したと思います。

戦時中は、「学徒出陣」のように、大学生が戦地へ出陣しただけでなく、旧制中学の学生(現在の高校生)が工場での武器生産の労働に動員されていました。後者を「学徒勤労動員」といいます。

私の専門分野である、ゲーム理論の先駆者にあたる東京工業大 学名誉教授鈴木光男先生は、実際に旧制高校で「学徒勤労動員」として従事されていました。その時の記録をもとに、「学徒勤労動員の日々―相模陸軍造兵廠と地下病院建設 」を執筆されました。

「学徒勤労動員」の記録。ここには過酷な戦時中の重労働の体験のみならず、その後の繁栄の礎をも見ることができた私は、この記録をぜひとも後世に伝えたいと思うのです。

■1. ゲーム理論との接点

私の専門は経済学、その中でもゲーム理論を基礎とした規制や企業組織のインセンティブ設計の研究で、決して戦中戦後の経済史に造詣があるわけではありません。ゲーム理論は、フォンノイマン=モルゲンシュテルンの著書、「ゲームの理論と経済行動 (1944年原著刊行)」からはじまり、ジョン・ナッシュの論文(1950年)でその後の発展が決定的となります。

鈴木先生は、そのナッシュの論文が出版されるのとほぼ同時期からゲーム理論に着目し、研究を始められました。その後の研究は、「ゲーム理論と共に生きて」にまとめられています。また、そこでも学徒動員の記録は鈴木先生の重要な一部として記載されています。

つまり、鈴木先生は、もはや現代経済学に不可欠な基礎を提供するゲーム理論の世界的な先駆者といえます。学徒勤労動員の記録は、その後の偉大な業績生み出した鈴木先生の貴重な原体験として位置付けられるように思えるのです。

鈴木先生のその後の偉大な業績からでしか、私は、学徒動員の記録の重要性を説得的に説明することが出来ません。それでも、この世代の複数の方の証言を聞くにつけ、先生の優秀さという個人の資質にとどまらない、この世代の方々が共通に持つ冷静さ、しっかりとした時代を見る見方に触れるにつけ、この世代の皆さんの経験や考え方を、大きな財産として、我々も共有すべきであると考えたわけです。

例えば、一回り年配(98才)の思想史学者・武田清子氏も日経のインタビューで、以下のように言及されています(思想史学者・武田清子氏「違う文化尊重を」(戦争と私)戦後70年インタビュー(日本経済新聞)2015/7/31 より)。

「1カ月余の船旅を終えて帰国後、YWCAで働き始めました。その一環で、挺身(ていしん)隊として静岡県の工場に派遣されていた女学生を支援しようと、一緒に働くことになりました」
「風 呂は泥水、食事も貧しかった。学生たちは表向き、忠臣の顔をしていましたが、自分たちが作っている飛行機の部品の粗悪さや、若者には労働を強いながらぜい たくをしている軍人をみて、この戦争は負けると皆思っていました。11月3日の明治節は晴れることが多かったのですが、44年の明治節は雨が降り、敗戦の 兆しだと噂が広がりました。面従腹背の学生の“正気”に、救われた気がしたものです」

しかも、実際 にその後の戦後復興の中核を担われた方々でもあります。この貴重な記録の風化を防ぎ、感謝を絶やさぬことが、この方々が礎を作った現在の繁栄を享 受している我々の責任ではないかとも思えます。

■2. 学徒動員の日々

学徒勤労動員については、知識として知られていると思います。しかしながら、集団疎開と学徒出陣に挟まれ、その肉声や具体的内容についての詳細は、一般には十分注目されていないのではないでしょうか。しかし、当時戦争が長期化、激化する中で、旧制中学の4、5年性を中心に、最終的にはほぼ全員が、勤労を強いられました。鈴木先生の著書によると、昭和20年3月時点での学徒勤労動員の総数は、何と310万6千人にのぼるそうです。

そして、腸チフス、赤痢といった伝染病が発生するような衛生状態が悪く、食事も貧しい中、劣悪な労働環境の中で、長時間労働を強いられていきます。更に、勤労先の工場が空襲にされされても、帰郷を許されないという信じられない状況にも直面してされています。

戦争末期には、たび重なる空襲で生産力が低下します。工場での作業がなくなったにもかかわらず、待機を余儀なくされ、帰郷は許されませんでした。その中で、広島では中心地で待機していた学徒動員の中学生が、最も原爆の犠牲者となってしまいました。

鈴木先生の「学徒勤労動員の日々―相模陸軍造兵廠と地下病院建設 」は昭和18年3月、当時16歳で、旧制中学の4年生だった鈴木先生が、5年生を経て、旧制高校の入学時の17歳で終戦を迎えた日記を中心にまとめておられます。その当時、「皇国の興廃は汝ら青少年学徒の双肩にあり」という言葉に責任感を強く持つ一人の真摯な旧制中学の学生の姿を誰もが想像できるでしょう。

著者自身の片田 舎のまだ昭和の香りがする中学生時代と比較しても、責任感の高揚と、それに答えようとする純粋な気持ちが痛切に感じられます。そういった大きな責任感にもかかわらず、上述の劣悪な環境は、若い少年たちを心身ともに蝕んでいきます。鈴木先生も、入院や一時帰郷も経験されています。

過酷な労働環境、劣悪な衛生環境、先の見えない戦争の激化と空襲の恐怖。様々な悪条件が重なっているにもかかわらず、鈴木先生は、旧制中学の学生の日記には思えないほど、非常に冷静に事態を観察し、記録しておられます。そこが返って読者の心を打ちます。私がこの記録に未来を見た最大の理由は、鈴木先生の冷静さです。無謀な戦争への突入とそれをどうしようもない状態に追われた環境を呪うでもなく、愚痴を言うでもなく、日々の状況を極めてしっかりと見ておられます。

しかも、ここには単なる従順さでなく、合理性や民主的な考え方が根ざしていることもしっかりと読み取ることができます。実際、不条理な扱いをした軍人への抗議や、労働環境の改善を県に勤労学生が集団で嘆願するなど、戦時中とは思えない行動にでている学生が紹介され、痛快なほどです。こういった考えは、この世代の教員に当たる方々が、大正デモクラシーの流れを汲んでおり、それが民主的な教育につながったことも一因でしょう。

学徒動員の日々に続き、鈴木先生は「ゲーム理論と共に生きて」で、先生がなぜゲーム理論を選択されたに触れられています。戦中期という期間にフォンノイマン=モルゲン シュテルンもゲーム理論の研究を始めており、それと関連して、「そして何よりも、中学生として戦争中の異常事態を体験した感覚が『ゲームの理論と経済行 動』の基底に流れているフォンノイマン=モルゲンシュテルンが戦時中に体験した危機感や死の必然性に共感するところがあったからではないかと思う。」と述 べられています。

■3.終戦を迎えて

昭和20年8月15日、日本は終戦を迎えます。この変化を、「学徒勤労動員の日々―相模陸軍造兵廠と地下病院建設 」では、戦中、「皇国の興廃は汝ら青少年学徒の双肩にあり」が、敗戦で「新日本建設の為に立ち上がらん。日本の将来は我等の手にある。唯一すじ祖国復興の 為に我らは行かん」という言葉に置き換わったと述べられています。終戦が戦時中の勤労動員からど れほど大きな変化があったかは想像を絶するものがあります。

そのような中、物資の不足はあるものの、自由な戦後が、その創造力を開花させていくエネルギーを感じてください。不自由から、自由 へ。この差こそが多くのものを生み出すきっかけになったのかもしれません。また、 相模工廠での勤労体験はまさに「もものづくり」の原点でもあるように思えます。鈴木先生は文学や観劇に興味を持たれており、その後も専門も、社会科学に応用数学を導入すると いったところに中心を置かれているので、配属されたエンジン工場や、その後の検査部への経験を詳細には記載されてはいません。しかしながら、工場での経験は高く評価されています。こういった体験を生かして、その後のものづくりを開花された方も少なくないのではないでしょうか。

鈴木先生は、その後学生の指導にも尽力され、後陣も多く輩出されておられます。その一人、日本経済学会の元会長京都大学教授の岡田章先生は、会長講演(岡田章"Cooperation and Institution in Games,” 日本経済学会会長講演 2014年)で、社会の問題への深い取り組みに基づいた講演をされています。失業や景気循環といったマクロ経済学の事象を ゲーム理論で分析するという、鈴木先生の大きな問題意識が共有され、その社会への深い造詣は、後陣にもしっかりと受け継がれていると認識した瞬間でした。

戦後71年が経とうとしています。戦争体験者の方々も高齢となり、肉声を聞く機会がますます少なくなっていきます。昨年は、戦後70年が一つの節目として重要な時期であることが指摘されました。今年も、オバマ大統領の広島訪問で、歴史的な節目の年となりました。学徒勤労動員の体験についても同様、体験者の高齢化は、実体験を語り継ぐ機会が既に少なくなっています。

この記録を風化させないためにも、この世代の方々の人生に多く学ぶと同時に、現在の繁栄を築いた方への感謝を忘れない意味でも、この記録をぜひ伝えたいと思うものです。国、それ以上に大人達が、責任感の強い少年たちを二度とこのような過酷な環境に追いやってはならないと思う気持ちと同様に。

【参考記事】
■【特別寄稿】戦後の礎を作った方々の記録『学徒勤労動員の日々-相模陸軍造兵廠と地下病院建設』を読んで(津田メルマガ vol.194より抜粋)
http://blog.livedoor.jp/nakaizu3/archives/48173120.html
■世界で最も若者に冷たい国を変えるために(Blogs of Takuya Nakaizumi)
http://blog.livedoor.jp/nakaizu3/archives/47938993.html
■1票の価値は百万円?(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)
http://sharescafe.net/48990722-20160702.html
■高齢化社会へのヒント「どうせなら、楽しく生きよう」(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)
http://sharescafe.net/47759756-20160208.html
■三角関数もATPの知識も役に立つ。(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)
http://sharescafe.net/46125440-20150901.html

中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授

【参考文献】
学徒勤労動員の日々―相模陸軍造兵廠と地下病院建設学徒勤労動員の日々―相模陸軍造兵廠と地下病院建設 [単行本]鈴木 光男近代文藝社2010-07




ゲーム理論と共に生きて (シリーズ「自伝」my life my world)ゲーム理論と共に生きて (シリーズ「自伝」my life my world) [単行本]鈴木 光男ミネルヴァ書房2013-03




ゲーム理論と経済行動: 刊行60周年記念版ゲーム理論と経済行動: 刊行60周年記念版 [単行本]ジョン・フォン ノイマン勁草書房2014-06-30

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