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「営業部長 吉良奈津子」はなぜスタートダッシュに失敗したか? - 朝生容子(キャリアコンサルタント・産業カウンセラー)

今クールからフジテレビで始まった「営業部長 吉良奈津子」。これまでドラマであまり取り上げられなかった育休明けのフルタイム勤務のワーキングマザーが主人公で、かつ、これまで数々の大ヒットドラマの実績ある松嶋菜々子さんが主演ということもあり、スタート前から注目されていました。

しかし視聴率は第1回こそ10.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)と2ケタを達成したものの、第2回は7.7%に急降下してしまったそうです。
どのあたりに問題があるのでしょうか?「働く女性」の観点から分析してみます。

■育休復帰後の両立への奮闘がテーマ

「営業部長 吉良奈津子」とは、どんな番組なのでしょうか。フジテレビの公式ウェブサイトの「とれたてフジテレビ」の情報から番組紹介を引用します。(※[]内は、筆者の補足)
“ドラマは、売れっ子CD[クリエイティブ・ディレクター]として活躍してきた主人公・吉良奈津子(松嶋)が、40歳手前で結婚し、出産と育児休暇を経て、3年ぶりに職場復帰したことをきっかけに、次から次へと勃発していく問題に正面から向き合いながら、仕事と家庭を両立させるため奮闘していく姿を描く“女の戦いと再生”の物語。いわば、“産後復帰した女性が働く”ということを真っすぐに描いた作品。“
つまり、ワーキングマザーの仕事と家庭の両立がテーマなのです。
もう少し、主人公の置かれた状況について補足しましょう。奈津子は自分の仕事の能力に自信があり、3年間の育休を経ても、元のクリエイティブ・ディレクターとして復帰すると信じていました。しかし実際には、「3年もブランクのあるものを受け入れる土壌はない」と言われ、経験のない「営業部長」を命ぜられます。その部門のミッションは新規開拓ですが、今までさしたる実績はあがっていません。配属されている社員も曲者ばかり。

家庭では、夏子が働くことに反対の義母や、協力的ではあるものの仕事に邁進する彼女の姿勢に一言言わずにいられない夫についイラッとさせられます。今後はさらに、どこか言動が怪しいベビーシッターなどの問題にもぶつかることになるようです。

一方、「女は3年も休めていいね」と男性から揶揄されたり、独身の派遣社員の女性から「何もかも手に入れようとする女がいや」と反感を買ったりする職場の様子も描かれます。こうしたエピソードは、育休から復帰した女性なら、「あるある」と思わず頷いてしまうのではないでしょうか。

■共感できない「葛藤」しない主人公

ディテールのエピソードではリアリティがあるとは思うものの、主人公のあり方には大きな違和感が残りました。それは彼女が、自分が働くことに対して何の疑問も持つことなく、ひたすら仕事に邁進しているように見えることです。

私自身、子どもはいないものの、ワーキングマザーから、キャリアの相談を受ける機会は多々あります。、彼女たちが口にするのは「子どものことを犠牲にして仕事を続けること」への後ろめたさです。それがために、自ら仕事をセーブしてしまうこともあります。逆に、「だからこそ今の仕事を価値あるものにしなくては」と、後ろめたさをばねにする人もいます。いずれにしても、「そこまでして」という意識は、彼女たちの働き方に大きな影響を及ぼしています。

女性活躍ジャーナリストであり、自らも育休を経験した仲野円佳氏も、著書「育休世代のジレンマ」でも同様の指摘をしています。この本では、育休取得経験のある15名の総合職女性にインタビューを実施。その結果、育休をとった女性がもっとも悩むのは「自分は“そこまでして”この仕事を続ける価値があるのか?」という点であるとのこと。

「そこまでして」には二つの意味があります。まず収入面です。子どもを預けることによるコスト増と、育休前よりペースダウンせざるを得ないことで下がる給与とを比べてあまりに収入が少ないと、「そこまでして仕事を続けるべきか」という悩みにぶつかります。

二つ目の意味は仕事のやりがいに関してです。育休復帰後に以前とは異なる部署に配属になったという話はよく聞きます。時に会社側の「配慮」から、それほど負担の重くない業務を担当することもしばしばあります。それだけ価値があり、やりがいも持てるからこそ、大変さを承知しながら仕事を続けられるのに、そのやりがいがないと、「本当に、子供を預けてまで取り組む価値ある仕事なのか?」と働くこと自体に疑問を持つようになってしまいます。

しかし、吉良奈津子は、こうした悩みとは無縁であるように見えます。保育園とベビーシッターとの二重保育にかかる経済的負担を口にすることはありません。広告代理店の営業部長として十分な収入を得ているからでしょう。

では、やりがいはどうでしょうか?もともと奈津子が希望していたのはクリエイティブ職ですがその希望は通りません。彼女がそれを受け入れたのは、「成果をあげればクリエイティブに戻す可能性もある」と上司に言われたからです。つまり、過去に自分がやりがいを持っていた仕事を得るための手段として受け入れたのであって、今の営業という仕事そのものにやりがいをおぼえたからではありません。

だとすると、「やりがいのあるCDの仕事ができない中で、この仕事を続けるべきなのか?」といった葛藤が見られても良い気がしますが、今のところそうした様子は見られません。義母の「子どもは母親の手で育てては」という言葉や、夫の愚痴に対しても、ひるみません。社内でもあくまで強気で「自分流」を押し通そうとします。

そこでは、あくまで「仕事を続けるべき私」と「その邪魔をする周囲」の二項対立構造で物語は進みます。彼女の中で「仕事を続けたい」「家庭をもっと大事にしたい」という対立は描かれないのです。

■葛藤はワーキングマザーでなくてもある

実は、「そこまでして」の葛藤を抱くのは、ワーキングマザーだけではありません。働く女性の多くが抱くものです。なぜなら、女性の人生において、仕事のやりがいとは別に、「プライベートを従事させるべき」という強い規範があるからです。

たとえば、いまだに「女の幸せ」と言われるように、女性にはバリバリと働いていても、結婚して子供を持つことが幸せという規範が強く残っています。それが実現できたらできたで、「いつもキレイでいて」「家事も上手にこなして」といったさらに高い理想像が示されます。働く女性は目の前の仕事に追われながら、そうした像と現実のギャップに悩まされがちとなります。なかなか自分の今を肯定することができにくいのです。

そう考えると、吉良奈津子がひたすら自分を肯定し強気で人生に臨む姿は、育休明け女性以外の働く女性からも共感を得にくいといえるのではないでしょうか。実はこのドラマ、「両立に悩むワーキングマザー」というテーマに見せかけて、むしろ「企業におけるリーダーのあり方」といったような「女性」から離れた文脈が影のテーマではないかと思うほどです。

いずれにしても、物語はまだ第2回が終わったばかり。今後、吉良奈津子が女性から共感を得られるように描かれるのか、はたまた別のテーマの物語として進むのか、注目していきたいと思います。

【参考記事】
■英国首相選ではなぜ「子供を持つ母親」が不戦敗したのか?
http://sharescafe.net/49083976-20160715.html
■「女性活躍推進法」は女性を追いつめる両刃の剣?
http://sharescafe.net/48120829-20160322.html
■育休ママがMBAを学ぶ上で注意すべきこと
http://sharescafe.net/45201771-20150617.html
■SMAP騒動の裏に見える「中年の危機」
http://sharescafe.net/47565368-20160120.html
■職務経歴はどこまで盛ってもよいのか?
http://sharescafe.net/48746494-20160603.html

朝生容子 キャリアカウンセラー・産業カウンセラー

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