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相模原の事件は親切心によって引き起こされた

 相模原市の障害者施設で発生した障害者襲撃事件。

 世間では「措置入院をさせていたのにどうして退院させた!」とか「どうにかして事件を未然に防ぐことはできなかったのか!」という声があがっている。

 しかし、今回の事件は施設の入居者全体を殺人目標にするという、通常の殺人の概念を大きく逸脱した行為であり、未来予知でもできなければ事件をあらかじめ防ぐことはできなかっただろう。

 「大島理森衆院議長に宛てた手紙が犯罪計画だ!予期できた」という人もいるかもしれないが、実際に手紙を見ればわかるが、ほとんど怪電波であり、まともに取り扱うに値しない内容といえる。(*1)こうした誇大妄想はほぼすべてが誇大妄想のまま終わる。これが人を一人殺害する計画なら、警察ももう少し意欲的に動いたかもしれない。しかしどう見ても怪文書としか思えない文書に警察が時間を割くとも思えない。

 問題があったとしては施設の鍵だろう。(*2)

 かつて職員全員に持たせていた施設の鍵を一箇所に集約したそうだが、合鍵を作られていた時点でアウトで、それだけでは足りなかった。せめて夜間などの人の出入りが少ない時間帯は暗証番号でのキーロックにして暗証番号を定期的に変えるべきだったとは言える。しかしできるのはこの程度だ。それ以上の予防措置を行えば、多くの無辜の人々を苦しめることになる。

 では、どうすればいいのか。ヒントは出てきている。彼のことを昔から知る人達はこう話しているようだ。

 「明るくて」「おとなしくて」「人に優しくて」「親切」「気に食わない人にはキレやすい」(*3)

 記事には「残忍な犯行と繋がらない友人たちの印象」とあるが、僕にはこのいかにも優等生的な印象が、この犯行とぴったり繋がるのである。つまり彼は何事も自分の思い通りにできると思っていたフシがある。

 ここ数年、ネットでこうした人をよく見かけるようになった。「◯◯民族を追い出せば日本は良くなる」「◯◯スピーチを禁止すれば日本は良くなる」「あの党がなくなれば日本は良くなる」こんな言説ばかりを主張している人たちがいる。実際、容疑者のものらしきTwitterアカウントには、そうしたうわずった言説でお金を稼ぐ人たちがたくさんフォローされていた。

 こうした言説を見ていると、さも自分が行動することによって、日本を良くすることができそうな気分になる。だからそうした人たちは人気がある。彼らを真似して安直な言説に希望を見出す人は少なくないのだ。彼もそうした類の人に見える。

 しかし、実際には社会というのは、いろいろな立場の人達が寄り集まってできているし、意識的にそれらの人たちを排除することなどできない。すれば必ずほころびが生じる。社会という大きな括りは、基本的には進行に抗いながらも、成り行きを見守ることしかできないのである。

 そもそも、ひとりの人間ができることなど、たかが知れている。自分ひとりが行動することによって多くの何かを良い方に変えられると思っているなら、それはただの傲慢である。人ひとりが何かを良い方向にできるとすれば、それはわずか数人の身内や友達だけだ。彼にはきっとそういう認識ができなかったのだろう。自分が社会を変える事ができる人間だと思い込んでしまった。それは多分彼の「親切心」だったのだと思う。

 彼の誇大妄想(*1)には「障害者は不幸を作ることしかできず、保護者や職員は疲れ果てている。日本国と世界のためと思い、居てもたってもいられずに行動に移した」という趣旨が書かれている。

 それはつまり彼の行動が「障害者の世話をして疲れ果てた保護者や職員のため」に行われているという意味であり、彼にとっては他人に対する「親切」の範疇なのである。実際にためになっているかいないかではなく、重要なのは「彼がそう思っていることそのもの」だ。

 親切というのは、度を超えれば「おせっかい」となる。今回の事件はまさにその「おせっかい」であった。親切心と自分が社会を変えられるという思い込み。これが両方加わり、そこに「人を殺してはいけない」という固定観念を突破する何かがあれば、今回のような事件が起きる。

 彼の誇大妄想(*1)には「イルミナティ」という記述があるが、この団体もなにかと神秘主義者の妄想に利用されるかわいそうな団体である。この団体をネタにした「イルミナティカード」とよばれるカードゲームがある(*4)が、このカードゲームは都市伝説を扱うテレビや雑誌において「9.11を予言したカード」であるとして紹介されている。そのカードには9.11で破壊されたツインタワーや、ペンタゴンの姿があるという。

 実際にそうしたカードはあったが、ツインタワーらしきカードには「Terrorist Nuke」という名前がついており、これはあくまでもテロリストがビルを核爆発させるという意図のカードであり、飛行機が突っ込んだ図柄ではない。また「Pentagon」というアメリカ国防総省から煙が立ち上るカードもあるが、これも多くの有名施設のカードがある中の1枚であり、仮にいつか東京タワーが破壊されるテロが発生したとして、ゴジラを「テロの予言だった」と言いはるくらいに無理がある。

 しかし、神秘主義者というのはそうした無理を安易に飛び越える。なぜならそれを手助けしてくれるテレビや雑誌があるからだ。そして、それが実際には単なるマスメディアによる扇情ネタにすぎないにもかかわらず、そこに何らかの意味を見つけ「自分は周囲の人達よりも、隠された世界の真実を知っているんだ」という気持ちになってしまう。「隠された世界の真実」とやらが、テレビや雑誌に掲載されるはずもないのだが、自分が特別であるという高揚の前に、そうした疑問を持てなくなってしまう人もいるのである。

 そしてそれはネットでも同じである。繰り返しになってしまうが「◯◯民族を追い出せば日本は良くなる」「◯◯スピーチを禁止すれば日本は良くなる」「あの党がなくなれば日本は良くなる」みたいなことを主張してくれる人がいて、その人の言葉にさえ従っていれば、他人よりも世界の真実に近づいた高級な人間であると思い込めてしまう。そうした思い込みがあればこそ「自分は愚かな他人を殺しても許される人間なんだ」と思えてしまう。

 こう書くと、彼が決して自分たちと大きく違わない存在であることに気付かされる。

 誰しも「自分は他人よりも特別な存在だ」と思っているし、他人の言動を見た時に「こいつらバカだな」と思うこともある。時には「こいつらがみんな死んじゃえばいいのに」と思うことすらあるだろう。

 それでも大半の人はそれを心の中に抑えこみ、口にすら出さないし、手紙なんて書かない。もちろん行動になんて移さない。しかしそれは同時に、彼と自分たちは紙一重でもあるということでもある。彼の犯罪を事前に抑止しようとすれば、多くの無辜の人々を苦しめることになると冒頭に書いたが、その苦しめられる人々とは、まさに私達のことである。例外的な犯行に怯えて自分の足を切り落とすような安直な規制は進められるべきではない。

 その上で、犯行を犯す前の彼に伝えたかったことがあるとすれば、1つは「個人は社会に抗いながらも、その成り行きを見守ることしかできない」ということ。もう1つは「ひとりの人間はせいぜい身の回りの人間しか救えない」ということである。それ以上のことはどこかに無理がある。

 外国の貧しい子供たちを救えと、海外に募金をする会社の社長が、労働基準法を守らずに労働者から労働をくすねていることなんて、当たり前であるように、多くの人を救っているように見える人は、それと同じくらいに多くの人を苦しめている。

 逆に、自分は誰も救ってないと思っても、誰かしらを救っていることがあるかもしれない。

 障害者たちの存在を彼は「不幸しか作れない」といったが、彼の預かりしれないところで、誰かを救っているかもしれなかった。その可能性に彼は気づくべきだったと。

 あと、今回の事件で抜身の悪意を受けて憔悴している障害者の方々にも「身の回りの人を支えることはできる」ということを伝えておきたい。人は存在するだけでも誰かの支えになっているということがある。障害者は不幸しか作れないなどという、自分と社会を混同した誇大妄想者に付き合う必要は全く無い。

 彼を救えなかったことはとても残念だし、彼の妄想のターゲットにされた被害者の方々は、もう誰も救えなくなってしまった。

 「小さな親切、大きなお世話」である。

(*1)相模原殺傷:衆院議長宛て手紙 詳報(記事の手紙の内容は「原文ママ」と書かれているが、特定組織に関わる記述部分が削除されているので注意)(毎日新聞)
(*2)「人ごとではない」 相模原殺傷事件、県内の障害者施設に衝撃:滋賀(中日新聞)
(*3)【相模原事件】「親切で大人しい」容疑者に何が 暴言、大麻、入院から虐殺へ(BuzzFeed)
(*4)大量虐殺事件の容疑者が言及していた「イルミナティカード」とは何か?(Togetter 山本弘)

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