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ニートたちが教えてくれた、「お金よりも面倒くさい」もの

若新雄純=文

人間社会の新たな災いの種

日本が経済的にはまだまだ貧しかったころ、誰もがあたりまえに「お金を稼ぎたい」という強烈なモチベーションを持っていて、それは人間社会の大きなエネルギーになっていたようです。お金は価値があるものであり、そしてさまざまな「災い」をひきおこす怖いものだとも言われてきました。

今でも、お金の力は絶大です。ところが、世の中の成熟にともなって、生きがいや働きがい、人間関係、愛情、幸福感など「お金よりも大切」などというものがぼんやりと語られるようになってきました。

それが何であるかは人それぞれでしょうし、お金こそが最上位だという人もいると思います。そんなものを、ここで議論するつもりはありません。ただ、僕が取り組んでいるとある社会実験の中から、現代社会ならではの「お金よりも面倒くさい」エネルギー源というか、人間関係における新たな災いの種のようなものを見つけました。

2013年11月に、メンバー全員がニートの「NEET(ニート)株式会社」なるものをつくりました。これは、全員が取締役に就任することで「雇用」というシステムや主従関係をリセットし、決まった仕事や役割もない代わりに固定の給料ももらえない、完全な自由と自己責任による実験的コミュニティです。その功罪の数々についてはまたあらためて記事にしたいと思いますが、給料や雇用関係のために何かを我慢したり、ゆずったり、遠慮したりということからも解放されてしまうことで、人間関係の生々しさがとめどなく噴出してきました。

稼ぐことより大事なもの、それは……

設立当初から、僕にはある仮説がありました。それは、お金を稼ぐチャンスがあったとしても、メンバーの多くはそれにはがむしゃらにならないのではないか、ということです。案の定、金銭的報酬には貪欲にならないメンバーがほとんどでした。これまで大小さまざまな事件やトラブルが勃発してきましたが、お金をめぐる問題というのはほとんど生じていません(そもそも、お金の動きがまったくありませんが……)。

しかり、それよりもはるかに面倒くさいエネルギーが渦巻いていることが分かってきました。なんというか、とんでもなく“ムキ”になるのです。

それは、「立場」でした。

自分が属する組織やコミュニティの中で、とにかく「いい立場」になりたい。そのためには、時にはお互いを激しく攻撃し、時には非情になり、そして時にはすっかり逃避してしまったりします。

「立場」とは、個人の社会的ポジションを決定づける肩書きやステータスのようなものです。そして「いい立場」には、「あの人は役に立つよね」とか「あの人は正しいね」といった役割や評価が与えられます。

悲しいかな、立場は相対的なものなので、全員が「いい立場」にはなれません。つまり、あるコミュニティにおいては一種の椅子取りゲームのようなものであって、自分が「いい立場」になれないのであれば、立場の危うい人を攻撃し、「悪い立場」に引きずり落とそうとすらする。もしくは、「悪い立場」になりそうな人がいたならば、それを徹底的に証明しようとする……。そんな力学が働いてしまいます。

「立場」は移ろいやすい

大企業などで「いい立場」を得られなかった人たちの一部は、新しく立場を得るために、中小企業に転職したりボランティア団体に所属したりするのかもしれません。新しい居場所で必要とされて、前よりもいい立場が得られるということは、仮に金銭的な報酬が少し減ったとしても、日常生活の充実や人生の幸福にすらつながります。

衣食住が不十分な貧しい社会環境の中でなら、時には自分の「立場」になどかまうことなくお金を稼ぐことに集中できたのかもしれません。しかし、基本的な生活はある程度保証されるような時代になり、僕たち現代人の多くは、仕事や日常生活の中でお金以上に「よりよい立場」を貪欲に求めているようになってきたのだと思います。

立場は、お金よりもやっかいなものです。お金はいったん自分の銀行口座に入ってしまえば、自分で使わない限り、突然なくなったりはしません。会社での自分の評価が下がったとしても、一度手に入れたお金は自分のものとして保証されます。

一方で、立場というものは、そうはいかない危ういものです。コミュニティに属する人たちとの関係によって日々変化する相対的なものであり、極めて移ろいやすい。業績を上げて組織の利益に貢献できていたとしても、「あの人はスタンドプレーだ」とか「自分中心的でチームを乱す」なんていう評判が立てば、その人の立場はいくらでも悪くなっていきます。

この立場をめぐる問題は、これからの社会でもっともっと表面化して大きくなっていくに違いありません。いまはまだ、「立場をわきまえる」という言葉があるように、それに躍起になることがはばかれるような空気がありますが、いずれお金を手にすること以上に、どう自分の立場を守るかに必死になる人が増えていくような気がします。そして同時に、自分の立場をうまくつくることができず、精神的な不安定や不健康におちいる人もたくさん出てくるでしょう。

だからといって、「いい立場」を守ることにばかり注意をはらう人生が、決して健全なものだとも思いません。運もあるし、努力すれば常に維持できるというものでもないと思います。それよりも、そんなものは常に変わりゆく無常なものだと割りきって、自分が所属するコミュニティの中でつくられた一つに概念として、ある程度距離をとって柔軟な姿勢で付き合うくらいの余裕が大切なのではないでしょうか。

会社経営の観点から言えば、スタッフを正当に評価して給料に反映するということは大切ですが、金銭的な報酬を支出するには限界があります。これからは、それだけでなく、一人ひとりが快適に働ける「心地よい立場」や、その流動性をうまくつくっていくということが、組織マネジメントの新しい効能になったりするかもしれません。

若新雄純(わかしん・ゆうじゅん)
人材・組織コンサルタント/慶應義塾大学特任講師

福井県若狭町生まれ。慶應義塾大学大学院修士課程(政策・メディア)修了。専門は産業・組織心理学とコミュニケーション論。全員がニートで取締役の「NEET株式会社」や女子高生が自治体改革を担う「鯖江市役所JK課」、週休4日で月収15万円の「ゆるい就職」など、新しい働き方や組織づくりを模索・提案する実験的プロジェクトを多数企画・実施し、さまざまな企業の人材・組織開発コンサルティングなども行う。
若新ワールドhttp://wakashin.com/

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