するらしい。
国際的な留学生の獲得などがその目的のひとつという。
まずは個別の大学の経営戦略に関して、僕自身が口を出すべきではないだろう。ただ、日経新聞などの報道によると、シンガポールやオクスフォードなど30%が留学生であるのに対し東大はわずかに7.6%であるという比較などを出し、国際化が遅れているとの指摘がなされていた。
しかし、上記の大学は英語圏に存在する大学であるということを我々は忘れてはならない。そのような単純な比較がどの程度の意味を持つかはきわめて疑問である。
また、留学生の数が多ければいい大学であるかといえばそうではない。問題はその教育の質と学生の質であることはいうまでもない。もちろん、アジアなどの国からやってくる学生達は意欲的である場合が多いであろうから、おそらく留学生が増えることは大学の質向上につながる面が強いのも事実ではあると思うけれども。
たしかに9月入学は留学のし難さにつながっている面がないとはいえないだろう。しかし、実際には日本の意欲がある・優秀な学生がアメリカの大学が9月入学でも留学するように、東京大学や日本の大学の教育水準の質の高さや日本という国の魅力の高さこそが重要であり。何月入学かというのはせいぜい留学生の数を数%押し上げる程度の効果しかないのではないだろうか?と僕は思うのである。このあたりは本末転倒にこのニュースを大げさに捉えてはいけない二つのポイントであると思う。
繰り返すと・・・
*留学生が増えればいいというわけではない。
*何月入学かが留学生をひきつける決定的要因とは決してなり得ない。
さらに、ここで思うのは、この改革が日本社会にどの程度のインパクトをもたらすかということである。日経新聞などは官公庁や企業・他大学と連携して9月から物事が始まるようにすればいいのでは?との記事の書き方をしている。
しかし、現在においても、多くの有力企業は秋採用を行っている。また、日本から海外に留学した人たちの採用も行っており、その人たちは基本的には9月に卒業して春に入社することになる。
一斉に日本社会が9月から物事が始まるように移行する必要はまったくない。人気取りが好きな政治家は「これこそが、日本経済・社会復活の一つの方策」と音頭をとって9月からという世の中にしようと叫び始めるかもしれない。
しかし、それは正しくない。
むしろ、東大のみが9月入学に移行することこそが個人的には望ましいと考える。
なぜだろうか?
それは画一的な世の中のあり方を変えるインパクトを持つからである。いつ大学を卒業しても、会社に入社することができる。会社の側も採用したいときにより人を採用できる。画一的な「新卒一括採用」(個人的にはこのあり方がそこまで非合理でそこまで世の中を硬直化させているとは思わないが)というあり方が変わっていく大きな契機になる可能性は高い。
いや、現在でも9月卒業というあり方もすでに多くの大学で存在している。だから、あるいはそれほどのインパクトをすでにこれらの改革は持たないのかもしれない。
しかし、東大というブランドを持った大学が単独で9月入学というあり方を採るならば、日本社会の流動性を高めるインパクトはより強くなるだろう。だから、僕はこの改革を多いに支持したい。
繰り返すが、これに乗じて政府が音頭を採ってあらゆる大学の入学時期を原則9月にしようなどということは決してやってはいけない。
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