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孫氏の自然エネルギー構想はいばらの道 - 馬場正博

ソフトバンク社長で起業家のカリスマの孫正義氏が自然エネルギーの拡大に熱心に動いています。孫氏は余命僅かと言われたヴォーダフォンを買収してSBフォンを設立し、今ではもっとも成長の早い携帯電話会社とする大成功を収めました。

その孫氏が5月25日記者会見を行い、自然エネルギーの普及を目指す「自然エネルギー協会」を19道県と共同で本年7月に設立すると発表しました。孫氏の自然エネルギーへの取り組みは3月11日の東日本大震災による福島第1原子力発電所の事故を見て、原発の危険と将来性への不安から出発したものです。スピード感と実行力には驚くしかありません。

しかし、記者会見で使用された資料を見ると改めて孫氏の構想が野心的を通り越してほとんど不可能なものではないかと思えてきます。最初に目につくのは2020年までに電力に占める自然エネギーの割合を現在の10%から、2020年までに30%にするという部分です。
10%から30%は率にすれば3倍です。携帯電話の普及当初のように毎年倍以上で成長する業界を見慣れた目には、保守的過ぎるとさえ思える数字かもしれません。ましてニュージーランドのように70%以上を自然エネルギーでまかなったり、デンマークのように風力発電が電力全体の10%を占めるような国の話を聞くと「日本は遅れている。ならば成長も期待できるのではないか、まして孫氏が旗を振っているのだから」と思う人も多いでしょう。

しかし、日本での電力に占める10%の自然エネルギーのうち、7割が水力と聞くと話は違ってきます。しかも残りの3割の過半は木屑その他を植物を燃やすバイオマス燃料発電です。風力、太陽光という「自然エネルギー」と言われて普通思い浮かべるものは全体の1%以下なのです。

ほとんどの適地にダムは造られており、土砂の堆積などで水力発電は今後むしろ減少する可能性もあります。木屑を燃やすバイオマス発電も安い燃料はあらかた使ってしまっています。つまり30%の達成には風力発電、太陽光発電を10年で20倍以上にしなくてはいけません。

このようなインターネットの普及期に見られたような急速な成長はにそうそうはありません。しかも風力発電や太陽光発電は最近急に登場したわけではありません。数十年前から実用化を始めた、ある意味「枯れた技術」です。

インターネットや携帯電話あるいはPCなどの急速な成長と価格の低下を実現した技術のほとんどは、2年で価格性能比が2倍になるという「ムーアの法則」の恩恵を受ける半導体技術に支えられています。太陽光発電も半導体と同じシリコンを使いますが、2年で単位面積当たりの発電量が2倍になるようなことはありません。

太陽光発電の場合、単位面積あたりに得られるエネルギーは降り注ぐ太陽光のエネルギーを超えることはできません。鏡のような集光装置を使っても、2年でエネルギー量を倍にすることはできません。

風力発電の場合は中核部分は羽と風で回転する羽によって稼働するタービンです。どちらもムーアの法則があてはまるようなものではなく、それとは対極の機械技術です。風力発電の効率向上に一番有効なのは大型化です。現在大型風力発電の主役は2MW(2百万ワット時)の発電能力を持っていますが、3MWが一部実用化され、さらに5MWのものも計画されています。

しかし風車の直径は2MWでも100メートル、5MWでは250メートル以上にもなります。ここまで大きくなると羽の先端部分の速度は時速300kmほどにもなるでしょう。超高層ビルの高さほどの長さを持つ羽が新幹線ほどの速度でぐるぐる回るわけです。

このようなものが故障もせずにちゃんと動くかというのは気になるところです、地震や台風の多い日本で本当に大丈夫なのか、大丈夫なように作ってコストはひどく高いものにならないのか、課題は小さくありません。

おまけに風車は広大な面積を必要とします。風車と風車の間は直径の2倍は必要で、2MWでは1基あたり5万平方メートル程度です。5MWの風車では30万平方メートルを超えるでしょう。

これは風車の騒音被害を考慮しない場合です。風車の出す騒音から守るためには人家は数百メートル離れていなければなりません。これより近くなると耳にうるさいだけでなく長期的に健康に悪い影響があると言われる、人間には聞こえない低周波被害が問題となります。

これでは10年で20倍も成長させるには力不足と思われても仕方がありません。孫氏の構想は決して劇的とは言えない価格性能比の向上を前提にIT製品並みの成長を実現させなくてはならないのです。

自然エネルギーの問題は密度が低いため広大な土地を使ってかき集めることが必要なことです。孫氏はそのために全国に広がる使われていない休耕田を利用しようとしています。電田構想です。

休耕田は政府が米買い取りの赤字を抑制するためや、農家の人手不足のために放置している土地です。そこで自然エネルギーを作り地産地消的な産業を育成する。おまけに農家には何がしかの収入が入る。その中で自然エネルギーの割合は増加する。誰もが得をする素晴らしい考えに思えます。

しかし、実際にこの計画を実行に移すとなるといくつもの困難が予想されます。休耕田と言っても、まとまって広大な土地があるとは限りません。小規模な日本の農家の耕作地が切れ切れに使われなくなっているのです。風車のように人家から数百メートル以上離れて1基5万平方メートル、さらに10万、20万といった技術進歩にあわせて土地を確保するのは簡単ではないでしょう。

風力発電は風の吹き方で採算性が全く変わってきます。風力発電の買い取り価格として想定されているのはキロワット時あたり20円前後なのですが、そのコストを実現するのは平均8メートルの風が吹き、稼働率が20%以上になることが必要とされています。この条件を満たす場所は日本ではそれほど多くはありません。休耕田であれば全て利用できるわけではないのです。

風力発電は難しくても太陽光発電はどうでしょう。太陽光発電も場所を取りますが、風力ほどではありません。しかし太陽光発電のコストは風力発電のさらに2倍以上です。補助金で買い取れば設置は進むかもしれませんが、既存電力をどんどん置き換えていけば財政支出が増大するか、電気料金の値上がりにつながります。どちらも国民の負担であることには変わりません。

コストや場所の問題が解決できたとして、本当に風力、太陽光が主体の自然エネルギーが発電量の30%を占めると電力の安定供給の問題が出てきます。自然任せの自然エネルギーの発電量は制御できないため、需要にあわせて調整する仕組みが必要となります。

一つは火力発電と組み合わせて補完的に自然エネルギーを利用することです。これでは火力発電をなくすことはできませんが、自然エネルギーをずっと利用しやすくなります。

火力との組み合わせを避けようとすると電池に電力を蓄えることが考えられます。しかしそれには現在の少なくとも数十倍の容量、効率を持つ電池の開発が必要です、これは枯れた技術どころかまったくのイノベーションです。10年程度の未来に当てにできる話では到底ありません。10年後に普及するとすると、現在は初期の製品が市場に登場している段階でなくてはならないでしょう。そんな技術は見当たりません**。

結論から言って孫氏の自然エネルギーで電力の30%というのは10年内どころか30年内実現も簡単ではないでしょう。いくら孫氏の力をもってしてもです。

携帯電話で大成功を収めた孫氏は、かつて日本の起業家支援のためにナスダック市場を日本でも設立させようとしてして最後は撤退してしまいました。それだけはありません孫氏の手がけた事業は銀行、PC部品の製造など数えきれないくらいあります。

孫氏の手がけた事業の大半は失敗撤退していると言っても良いほどですが、これは孫氏の企業家としての無能さより、意志決定が早く的確だという証明と言えます。新銀行東京のように硬直的な組織の運営する事業は破綻するまで撤退できないことが普通です。

今回の自然エネルギーへの取り組みも、携帯電話のように孫氏が電力業界に風雲を巻き起こすかもしれませんが、それは自然エネルギーによってではなく発送電分離のような新しいビジネス環境を孫氏が存分に活用することで達成されるでしょう。孫氏ほどの事業家が自然エネルギーと心中する気はないはずです。

とは言っても孫氏の日本のエネルギーを何とかしたいと使命感は本物のようです。日本のエネルギーがこのままで良いはずはありません。しかし日本のエネルギー問題を自然エネルギーで解決するのは相当控えめに言ってもいばらの道でしょう。

もしかすると自然エネルギーは孫氏にとって秀吉の朝鮮征伐になってしまうかもしれません。多くの優れた経営者、事業家が自分の成功体験を全く違うビジネスモデルに適用しょうとして失敗したり、環境の変化に気づかず晩節を汚しました。孫氏がいつまでもみずみずしい発想の豊かさと決断の速さを失なわないことを祈るばかりです。

**
これは少し言い過ぎかもしれません。電力供給の安定化のために大容量の電池としてはNAS電池がすでに実用化されており将来性も期待されています。しかし、風力、太陽光が電力全体の20%になるような事態を支えるためには、コスト、容量、耐久性などまだまだ相当な進歩が必要です。

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