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“イギリスの選択”から考える。国民投票運動の資金に、規制は必要か? - 南部義典

 「たとえ51対49であっても、多数派(過半数)の意思に従い、結果どおりに決定するのが民主主義だ」といわれます。まさか、あのイギリスで行われたEU国民投票(6月23日投開票)で、「離脱」17,410,742票、「残留」16,141,241票と、「離脱」が上回り、得票割合で51.9対48.1という結果になるとは、まったく予想だにしませんでした。思えば、EU国民投票が公示された4月15日から、翌16日にかけて、熊本・大分地方で大きな余震が連続し、日本ではEU国民投票の件がほとんどニュースになっていませんでした。私も、BBCニュースや、イギリス中央選管(The Electoral Commission)の情報を拾うのがやっとで、たとえ僅差でも「残留」が勝つだろうと、まったくの素人感覚をもって傍観していたにすぎません。

 その後の顛末は、みなさんもご存知のとおりです。EU離脱交渉を担う、次期保守党党首(=次期首相)はいったい誰が選出されるのか、国民投票の再実施を求める世論の動向はどうなるのか、そして連合王国全体への影響はどう及ぶのか、まだまだ、国民投票実施後の情勢から目を離すことができません。

登録運動者制度を、日本で導入すべきか?

 今回のテーマは、「国民投票運動のコストに、規制は必要か?」です。

 日本で、憲法改正が発議された場合、原則、投票日の当日まで、誰もが国民投票運動を自由に行うことができます。憲法改正案に対して、賛成の投票、反対の投票、あるいは投票の棄権を呼びかけるために、大量のチラシを自ら調達し、街頭で配布したり、車を使った街宣活動を行ったり、スタッフを雇ってイベントを開催するなど、様々な方法・手段で、思いのままに国民投票運動を展開することができます。もちろん、資金ゼロであっても国民投票運動はできますが、資金のスケールに応じて、コストは歯止めなく膨らんでいき、投票情勢、投票結果に影響を及ぼしていくという側面があります。この点での直接的な規制を置いていないのが、日本の制度です。イギリスの制度を、少し眺めてみましょう。

 イギリスの国民投票には、国民投票運動を行う者として、個人、団体が中央選管に登録する制度があります。個人、団体が登録運動者(a registered campaigner)となると、国民投票運動期間中、運動のために1万ポンドを超える支出を行うことができます(ただし、上限は70万ポンドです)。一般に許される国民投票運動が、資金力を背景に、不当な影響を受け、国民投票の公正さを害することがないよう、法律で登録制度を定めているのです。日本にはない、運動費用を直接規制する制度です。

 登録の際には、氏名(名称)、住所(所在地)、会計責任者の氏名、どの選択肢を投票勧誘するか等を届けなければならず、国民投票が実施された後には、国民投票運動期間中の収入・支出を報告しなければなりません。政党も同じです。500ポンドを超える寄附は、すべて報告の対象となります。支出の内訳も、中央選管が細かく定めており、その額が25万ポンド未満であれば9月23日まで、25万ポンド以上であれば、12月23日までに報告することになっています。収支報告義務を課す点では、日本の選挙制度も同じです。

 運動者の登録は、ことし2月1日から受け付けられました。受付の初日に登録した者もいれば、投票日当日(6月23日)に登録した者もいます。今回、登録運動者の総数は119名で、そのうち、個人は17名でした。雑な喩えですが、リングインのタイミングが異なるバトルロイヤル(プロレス)のようです。BBCニュースも取り上げていましたが、国民投票運動期間中、まったく出入り自由な言論空間の雰囲気を感じるとともに、「離脱か、残留か」闊達な議論が交わされたことがうかがえます。

 さて、日本では巷の話として、参院選挙の後に、憲法改正の発議に向けた動きが本格化すると言われています。国会は、憲法改正の中身の話を無理やり詰める前に、国民投票制度のルールに関して、公平、公正な観点で改めて検証を行うべきです。議論の場、議論のルールを整えることは、民主国家として当然の責任です。その際、言論、表現の自由を定める日本国憲法との関係上、イギリスにおける登録運動者の制度をそのままの形で導入することはできないとしても、国民投票運動の資金の「使途」「上限」に何のルールも置かないで国民投票を公示した場合、日本の国内でどういうことが起きうるか、ということをあらかじめ考えておくべきです。資金の使いみちに関しては、組織的に、多くの者を買収して、投票を勧誘することだけを禁ずるのが、日本の制度です。

指定運動団体に対する、公的助成の制度

 さらに話を進めますが、イギリスの国民投票には、登録運動者の延長として、指定運動団体(designated campaign groups)の制度があります。指定運動団体とは、前記の登録運動者の中から、団体の申請により、中央選管が指定するものです。各選択肢を唯一代表して国民投票運動を主導する団体であり、運動のための支出の上限額は、一気に700万ポンドまで上がります。また、60万ポンドを上限に、政府から助成を受けることができます。その他、宣伝物の郵送、キャンペーン番組の放送、公共施設の利用において、無償とする財政援助を受けられます。今回の国民投票では、公示直前の4月13日、残留派の代表団体として「The In Campaign」が、離脱派の代表団体として「Vote Leave」がそれぞれ、残留、離脱の選択肢に対応するものとして指定されました。両団体はいずれも、2月1日付で登録運動者となっていました。私が解説するまでもなく、今回の国民投票において、両団体は中心的な役割を果たしました。

 日本では、直接的な公的助成の制度はありません。あえて申し上げれば、憲法改正の発議に賛成・反対した政党が、憲法改正案の広報のために行う放送番組、新聞広告(いずれも無料枠)の一部を、指名する団体に行わせることができる、というルールが存在するだけです。登録運動者の延長として、公的助成の対象となる団体を容認すべきか否か、なお議論の余地があります。

国民投票を「おっかない」の一言で片付けるメディア

 4月15日から6月23日まで、70日間しかない国民投票運動期間の中、すべての有権者が情報を満足に得て、熟慮に熟慮を重ねて投票し、結果に納得しているとは断言できません。しかし、議会主権で、国民投票制度にもともと親和的でないとされるイギリスで、国民一人ひとりがあれほど熱心に運動を繰り広げたシーンを垣間見ると、今回の結果を、相当な敬意を以て受け止めなければならないでしょう。

 開票結果が確定した後、日本の放送メディアは、本当に酷い報じ方をしていました。51対49という結果が衝撃的であることはわかりますが、私が直接聴いたところでは、結果確定後の株式、金融市場の混乱を踏まえつつ、「国民投票なんて、なぜこんなおっかないことをやったのか」「イギリスの有権者はなぜ、こんな愚かしい選択をしたのか」「日本も気を付けよう」などと、在京ラジオの某パーソナリティーがものすごく雑なまとめ方をしていたのには、開いた口が塞がりませんでした。その一方で、参院選挙では憲法(改正)が一大争点になっているといい、煽ることも忘れていません。

 日本で、第1回の国民投票が100年後になるか、200年後になるか、私には知る余地がありません(⇔自分の余命を尺度に考えることは明らかに誤りです)。国民投票運動の主役は誰か、という議論を決定的に欠いていて、その主役の立ち振る舞いが想像できない「おっかない」社会が続く限り、憲法改正は夢と想像のレヴェルで語り継がれるだけでしょう。また、第94回でも採り上げましたが、日本はいま、選挙の有権者年齢が満18歳以上、国民投票の有権者年齢が満20歳以上と、参政権年齢が見事なまでにずれていて、世界に例のない、いびつな制度となっています。イギリスに限らず、各国の様々なルール、プラクティスから、謙虚に学ばなければなりません。

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