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「残酷なるかな、森達也」- 神山典士(ノンフィクション作家)

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佐村河内守氏と新垣隆氏のゴーストライター騒動の発端となるスクープを「週刊文春」誌上で発表した神山典士氏による寄稿です。

※本記事には一部に、映画『FAKE』のネタバレが含まれています

BLOGOS編集部

森達也監督作品、『FAKE』をとても興味深く観てきた。

いうまでもなく、私にとっては懐かしくもある「佐村河内守」と「香」夫妻の事件のその後を描いたドキュメンタリー映画だ。

試写の前に、試写状に添えられた森監督のコメントを読んだ。

概略すると、

「誰かが笑う。それをニコニコと書くかニヤニヤと書くかでうける印象は全く違う。(略)どちらが真実でどちらが虚偽かなどと論じても意味はない。(略)これを記述する人が、その笑い(あるいは笑う人)に対してどのような意識や感情を持っていたかで、表現は全く変わる。(略)

それが情報の本質だ。メディアに限らずぼくたちが認知できる事象の輪郭は、決して客観公正な真実などではなく、あくまでも視点や解釈だ。言い換えれば偏り。つまり主観。ここに客観性や中立性など欠片も存在しない(以下略)」

なるほどそうだよなと思う。日頃「ノンフィクション」を標榜する身として、客観を装いながら主観で報じていないか、身につまされる思いだ。果たして森監督は、ジャーナリズムに属する者の逃れがたいこのジレンマから、どう自由になっているのか。否応なくそこに興味は募る。

だが上映が始まってから1時間50分後―――、私は愕然とした。

調査報道の跡がまったく見つからない作品

一言で言えばこの作品は、「中国の山奥に分け入ってジャイアントパンダの生態撮影に成功しました」という類の記録映画だった。最近では、ナレーションも音楽も挿入せず、ひたすら被写体を撮り続ける「観察映画」もあるが、この作品にもどこにも調査報道の跡はない。

パンダは目の前で巨大なハンバーグを食べ、毎食豆乳を一リットル飲み干す。時として「自分は聴覚障害者で聴こえない」「一連の作品はゴーストライター作品ではない。共作だ」と吠える。その姿を延々と淡々と撮り続けているばかりで、その生態、その主張の裏を掘り進んで描くシーンは皆無だ。(ちなみにこの事件で人生を愚弄された障害児たちや被災地の少女への謝罪もコメントも一切ない)

確かに新垣隆氏がバラエティ番組や雑誌にモデル気取りで露出するシーンを連続して並べる場面では、氏に対するメディアの偏った報道と氏のはしゃぎぶりは印象的だ。佐村河内氏がそこで呟く「新垣は世間で思われているようにいい人なのか」という一言は効果的に響く。

佐村河内氏の記者会見における私の「まだ手話が終わっていませんよ」という発言も、そこだけ切り取れば「聴覚障害者を侮辱している」というイメージで解釈することもできる。だがそれは編集によって見せる角度を変えただけのイメージ操作だ。調査報道ではない。

目新しいとすれば、守と香の二人を並べて、「言葉で言ってください」と森監督が強要するシーンか。

「妻を、香を愛しています。相手が香でなかったらいまの自分はいない。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
「辛かったよね」
「大丈夫です」

ボニーがいてクライドがいる。阿部定がいて吉蔵がいる。ジャイアントパンダの求愛表現として、それはそれで貴重なシーンではある。

既に明らかになっている調査報道の結果

だがこの作品、撮影には事件が発覚した2014年秋から約1年半を費やしたというが、その間BPO(放送倫理、番組向上機構)から約1年を費やして出された詳細な調査報道レポートを全く無視している。

『「全聾の天才作曲家」5局7番組に関する見解』(2015年3月6日発行)

そこには、「佐村河内氏は作曲したのか」「佐村河内氏は全聾だったのか」という、まさに『FAKE』の中でパンダが吠える2つのテーマに関する調査報道がなされている。 その結論は、こうある。

「佐村河内氏には交響曲を作曲する音楽的素養や能力はなかった。(略)佐村河内氏が果たした役割は、新垣氏に楽曲のイメージ構想を指示書等で伝えるプロデューサー的なものだった。実際にメロディ、ハーモニー、リズムを作り、譜面にして曲を完成させたのは新垣氏である」

聴覚障害については、佐村河内氏が所持していた2002年の医師による診断書と、2014年の事件発覚後に行われた医師による診断書をもとに、慶応大学医学部耳鼻咽喉科・小川郁教授が医学的な意見を寄せている。

2002年の診断書には「感音性難聴、右101デシベル、左115デシベル、障害者二級に該当する、鼓膜・著変なし」とある。

2014年の診断書では「純音聴力検査、右48デシベル、左51デシベル、語音聴力検査最高明晰度右71%、左29%(略)鼓膜・正常 上記の結果により聴覚障害には該当しない」と記されている。両者を比較して、小川氏はこう記す(概略)。

「両耳が純音聴力検査で100デシベルを超えるような高度な感音難聴になった場合、自然に改善することは現在の医学的知見ではまずありえない」

「2002年当時、100デシベル以上の結果が出ている理由としては、軽度から中程度の感音性難聴にくわえて、機能性難聴(心因性難聴または難聴であることを偽る詐聴)を合併したものと考えられる」

「2014年の語音聴力検査の結果では、右耳は7割以上の音が聞きとれており、左耳が3割程度の落としか聞きとれないとしても、両耳聴効果があり、両耳で聴いた方が聞き取り能力はあがりわかりやすくなる」

「これらの検査結果を総合すると、佐村河内氏は現在、軽度から中程度の難聴があると考えられる。(略)この状態にある難聴者は、補聴器を使用して会話をするのが一般的である。佐村河内氏に手話通訳は必要はないのではないか」

これが医学界からの診断結果なのだ。

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