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【中国経済 次の勝負どころは?】シリコンバレーが震撼 グーグルから中国に〝人工知能のエース〟が流出 - 富坂聰(ジャーナリスト)

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経済失速と同時に進むニューエコノミーへの移行。「世界を変える新技術」で一発逆転を狙う

 今年三月の全国人民代表大会(全人代)を前に、習指導部は全国政治協商会議を通じて、出席する代表たちに「過激な提案をするな」と釘を刺したとされる。その甲斐あってか(?)会議は全体を通して低調な印象となった。

 だが、そんななかにあって北京がにわかに緊張する一幕があった。きっかけは共産主義青年団(共青団)前第一書記を務めたポスト習近平世代のホープの一人、陸昊黒竜江省長(同省党委員会副書記)の失言だった。

 三月六日、全人代開幕中に記者会見に応じた陸省長は、中国が抱える大きな問題の一つ、炭鉱業界が深刻な構造不況に陥っている問題に絡み、現場で起きている賃金の遅配について訊かれて、

「(黒竜江省傘下の)龍煤集団の炭鉱坑内で働く約八万人の労働者のうち、わずか一カ月でも給料の遅配が出ている者はいない」

 と断言してしまった。だが現実には、一カ月の遅配どころか、半年以上も給料を受け取っていない労働者が溢れていたのだ。

 この発言が労働者たちに伝わるやいなや怒りの声が続々と上がり始めた。その抗議の様子が次々と動画サイトにアップされ、同時に全国の炭鉱労働者にも合流を呼びかけるという最悪の展開を見せたのである。

「動画は当局によって削除されたのですが、アップされた量があまりに多く、手に負えませんでした。怒り狂った労働者が全国から北京の全人代を目指すようなことになれば、それこそ社会不安にも結びつきかねません。この時点で北京の警戒は頂点に達したはずです。  大規模な炭鉱を抱える省からは、それぞれ各県レベルの公安局長と信訪局長が急きょ北京に呼び出され、高速道路では二十四時間態勢で不審者や不審な同乗者のチェックを始めました。さらに驚いたのはメディアに〝維穏〟という文字が躍ったことです。そんな強い危機感は、いつ以来のことでしょうか」(国務院OB)

 この〝維穏〟は社会の安定維持という意味だが、語感としては「治安維持」に近いキナ臭さがある。

 最終的にこの問題は、火元の陸省長が自らの発言を「事実と違う」と認めて謝罪。同時に「下からの虚偽の報告を厳正に処分する」として幕引きとなったのだが、騒動はいみじくも現指導部が最も恐れるアキレス腱を露呈させてしまったのである。

「習模」で乗り切れるか

中国経済がいま、一つの大きな曲がり角に差し掛かったことはもはや疑う余地はない。さらに、そこに中国独特の問題が重なる。それは経済の失速が暴動などの重大な社会不安に結びつくのではないか、という懸念だ。たとえば、中国が長らく成長目標としてきた「保八」(成長率八%を維持する政策)は、約一千万人の新規雇用を吸収し、社会を安定させるための目標だった。しかし、経済の高速発展がかなわなくなったいま、中国はダウンサイジングの痛みに耐える時代を迎えている。

 その過程で最も警戒しなければならないのは、問題が集中的に噴出してしまうことだろう。不良債権の処理にしても失業問題にしても、逐次対応が可能であれば、社会が吸収する力は十分にあると考えられているからだ。だが陸省長の失言のように、強い刺激が不満を持つ人々の間に投げ込まれたとき、問題が一気に先鋭化し、大規模に噴出しかねない。

 実際、中国には不穏な空気が充満し始めている。今年三月二十四日付で『中国新聞網』が配信した記事は、〈一―三月、北京で起きた警官襲撃事件は百件を超えた〉。深刻化する治安の悪化を伝えた内容で、ほとんどは違法な商売を始めた失業者と警察とのトラブルであった。

 中国共産党にとって悩ましいのは、中国社会がすでに「貧富の格差」という不満のガスを貯めこんでしまっていることだ。三月の全人代は、徹底した力業で「火種をガスに近づけない」と腹をくくった大会だったといっても過言ではない。

 その象徴の一つが、二月十九日に習近平自身が『人民日報』など主要メディアを訪れて言論統制を強めたことだった。要するに「見栄えが悪く、西側社会から評判が悪くとも、民主化とか政治改革なんて言っていられない。言論だって徹底的に統制する」という意味だ。

 中国はいま、これを「習模」(習近平モデル)と名付けて、「高速発展後の減速期」という非常事態を乗り切ろうとしている。習体制になってから、「全面深化改革小組」という集権機構を作って、これをフル活用し、文化大革命ばりにコントロールタワーの一元化を進めているのも同じ文脈で語ることができる。

「共産党指導部が今後気を付けなければならないのは、今回の陸昊の失言事件のように、隠れたところで起きている小規模な爆発を、いきなり大規模な形で表出させてしまうことです。こうした地雷は政権の至る所にあります。そうした状況の中で、公務員の派手な消費や賄賂といった問題が野放しになるなどもってのほか。だから反腐敗キャンペーンとぜい沢禁止令は、習指導部が臨戦態勢に突入しつつあることを示しているのです」(中国の政治担当記者)

 共産党の危機感が生んだ「習模」が緊急避難的な選択なのか、長期的な政策なのかは、判断に時間を要するが、今年の年初に「ゾンビ企業」の強制的淘汰をはっきりさせたことで、少なくとも大量の失業者の問題が落ち着くまでは、習体制は引き締めを緩めるつもりなどないだろう。

 三月十六日、全人代閉幕に合わせて行われた李克強首相の会見で、李首相は中国の現在を「困難と希望が共存している」と位置付けた。

 中国の現状と今後を占う意味で重要なのは、李首相が語ったように「希望が困難を上回っている」のか否かであろう。以下、「希望」と「困難」、二つの要素を比較してみたい。

 現在、日本では中国経済の「困難」ばかりが強調されるため、このバランスがなかなか見えにくいが、冷静に振り返ってみると、いま日本で指摘されている「中国経済の問題点」はいずれも二〇一〇年ごろまでに出尽くした議論ばかりで、特に目新しいものは見当たらない。

 たとえば生産過剰の問題も、折に触れて指摘され続けてきた。たしかに、中国国内ではたびたび売れ残り商品の投げ売りが始まり、「五元ショップ」、「二元ショップ」が急増するパターンを繰り返してきた。かくいう私自身も自動車産業について「市場の需要が一千万台なのに、生産設備は二千万台」と書いたことがある。しかし、これまでは、この過剰分を上回る需要が結局この問題を飲み込んできた―  事実、現在の自動車販売台数は二千五百万台である―。

 問題は、ここにきて過剰分を飲み込む成長に明らかな限界が見え、構造的な不況に入ってしまったことだが、いま中国政府が打ち出しているこの問題への対応策の一つが、「一帯一路」構想である。

 興味深いのは、この政策の背景には、近年の日本経済の動向も影響していることだ。高度成長後、鉄鋼や造船など日本の伝統的産業はすっかり構造不況に陥っていた。しかし、二十一世紀に入り、中国からの需要によって、いくつもの日本企業が見事に立ち直りを見せた―。そうした分析を踏まえて、東南アジアの旺盛な需要によって、中国経済を立て直そうというのが「一帯一路」の目的なのである。

 この構想は、すでに二〇一三年九月には発表されており、中国政府が「経済の曲がり角」にあらかじめ備えていたことを示していよう。

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